第二十八話 策士と策士の思考法
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第七練兵場で小鬼兵と竜騎兵の仕上がりに満足したギャミは、次にローバーンの中心部からやや西にある、自身の屋敷へと向かった。
屋敷と言っても普通の民家でなく、元は木材の加工を行う工房だった。大きな作業場の隣に、小さな民家がへばりつくように建てられている。
屋敷の前に馬車を止めたギャミは、アザレア達と別れて久しぶりに帰宅した。
小さな民家の扉を開けて中に入ると、机や椅子が置かれ、並んだ棚には本がつまっていた。
我が家に戻るのは二年ぶりだが、部屋は埃一つなかった。おそらくアザレア達が定期的に来て,清掃してくれていたのだろう。
ギャミは清掃の行き届いた部屋を抜けて、隣の作業場に向かう。作業場の扉を開けると、そこは大量の木箱が積み上げられ、様々な道具や工具が散乱していた。
ここにはギャミが研究し、製作している様々な道具や兵器が置いてある場所だ。こちらは清掃されておらず、ギャミが一歩踏み入れると埃が舞い上がった。どこに何が置いてあるか分からなくなるので、この部屋だけは片づけないようにと言いつけていたからだ。
ギャミは荷物の中に飛び込み、埃まみれになりながら木箱を開けていく。
「確かこの辺りに……あった!」
ギャミが荷物の中から探し出したものは、一枚の設計図だった。紙には円筒形の大きな筒の下に、船がぶら下がった絵が描かれている。
これはギャミが考案した兵器だ。まだ実戦で試したことはないが、実験は何度か繰り返している。この兵器を用いれば、堤防となっている円形丘陵を吹き飛ばせるだろう。だが仮にこの作戦がうまくいったとしても、戦争そのものに勝てるかどうかは分からない。
すでにギャミの脳内では、何度か仮想戦を繰り広げている。だが結果はあまり芳しくなかった。状況があまりにも厳しすぎる。
まずガンガルガ要塞が水攻めを受け、身動きが取れないのが痛い。さらに北のジュネーバにも援軍を出す兵力がないことも問題だった。
もし水攻めがなく、ジュネーバからも援軍を出せるのであれば、ローバーン、ジュネーバ、ガンガルガ要塞の三方向からの攻撃が可能となる。そうなれば敵は一点に戦力を集中出来ず、西から攻撃する援軍はだいぶ楽が出来たはずだった。しかしジュネーバとローバーンが動けないため、ギャミが率いる援軍は正面から人間の連合軍と戦わねばならない。
「問題はヒューリオンの太陽とその団長。フルグスクの月光と皇女。そしてライオネルの鈴蘭か……」
ギャミは難敵を指折り数えた。
連合軍だけあって敵は手駒を揃えている。総数四十五万の大兵力だ。特にヒューリオン王国が率いる太陽騎士団と、その団長のギルデバラン。フルグスク帝国の月光騎士団と、卓越した魔法の使い手とされる皇女グーデリアは侮れない戦力を保持している。そしてライオネル王国の聖女ロメリアは、二年前のセメド荒野の戦いでギャミに土をつけた相手である。
一方ギャミの手駒は、十五万体の兵士に大型竜が六頭、装甲巨人兵が六千体。小鬼兵が三千体に竜騎兵が千体。五頭の翼竜。あとは実戦で試してもいない、目の前の兵器だけだ。
「駒が一枚足りぬか……」
ギャミはつぶやき頬を掻いた。
何度考えても手駒の数が足りなかった。ガリオスを使えるといいのだが、動かない竜を動かすことは出来ない。
あと使える手は、刺客を送り込むぐらいしか思いつかない。だがこちらは確実性に欠ける。
「それでもやるしかないか……」
ギャミはつぶやき、勝つための策を練った。
鈴蘭の旗の下、私は円形丘陵の上から、今や湖上の城となったガンガルガ要塞に目を向けた。
水面に浮かぶその姿は、一見すると絵画のような光景であったが、見た目ほどいいものではなく、私は鼻腔に腐敗臭を嗅ぎ取りハンカチで鼻を覆った。
「ロメリア様。さすがに臭ってきましたな。昨日は投げ込まれた死体が、百を超えたそうです」
護衛の兵士を連れた、ハメイル王国のゼブル将軍が話しかける。
ガンガルガ要塞の周囲に目を凝らせば、水面には魔族の死体が、何体も浮いていた。
水攻めを開始してすでに二十日が経過していた。要塞の内部では疫病が発生したらしく、病死した者を壁の上から外へ投げ捨てる光景が見られるようになっていた。
天から私に与えられた、味方に幸運を敵には不調をもたらす奇跡の力『恩寵』の効果か、このところガンガルガ要塞では死者の数が急増しており、歯止めが利かなくなっているようだ。
「そろそろ、魔王軍に降伏を勧告すべきかもしれませんね」
「降伏勧告ですか。魔族が我らの話を聞きますかな?」
ゼブル将軍は、魔族との交渉に懐疑的だった。
これまで人類と魔族の間で、正式に停戦や降伏、捕虜の交換などの条約を結んだ記録はない。
人類は魔族のことを二足歩行する蜥蜴だとして、話し合いの相手と思っていない。その一方で魔王軍も侵略軍であるため、降伏しても殺されるだけだと考え、交渉や降伏を行わないのだ。
「魔王軍に話を聞いてもらわねば困ります。全滅するまで抵抗されては、こちらの被害が馬鹿になりません。降伏しても生き延びられる。魔族にそのことを教えてやれば、降伏する者や部隊から逃亡して投降する魔族も出てくるでしょう。そうなれば戦いやすい」
「いやはや貴方は、慈悲深いかと思えば合理的で狡猾だ」
私が降伏勧告の効果を示すと、ゼブル将軍が吹き出す。
笑われたのは心外だが、ゼブル将軍はこれで少しは乗り気になってくれたようだ。ならば降伏勧告の草案を詰めるべく、私達は天幕に向かった。丘を下ると、陣地にある広場では兵士達が武器を振るい訓練を行っていた。ただしそこにはライオネル王国の兵士だけでなく、ハメイル王国の兵士も交じっていた。両国の同盟を強化するため、合同訓練を行うことにしたからだ。
訓練を行う兵士の中には、隣にいるゼブル将軍の息子であるゼファーの姿もあった。
ゼファーは木剣を手に、ロメ隊のジニを相手に模擬戦をしている。ゼブル将軍がいい経験になると、毎日訓練に参加するようゼファーに言い付けたためだ。それはいいのだが、そこには別の問題が付随してきていた。
「ゼファー! がんばれ!」
ゼファーに声援を送るのは、ヒューリオン王国のヒュース王子だった。その隣にはフルグスク帝国のグーデリア皇女が佇み、さらにホヴォス連邦のレーリア公女とヘイレント王国のヘレン王女の姿もある。連合国の王族達が、なぜか私の陣地に勢揃いしていた。
原因はヒュース王子が歳の近いゼファーに会いに来て、そのヒュース王子に付きまとうようにしてグーデリア皇女が、そしてクーデリア皇女に付いて、レーリア公女とヘレン王女が一緒に来るのだ。
面倒ではあるが、連合国の王族を無碍には出来ず、歓迎するしかなかった。
ゼファーとジニの模擬戦に目を向けると、ゼファーが木剣を振るい、果敢に攻撃している。その動きは気弱な外見に反して鋭く、息もつかせぬ連続攻撃を繰り出している。
一方ロメ隊のジニも負けてはいない。ゼファーの連続攻撃を最小限の動きで避けていく。
「ふむ。ジニ殿の動きは素晴らしいですな。見切りがいい」
「ゼファー様も、なかなかではありませんか」
ゼブル将軍はジニを称賛するが、私はゼファーの動きのよさを褒めた。ロメ隊のジニには劣るが、並の兵士以上に動けている。
「いえ、あいつはだめです」
ゼブル将軍が首を横に振ると、模擬戦をする息子に鋭い声をかけた。
「ゼファー!」
父の声を聞いた途端、それまで軽やかに動いていたゼファーの体さばきが急にぎこちなくなった。ジニの攻撃が防げなくなり、ついにはジニに木剣を払い落とされてしまう。
「まったく、あいつは……」
敗北したゼファーを見て、ゼブル将軍は唸った。
「少し厳しいのでは? もう少し時間をかけてあげれば、伸びると思いますよ」
親子の問題に口出しすべきではないが、少しゼファーが可哀想だった。
「太平の世であればそれも構いません。ですが今は乱世です。待っている時間はありません」
ゼブル将軍の表情は厳しい。いや、人類の置かれている状況が厳しいのだろう。
「さて、ロメリア様。降伏勧告の草案をまとめましょう」
「いいえ、ゼブル将軍。残念ですが、その予定は延期になりました」
気を取り直したゼブル将軍が、話し合いを進めようとするが、私は首を横に振り西の空を見た。西の空には、三本の狼煙が真っ直ぐ空に伸びていた。
西には魔王軍の一大拠点であるローバーンが存在している。魔王軍の援軍に備えるため、見張りの兵士が配置してあった。あの狼煙は魔王軍の接近を知らせるものだ。
「どうやら、敵が来たようです」
私の体は戦慄に震えた。ここでの戦いも、ようやく本番を迎えるのだ。
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