第二十七話 ギャミの用意
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屋敷を出たギャミは急ぎ足で、停めていた馬車に乗り込む。
「次は第七練兵所に向かってくれるか?」
ギャミは車内の小窓から、外の御者に行く先を告げ、アザレアの隣に座る。
「アザレア様。用意していただきたい物があります」
「はい、何なりと」
ギャミが声をかけると、アザレアは嬉しそうに手帳を取り出す。
「まずは全身鎧と盾を六千、ガラルド様達に送ってください」
「六千揃いですね。ガリオス閣下のご子息とはいえ、大盤振る舞いですね」
「それぐらいしてやらねば、戦場で役に立ちそうにありません」
アザレアに頼みながら、ギャミは先ほど見たガラルド達の部隊を思い出していた。
ガリオスが作り上げた巨人兵団に匹敵すると豪語していたが、正直足元にも及ばぬというのがギャミの感想だ。巨人兵団はただ大きいだけではない、ガリオスが選りすぐった最強の兵士達だった。ただ体がでかいだけの兵士とは比べものにならない。
しかしせっかく作ったのだ、それなりに役に立ってもらわなければ戦争に勝てない。全身を鎧と盾を持たせ、装甲巨人兵としてやれば、少しは役に立つだろう。
「装備の確保はなんとかしてみせます。しかし代金の方はどうしましょう」
アザレアは六千もの鎧兜を調達してみせると言った。どうやって揃えるのかは知らないが、彼女が出来ると言って、出来なかったことは一度としてない。だが代金の方は頼んだギャミが用意しなければならない。
「代金はガニス長官に回しておいてくれ」
「了解しました」
ギャミの答えに、アザレアが腐病の面の下で含み笑いをして手帳に記入する。
「あとガリオス様の七男、イザーク様が装甲竜を飼育されていましたが、その時の育成方法と、あと装甲竜の卵があれば手に入れていただきたい」
「育成方法と卵ですね」
アザレアがさらに手帳に書き込む。
ガリオスの息子達には、あまり見るべきものがなかった。大型竜には驚いたがそれだけだ。数を揃えることが出来れば面白いかもしれないが、育成にかかる費用や時間を考えれば、割に合うとは思えない。だがイザークが育てたという、あの装甲竜は面白かった。
ギャミは品種改良の末、翼竜を手懐けることに成功した。しかし簡単な道のりではなかった。
竜は魔族にも懐くことはあまりない。そのためギャミは多くの翼竜の卵を孵化させ、その中でも魔族に従順な個体を選び交配させ、さらに従順な個体を選別する方法を繰り返した。
そして数世代をかけて、ようやく調教が可能となったのだ。
だが先ほど見たイザークの装甲竜は、イザークを気遣う素振りを見せて、慰めるように手を舐めていた。驚異的な従順さと言える。
「今度は装甲竜を育てられるのですか?」
「ものになるか分かりませんが、研究はしてみようかと」
アザレアの問いに答えながら、ギャミの頭脳は装甲竜の運用と戦術を思考した。
装甲竜が戦場で役に立つかは分からないが、戦争とは何よりも準備が物をいう。兵士の数を集めることも重要だが、相手が持っていない物、これまでになかった物を生み出すこともまた重要だ。相手が持っていない道具を使うだけで、その分優位に立てるからだ。
ギャミが思考を巡らせていると、馬車が第七練兵場に到着した。ギャミが馬車から降りると、黒い毛皮の長外套を着たアザレアも続く。
「ギャミ様、私もご一緒してよろしいですか?」
アザレアがやや甘い声を出す。
正直あまりべたべたしてほしくはなかったが、この後の仕事には優秀な秘書官が必要だった。
作戦は考えて命令すれば、それで終わりというものではない。武器や食料の調達など、踏まなければならない手順はたくさんある。だがギャミの頭脳は他にも考えなければいけないことが多くあった。ギャミの簡潔な命令を理解し、万事整えてくれる秘書官の存在は必須だった。
「よろしくお願いします」
「ではギャミ様、まいりましょうか」
アザレアは背筋を伸ばし、ギャミを促す。
アザレアを伴い第七練兵場に入ると、広大な敷地の中には幾つもの兵舎や広場があり、兵士達が武器を振るい訓練に明け暮れていた。
この練兵場には、ギャミが考案した部隊の訓練が施されているはずだった。二年前にギャミは牢獄に捕らえられたが、兵士の訓練は今も続けられているはずだ。
目当ての魔族を捜してギャミが練兵場の中を歩くと、広場で訓練中の兵士達が走っていた。体力の限界まで厳しく鍛えられているらしく、兵士達の足取りは危うい。すると一体の兵士が倒れた。教官役の魔族が倒れた兵士に駆け寄る。
「貴様、何をしている! 神聖な練兵場の土で横になるな! 貴様のようなゴミが横たわるのは百年早い! 土が汚れる! さっさと立ち上がって走らんか!」
教官は倒れた兵士に手を貸すどころか叱咤した。兵士は泣きながら立ち上がり走りだした。
「相変わらず厳しいな、ゾルムよ」
「その声はギャミか」
ギャミが罵倒していた教官に声をかけると、茶色い体色の魔族ゾルムはすぐに振り向いた。
老齢ともいえるゾルムの顔には、皺だけでなく多くの傷が刻まれていた。
「生きておったのか、この世界の害悪め。死んでおればそれだけで世の中がよくなるものを!」
「ゾルムこそ、相も変わらず口が悪い。歳を取ったのだから、少しは丸くなれ」
憎まれ口を叩くゾルムに、ギャミも負けずに言い返す。
ゾルムとギャミは古い仲であり、共にゼルギスに仕え、魔王軍の礎を築いた間柄だ。ゾルムは度重なる負傷により一線を退いたが、現在は教官として兵士の育成に当たっている。
「それでゾルムよ、頼んでおいた兵士の育成はどうなっている」
「訓練は順調だ。あそこを見ろ、一番端の部隊だ」
ゾルムは広場を指差す。そこには一万体を超える魔王軍の兵士が隊列を組んでいた。槍を構える歩兵が前進し、騎兵が砂塵を舞い上げ、弓兵が矢を放つ。広場では実戦さながらの形で演習が行われていた。
ギャミが視線を一番端に向けると、そこには歩兵部隊千体と弓兵部隊二千体がいた。
三千体の歩兵と弓兵は、動きが機敏で訓練が行き届いていることが見て取れた。その練度は正規兵と見比べても遜色はない。しかし一点だけ、正規兵と大きく違う点があった。どの兵士も身長が小さいのだ。他の兵士と見比べても確実に頭一つ分以上は小さく、兵士の適性検査で落とされる者達ばかりだった。だがこれぞギャミが考案した部隊だった。
「お前が提案したとおりに、兵士の適性検査に身長で落ちた者を集めて、訓練を施した。周りからは小鬼兵などと呼ばれているが、いちいちもっともなので、そう呼んでいる」
ゾルムは自虐的に笑うが、背の低い者に訓練を施し、兵士とするのは重要な仕事だった。
現在魔王軍は、圧倒的な兵員不足に悩まされている。軍団を率いて人類諸国家を侵略していた大将軍が敗北したため、大幅に戦力が低下しているのだ。
もちろん魔王軍は可能な限り若者を動員して鍛え上げているが、絶対数が足りていない。そのためギャミが打ち出したのが、適性検査で落ちた者を兵士として訓練することだった。
「ゾルムよ、戦力としてはどうだ、使えそうか?」
「小さいからな、一対一で俺に勝てる者はおらんよ。だが使える。背は低いがそれ以上に士気が高い。どうやら連中、戦場に立てることがうれしいらしい」
「ああ、初陣に出られることを喜んでいるのか」
ギャミはなるほどと頷いた。
魔族の男は、まず戦場でその力を示さなければならない。初陣は男を示す元服の儀式でもあるのだ。そのため適性検査で兵士になれなかった者達は、半端者と蔑まれる傾向にある。ギャミも若い頃はよく馬鹿にされた。
身長が理由で戦場に立てなかった者達にとって、小鬼兵は自分を証明出来る場なのだ。
「小鬼兵を指揮するのは誰だ? これは小鬼兵ではないのだろう? うまくやれているか?」
ギャミは、小鬼兵を指揮している者に目を凝らした。
小鬼兵は作られたばかりであるため、戦歴のある指揮官はいない。必然普通の兵士から指揮官を募ることになるが、小鬼兵をチビだと馬鹿にしている者では困る。
「指揮官はゲドル三千竜将だ。初めは嫌がっていたが、今は自慢の部隊だと喜んでいる」
ゾルムが小鬼兵を指揮する指揮官を指差す。背の高い緑の体色を持つ魔族だった。
三千竜将とは、三千体の兵士を指揮出来る指揮官だ。ゾルムが任せているのなら安心出来る。
「しかし三千体だけか? 四千体はいると思ったのだが?」
ギャミは小鬼兵の仕上がりには満足していたが、数には満足していなかった。
「訓練が終わった小鬼兵はまだいるが、そのうち千体は別の部隊を組織することにした。あれを見ろ」
演習をする兵士達の方向をゾルムが指差すと、その先には騎兵部隊に交じって、馬ではないものに跨る部隊があった。
二本の大きな後脚で体を支えるその生き物は、茶色い鱗で全身を覆われており、後脚に大きな爪と、口には鋭い牙を持つ頭。獣脚竜と呼ばれる中型の竜だ。その背には武装した魔族の兵士が乗っていた。
「ギャミよ、あれはお前が品種改良を施していた獣脚竜だ。竜騎兵と呼ばれている。訓練も順調だ、千体なら実戦に出せる」
翼竜での品種改良と調教がうまくいったので、ギャミは同じことを獣脚竜に施し、馬の代わりに出来ないかと考えていたのだ。この二年で数が増えたらしい。
「竜騎兵はいいが、乗っているのは小鬼兵か?」
ギャミが目を凝らしてみると、獣脚竜の背に乗る兵士は普通の兵士より小さかった。
「初めは普通の兵士を乗せていたが、こちらの方がいいのだ。まぁ見ていろ」
ゾルムが自信満々に頷くので、ギャミは獣脚竜に注目し続けると、二足歩行の竜が走り出した。獣脚竜は大きく長い足を力強く動かし、ぐんぐん加速していく。その先には木材で組まれた障害物が置かれていた。その高さは家の屋根ほどもある。かなり高いが獣脚竜は一気に接近すると、大地を蹴り跳躍した。宙を跳ぶ獣脚竜は、障害物を楽々跳び越えて地面に着地、そのまま何事もなかったかのように走り抜ける。
「見ての通り獣脚竜は俊敏で機動性が高い。身の軽い小鬼兵の方が持ち味を生かせると気付いた。ただ、馬と比べて航続距離や運搬能力は低い。そのあたりは一長一短だな」
ゾルムの言葉にギャミは頷きながら見ていると、竜騎兵は次々と障害物を跳び越えていく。その中に赤い体色の獣脚竜に跨る竜騎兵がいた。他の獣脚竜と比べて格段に速く、跳躍力も他より優れている。獣脚竜の大きさは他と変わらないので、乗り手の違いだろう。
「あの赤いのに乗っているのはレギス千竜将という奴だ。小鬼兵ではないが腕がいい。獣脚竜の能力をよく引き出している。指揮能力もあるから竜騎兵を任せている」
ゾルムが赤い体色の魔族レギスを指差す。
「だが竜騎兵を連れて行くなら餌が大変だぞ。獣脚竜は肉しか食わんからな」
ゾルムは竜騎兵の欠点を口にした。
獣脚竜は肉食のため、餌が飼い葉やそのあたりの草で済む馬と違い、餌代が嵩んでしまう。
「アザレア様。獣脚竜用の餌の手配を頼みます」
「了解しました、ギャミ様」
ギャミが頼むと、アザレアがまた手帳に書き込んでいく。
小鬼兵と竜騎兵。二つの部隊を眺めながら、ギャミは大きく頷いた。