第二十六話 ガリオスの息子達
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ガリオスを無理やり外に連れ出すことは、ギャミにも出来ない。ならばガンガルガ要塞の救援は、ガリオス抜きで行わなければならなかった。
救援の策を練るため、ギャミはそのまま屋敷を辞そうしたが、大きな足音が廊下に響き渡る。目を向ければ数体の魔族がこちらに向かって歩み寄って来た。
「ガラルド様。お久しぶりでございます」
ギャミは相手を見て一礼した。
足音を響かせやって来たのは、ガリオスの長男であるガラルドだった。その背後には六体の弟達、ガレオン、ガオン、ガダルダ、ガストン、ガリス、イザークを従えている。
ガリオスの七体の息子達は全員母親が違うが、そのほとんどが父と同じく巨体揃いであった。特に長男のガラルドは、ガリオスに匹敵する体躯を備えている。ただし末っ子のイザークだけは他の兄達と違って背は小さく、まるで従者のように付き従っていた。
「ギャミ! 父上の様子はどうか!」
「お体のお加減はよさそうで、先程目覚められて、読書を再開なされました」
「父上にも困ったものだ。人間との戦いに負けてからというもの、書斎に閉じ籠り腑抜けになった!」
ガラルドは嘆かわしいと首を横に振った。
「だが安心しろ。次の戦にはこのガラルドも出るぞ。ガンガルガ要塞を包囲する人間共を撃破し、腑抜けになった父上の代わりに魔王軍を、いや、魔族全体を率いて見せよう」
ガラルドは自らが魔王になると宣言する。
「狡いですぞ、兄上。手柄を独り占めはさせませんぞ」
「そうです。我々も従軍します。戦場では兄弟は関係なく手柄は早い者勝ちですぞ」
ガラルドの言葉に、次男のガレオンや三男のガオンが威勢のいい言葉を返す。
「ハハッ、いいだろう。ならば戦場で競うとするか」
ガラルドは自信満々に笑う。
これまでガリオスの息子達は、その巨体に相応しい手柄を立てていたが、新たな魔王にと推挙する声はなかった。父であるガリオスの威光が、あまりにも強すぎたからだ。しかし現在、ガリオスは部屋から出てこず、著しく評判を落としている。今ならばガラルド達が魔王を名乗ることも不可能ではなかった。
「そうだ、ギャミ、お前にいいものを見せてやろう。裏庭へこい!」
ガラルドはギャミの返事を待たずに、屋敷の廊下を歩きだす。
ギャミは今すぐにでもガンガルガ要塞救援の策を練らなければならないのだが、断るより見に行った方が早いと、仕方なく付いて行く。
ガラルド達は大男であるため、小さいギャミはどんどん離されていく。ガラルド達はギャミを置いて先へ行くが、末っ子のイザークだけはギャミと歩調を合わせて歩く。
「申し訳ありません。今日監獄から出られたばかりだというのに、連れ回してしまって」
「いえ、構いませんよ」
頭を下げるイザークに、ギャミは首を横に振った。
七男であるイザークは、ガリオスの息子達の中でも身長が低かった。魔族としては平均的なのだが、他の兄弟がガリオスに匹敵する体躯を誇るため、どうしても小さく見える。また、見た目もよろしくない。他の兄達は目鼻立ちがすっきりとしているが、イザークは鼻が低く潰れ、体もずんぐりとしており余計に矮躯に見えてしまう。性格も控えめで大人しく、外面だけでなく内面もガリオスには似ていなかった。
そのイザークが歩きながら、何度もギャミに視線を送る。
「何か御用でございましょうか? イザーク様?」
話したいことがあるのだと、気付いたギャミは水を向ける。
「あ、その、私も兄上達と一緒に出陣し、初陣を飾ることとなりました」
「それはおめでとうございます」
イザークの報告に、ギャミは形ばかりの祝辞を述べた。
魔族では初陣は元服の儀と同義とされていて。イザークもこれで立派な男と言える。
「しかしイザーク様。そのことを話したかったのですか?」
ギャミはイザークの関心が、別のところにあることに気付いていた。
「いえ、違います。……ギャミ様。父上は本当にどうされたのでしょうか? 兄上達は父上が負けて塞ぎ込んでいると言っていますが、私にはそう見えません」
イザークの言葉に、ギャミは頷く。
七男の考えは、それほど外れてはいなかった。
負けて腑抜けになったとガラルドが言っていたが、ガリオスはそんな可愛げのある男ではない。そもそもガリオスは無敵無敗という訳ではなく、これまで何度も敗北を経験している。自分を試さずにはいられない男なのだ。
周囲の者がそのことを知らないのは、ガリオスにとっての最後の敗北が、十年以上も前の事だからだ。
「ギャミ様、父上はいつになったら部屋から出てくるのでしょうか?」
イザークが問うが、ギャミはその答えを持ち合わせていなかった。
ギャミにはガリオスが何を考えているのか、見当がついていた。しかしガリオスがいつ、どのような答えを出すのか、それは誰にも分からない。
「イザーク様。ガリオス様は竜の生まれ変わりなのです。竜の悩みは、竜にしか分かりません。いずれ部屋から出てくるでしょう。今は好きにさせておきましょう」
ギャミは小さく首を横に振った。
ガリオスが部屋から出てくる時、恐らく時代が動くだろう。今は待つしかない。
話を終えたギャミは、イザークと共に歩き、屋敷を抜けて裏庭に出る。
裏庭と呼ばれているが、実際は城壁に囲まれた練兵場であり、奥には大きな裏門が見えた。
「ギャミ、イザーク。遅いぞ」
遅れてやって来たギャミと末弟に、ガラルドが怒鳴る。
「そう言ってやるな兄上、チビは足が遅いのだ」
「ギャミはともかく、イザークはいつまでたっても大きくならない。本当に我らの弟なのか?」
四男のガダルダと五男のガストンが嘲笑を浮かべる。兄達の嘲りに、イザークが俯く。
「それで、ガラルド様。見せたいものとは何でしょう?」
ギャミはガリオスの息子達のいざこざには興味が無かったので、ガラルドに尋ねる。
「そろそろ演習から戻ってく頃合いだ。ほら、来たぞ」
ガラルドが練兵場の裏門を顎で示すと、兵士達が地響きのような足音を立てて、裏門を抜けて裏にやって来る。その数は約六千体。しかも全員が、背の高い魔族ばかりで構成されていた。
「どうだ、見事であろう。父ガリオスの巨人兵団に匹敵する軍勢だ」
「これは見事でありますね」
行進を止め、整列する兵士達をガラルドが自慢する。ギャミは機嫌を損なわぬように頷いた。
「次の戦では公平を期すために、これらの兵士を六体で千体ずつ率いて戦うことにした」
イザークを頭数に入れていないガラルドが、五体の弟達を見る。ガリオスの息子達は戦意をたぎらせ笑っている。
「そして見よ、まだあるのだぞ!」
ガラルドが裏門を指差す。
兵士の行進は終わったが、まだ地響きの如き足音は続いている。ギャミが目を凝らすと練兵場に十体の兵士が鎖を引きながら入ってくる、鎖の先を見ると、門の向こうから爬虫類の巨大な顔が姿を現す。
岩のようなゴツゴツした肌に、小さな瞳。大きな口には何本も牙が並び、牙の隙間からは赤い舌を覗かせている。
竜。それも小型や中型ではない。家ほどの大きさがある大型竜だった。
突如現れた竜の首には鎖が巻かれ、兵士達が鎖を引っ張り裏庭へと誘導する。
竜が足音を響かせて練兵場の中に入ってくる。大きな頭に太い首、続く巨体を二本の後脚で支えている。長い尻尾が鞭のようにしなり、咆哮は遠く離れたギャミの体を震わせる。
「暴君竜ですか。久しぶりに見ました」
ギャミは感心した声を上げた。
ギャミ達の故郷であるゴルディア大陸では、竜は普通に生息しているが、この人間達の住むアクシス大陸には、小型竜と中型竜しか生息していなかったはずだ。
「わざわざ輸送したのですか?」
「卵を輸送して、こちらで孵したのだ。立派に育ったものだ」
ギャミが呆れて尋ねると、ガラルドは満足げに頷く。
地響きのような足音はまだ続いている。次に三本の角を突き出した三本角竜が現れたかと思うと、背中に剣のような突起の列を二つも備える剣竜が裏門をくぐる。その次に巨大な腕と大きな口を持つ怪腕竜が登場し、背中に扇のような鰭を持つ棘竜が続く。そして最後に長い首と同じく長い尻尾、柱のように巨大な四本脚を遠雷のように響かせ、雷竜が入ってきた。
大型竜が六頭も勢揃いする光景は、実に壮観だった。
「すごいだろう。しかもあの竜には乗れるのだぞ」
「本当ですか?」
ガラルドの言葉を、ギャミは信じられなかった。
竜は基本的に懐かない生き物だ。ギャミは翼竜部隊を作り上げたが、品種改良と調教を行いようやくものにすることが出来たのだ。しかし集められた竜達をよく見ると、その背には鞍らしきものが取り付けられている。巨大な雷竜の背中には鞍だけでなく大きな籠まで取り付けられ、何体もの兵士が入れるようになっていた。
「父上が調教したのだ。竜も我らにとっては飼い犬も同然よ、乗るところを見せてやろう」
ガラルドは五人の弟達と共に、勢揃いした竜に向かって歩いて行く。確かに竜は調教されており、近づいても噛みつかない。おそらくガリオスが力で教え込んだのだろう。
ガラルド達は鎖の手綱を掴んで、竜の背に飛び乗る。
暴君竜にガラルドが跨り、次男のガレオンが雷竜によじ登る。三男のガオンが怪腕竜に飛び乗り、四男のガダルダが三本角竜の手綱を握る。五男のガストンが剣竜の鞍に座り、棘竜には六男のガリスが騎乗する。
どうやらそれぞれ乗る竜が決まっているらしい。ただし竜が六頭しかいないため、末っ子のイザークには行き渡らないようだ。
「おい、イザーク。お前の竜も連れてこいよ」
六男のガリスが叫ぶ。どうやらイザークも、ここにはいないが竜を持っているらしい。だがイザークは見せるのが嫌なのか動こうとしない。
「早くしろよ」
五男のガストンに言われ、仕方なくイザークは馬屋の方に歩いていく。どうやら馬屋を竜舎として使っているらしい。しばらくするとイザークが竜を連れて戻ってきた。
「ほほぉ、装甲竜ですか」
イザークの左隣を歩く竜を見て、ギャミは頷いた。
装甲竜はその名の通り全身が硬質の鱗で覆われ、背中には何本も角が突き出ている。さらに長くしなる尾の先には、巨大な鉄槌の如き鱗の塊が付いていた。その特徴から、装甲竜はげんこつ竜とも呼ばれている。
装甲竜の尾の一撃は大木を楽々とへし折る威力だが、中型の竜で馬車ぐらいの大きさしかない。さらに体の作りが平べったいため、余計に小さく見えた。
「相変わらずお前の竜は小さいな。チビのお前にはお似合いだよ」
三男のガオンが笑い、他の兄弟も同調する。
兄達の嘲笑を受け、イザークがうなだれたまま左手で装甲竜の頭を撫でる。装甲竜はよく懐いており、俯くイザークを見て、元気付けるように舌を伸ばして左手を舐めた。
「イザーク様。その竜はご自身で育てられたのですか?」
「はっ、はい。ルドは父上から卵を貰い、大事に育てました」
「それは素晴らしいですね」
イザークは装甲竜を見て答える。ルドという名前らしい。ギャミは興味深く頷いた。
「ガラルド様。大変結構なものを見せていただきました。皆様のお力があれば、ガンガルガ要塞救援は達成出来たも同然と言えましょう」
「うむ、任せろ」
ギャミの言葉に、ガラルドが自信満々に頷く。
「それではイザーク様。また後ほどお会いしましょう。では、私は仕事があるのでこれで失礼させていただきます」
ギャミはイザークに頭を下げ、ガリオスの屋敷を辞する。
ガリオスには七体の子
六体はでかくて、あとはチビ
でも仲良く暮らしてない




