第二十四話 ギャミの配下
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ダリアン監獄から出たギャミは、空を仰ぎ見て笑みを浮かべた。
牢獄から出たこと、広い空を見られたことが嬉しいのではない。ローバーン鎮守府長官であるガニスが自分に会いに、牢獄から出さざるを得なかったことが嬉しかったのだ。
ギャミは自分の姿形が醜いことを自覚している。そして性格が悪く、嫌われていることも認識していた。前者は生まれつきであるため仕方がないにしても、後者は意図的に、わざとやっていることでもあった。
全ては自らの証明のためである。
生まれ落ちた瞬間から、ギャミはこの容姿のせいで、誰からも嫌われていた。
親にすら嫌われ、道ゆく者にすら唾を吐かれた。しかし頭脳だけは、他の魔族よりも優れていた。ギャミはこれまで頭脳だけを頼りに生きてきたのだ。
そして今日、ダリアン監獄に囚われていたギャミを、ガニスが訪ねて牢獄から解放した。
ガニスは決してギャミの見た目を好んでいるわけでも、性格が気に入っているわけでもない。ギャミの頭脳が正しいから、必要だから会いに来たのだ。ギャミの頭脳は、この醜い容姿に勝ったのだ。ギャミは自らの能力で、自らの欠点を克服したことに満足した。
充足感に身を浸していると、慌ただしい足音がその余韻を乱した。
「「ギャミ様〜」」
ギャミは気分を害し、顔をしかめて声がした方を見ると、そこには背が高い紫の体色をした女魔族と、背が低く黄色い体色をした女魔族が駆け寄って来るのがみえた。
紫の体色をした魔族がユカリ、黄色い魔族がミモザだ。この二体の女達はギャミが監獄に囚われる前に、側で使っていた者達だった。
ギャミが牢獄から出るのは二年ぶり、女を見るのも二年ぶりだ。しかし久しぶりに会う女達の顔を見て、ギャミは相変わらず器量が悪いなと微笑ましく思った。
「ギャミ様! 監獄から出る赦しが出たのですね」
高い背丈を丸めて、ユカリがギャミに声をかけた。
ユカリは男の魔族を超えるほどの背丈を持っている。だが高すぎる身長を隠そうとしているのか、いつも猫背で姿勢が悪い。服の趣味も悪く、野暮ったいローブには子供が好むようなリボンやフリルがついている。大きな背丈には全く似合っていなかった。
顔も目が細く左右に離れており、口も大きく蛇のような印象を受ける。蛇に似ているというのは、魔族の美的感覚では醜いと同義であった。
「我ら一同、この日を心待ちにしておりました」
ユカリの隣にいるミモザが、姿勢を正して頭を下げる。
ミモザはユカリとは逆に、背が低すぎる魔族だった。ギャミより少し高いが、それでも子供と言っても差し支えない背丈しかなかった。そして魔族の社会では、身長が高い分には問題ないが、低いことは致命的とされている。
ミモザは目鼻立ちがはっきりしており、顔だけなら美形の部類と言えたが、体型が子供と同じでメリハリがない。黒のジャケットを着ており、大人びた服装を好むが、体型には全く合っておらず、子供が大人の格好をしているようにしか見えなかった。
こちらもユカリ同様、結婚相手に事欠く部類と言えた。
二体の女魔族は女として器量が悪かったが、容姿や体型の良し悪しで言えば、ギャミの右に出る者は数多いるが、左に出る者はまずいない。それにユカリとミモザは、容姿や体型の悪さなど問題にならない特技を持っていた。
「うむ、お前達。この二年世話になったな」
ギャミはユカリとミモザを労った。
ユカリは計算と事務能力に長けており、一体で数体分の書類仕事をこなすことが出来る。また情報分析を得意としており、断片的な情報から、全体を構築する能力を持っていた。そしてミモザは、潜入の達人だった。
魔族の社会では、背が低い者は正規の職業に就けず、雑用や汚れ仕事などをさせられることが多い。ミモザは自らの矮躯を逆に利用し、雑用係のふりをしてあらゆるところに入り込む。そして会議に聞き耳をたて、重要書類を盗み見る。
二体とも能力に優れ、さらにこの二年ギャミに仕えることを辞めず、知りえた情報を食事のパンの中に忍び込ませて伝えてくれていた。しかも両名は二年の間、ギャミから金銭を受け取っておらず、無料で仕えていてくれたのだ。その働きはギャミであっても無碍には出来なかった。
「もったいないお言葉」
「恐悦至極にございます」
ユカリが高すぎる頭を深々と下げ、ミモザも腰を曲げる。
二体の凸凹した女魔族達が頭を下げるのを見ながら、ギャミは素早く周囲を見回した。そして他に魔族の姿がないことを確認し、内心で安堵の息を漏らす。
「ギャミ様、アザレアお嬢様でしたら、馬車を手配しております。すぐにこられると思います」
ミモザがギャミの視線の動きを見逃さず、聞いてもいないことを答える。
「う、うむ」
ギャミは顔を歪めて頷き待っていると、一台の馬車がダリアン監獄の前に停車した。
馬車からは黒の長外套を着た魔族が、短い杖を片手に気品ある足取りで降りる。フードを頭から被り、顔には花の装飾が施された銀色の仮面を装着しているため、素顔は見えない。だが豊かな胸と引き締まった腰が、長外套の上からでも見てとれ、その魔族が女性であることは容易に判別出来た。
馬車から降りた女性は、ユカリとミモザの側に立つギャミを見る。すると銀仮面の下で翡翠に輝く瞳を見開き、杖を持ちながら長い手足を動かし駆け寄って来た。
淑女にあるまじき姿だが、息を弾ませやって来た女性は、仮面の上からでも分かるほど、喜びに輝いていた。
「ギャミ様! お久しぶりです!」
美しい鳥のような声の女性に対し、ギャミは顔を引き攣らせながら頷いた。
「久しぶりですな。アスタロート男爵令嬢。いえ、今はもう爵位を継がれ、アスタロート男爵でしたかな」
ギャミは貴族に対する礼をとった。
「嫌ですわギャミ様。確かにこの二年で、行方不明だった兄が戦地で亡くなったことが確認され、私がアスタロート男爵家を継ぐこととなりました。ですが我が家は没落して久しく、残っているのは屋敷と二体の侍従のみ。以前のようにアザレアと呼んでいただいて結構ですよ」
歌うように上機嫌に喋るアザレアは、輝きに満ちた緑の瞳をギャミに注ぐ。
「いえ、アザレア様。さすがに貴族となられた方を、呼び捨てにするわけには……」
ギャミはやんわりと距離を取ろうとしたが、アザレアは仮面の下から、親しみを込めた視線を送る。
アザレアの視線をまっすぐ見ることが出来ず、ギャミは視線を逸らした。
傲岸不遜を座右の銘とし、数多の戦士や勇猛な将軍、はるかに身分が上の大貴族や王族に対してでも、一歩も引かぬと心に決めているギャミではあるが、このアザレアだけは苦手としていた。出来れば遠ざけたいと思っているのだが、そういうわけにもいかなかった。
「アザレア様にはこの二年、ご厚意を尽くしていただき、感謝の言葉しかありません。特に、ユカリとミモザの両名には助けられました。この恩には必ず報いるつもりです」
ギャミは深々と頭を下げた。
ユカリとミモザはギャミの部下として働いてもらっていたが、元々はアスタロート男爵家に仕えている侍従である。この二年間、ユカリとミモザがギャミを支えてくれていたのは、両名の主であるアザレアの頼みであったからだ。
アザレアに対しては、苦手としていても礼を尽くし、恩を返さなければいけなかった。
「水臭いことをおっしゃらないでください。ギャミ様の行くところ、私はどのような場所でも付いて行くつもりです。以前の通り命じてください」
アザレアはギャミに歩み寄り、顔を近づける。
全身から発せられる強い圧に、森羅万象恐れる者なしと自認しているギャミも、思わず顔を背ける。
「ゴホン。アザレアお嬢様。仮面を着けたままでございますよ」
側に控えるユカリが、わざとらしい咳払いをした。
「嫌だ、私ったら。久しぶりにギャミ様とお会いしたのに、仮面を着けたままだったなんて」
アザレアは慌てて銀の面を外そうとする。アザレアが身に着けている銀の仮面は通称『腐病の面』と呼ばれている物だった。
腐病とは魔族が罹患する皮膚病の一種で、命を失うことはないものの、この病に罹れば顔の皮膚が腐れ落ち、醜く爛れる病だった。
女性にとって死よりも恐ろしい病とされており、この病に罹ったが最後、結婚していれば離縁されても文句は言えず、未婚の場合は、今後一生結婚話はないと言われていた。
アザレアが身に着ける仮面は、爛れた顔を隠すために、腐病に侵された女性が被るものだ。だがアザレアが銀の仮面を外すと、そこには傷など一つもない美しい顔があった。
鮮烈ともいえる真紅の体色は、陽光を反射して光り輝き、喉から顎にかけては雪のように白い肌が見え、赤い鱗をより際立たせていた。そして見る者を吸い寄せる瞳は、深緑の宝石の如き深い色彩を放っている。
かつて魔族の至宝とも謳われた、美姫の姿がそこにあった。
「仮面を着けたままお会いするなど、失礼しました」
アザレアが美貌の上に満面の笑みを浮かべ、ギャミへと向ける。
「い、いや。その仮面は嫌いではありません」
「本当ですか!」
ギャミは暗に仮面を着けろと言ったつもりだが、アザレアは身に着けている装飾品を褒められたと、手にした銀の面をぎゅっと握り締め、恍惚とした表情を浮かべる。
アザレアの上気した顔を見て、ギャミは内心ため息をつき、そしてアザレアが握り締める銀の仮面を見た。
アザレアが何年も前から愛用している、あの銀の仮面こそギャミがアザレアと出会うきっかけであり、全ての間違いの元凶だった。しかし今さら言っても仕方がない。ギャミは思考を切り替え、目の前の問題を片付けることにした。
「アザレア様。先ほどガニス長官より、ガンガルガ要塞救援のための援軍に、参謀として同行せよと命じられました。今すぐ準備を始めたくあります。お手伝いいただけますかな?」
ギャミは参謀の顔となり、アザレアと配下のユカリとミモザを見る。
「もちろんですギャミ様。杖をどうぞ。お車の準備も出来ております」
アザレアが杖を差し出し、馬車へと促す。
ギャミは杖を受け取ると馬車に乗り込み座席に座る。腐病の面を着けたアザレアもギャミの隣に座った。ユカリとミモザは馬車の中ではなく、外の御者席に座る。
「どちらに向かわれます? 参謀部に顔を出されますか? それともお屋敷に戻られますか?」
「いや、ガリオス閣下の屋敷に回してください。閣下が在宅であればいいのだが」
尋ねるアザレアに、ギャミは首を横に振った。
先触れのない訪問は本来無礼とされるが、ガリオスはそのような些事を気にしない。だが気ままな相手ゆえ、屋敷を空けていることは十分に考えられた。
「ご安心ください。ガリオス閣下は現在ご在宅です。使いをやって確認してあります」
そつなく答えるアザレアに、ギャミは苦笑いをするしかなかった。
実に手回しがいい。ガニスがギャミと面会したと聞き、釈放されることを予想して馬車を手配する。さらにその足でガリオスのもとに向かうであろうと考えて、在宅を確認する。
ギャミのやることを理解しており、正直助かる。だがこの手回しの良さのおかげで、苦手としているアザレアを遠ざけることが出来ずにいた。
隣に座るアザレアを見ると、腐病の面を被った女は仮面の下の口元を緩ませ、笑みを浮かべていることが分かる。ギャミの隣にいることが、この上なく嬉しいらしい。
ギャミは表情を曇らせ前を見ると、御者席とを繋ぐ小窓が見えた。小窓からはユカリとミモザが時折こちらを覗き、幸せそうな主を見て微笑んでいる。
ギャミは居心地が悪くてたまらなかった。
自分のことを嫌う者や憎む者、蔑む者などは掃いて捨てるほどいたが、好意を示してくる者は誰もいなかった。正直どう接していいのか分からない。
ギャミはため息をつき、ただ馬車がガリオスの屋敷に到着するのを待った。
ギャミ、モテモテ回
連休だし、明日も更新します(ただしちょっと短めだよ)




