第十九話 軍議に轟く罵倒
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ゼファーは合同軍議の席でため息をついた。
浸水したガンガルガ要塞を見た時、ゼファーはただただ感心して言葉が出なかった。
要塞を水攻めにするなど、信じられなかった。しかし効果は大きい。食料の大半が駄目になっただろうし疫病も発生するだろう。
おそらく三十日も水攻めを続ければ、魔王軍は戦力を維持出来なくなる。
難攻不落と言われたガンガルガ要塞に対し、ロメリアは一兵も損なうことなく大きな打撃を与えたのだ。その功績は誰が見ても明らかであった。しかし、水攻めの後に開かれた軍議の席で、ロメリアに向けられたのは賞賛ではなかった。
「ロメリア様! 貴方は一体なんということをしてくれたのですか! せっかくこれまで我らがガンガルガ要塞を攻撃し、追い詰めていたというのに!」
ホヴォス連邦のディモス将軍が、机を両手で叩き怒鳴り散らした。
「全くです。あのように水浸しにされては、我らが輸送した投石器も使えません。貴方は私の妨害をしに来たのですか!」
ガンブ将軍も首を横に振る。
だが両将軍の言うことはただの難癖に等しい。ガンガルガ要塞の攻略は遅々として進んでおらず、追い詰めてなどいなかった。
密林の蛇とも称されるディモス将軍や、人生の大半を戦場で過ごしたガンブ将軍が、他人の手柄を認めないために、ここまでみっともない真似をするのかとゼファーは内心失望した。
「あのようなことをされては、我々もガンガルガ要塞に手出し出来ない。せっかく攻略の糸口が見えていたというのに、これでは計画が台無しです!」
そして残念なことに、父ゼブルも同じ類いの人間らしく、無理のある文句をつけていた。
一方、三人の将軍に詰め寄られながらも、ロメリアは背筋を伸ばして涼しい顔をしていた。三将軍の言葉が、ただの言いがかりでしかないことが分かっているからだ。
ゼファーはヒューリオン王国のレガリア将軍に視線を送った。
さすがにレガリア将軍は落ち着いた態度を崩していない。しかし内心は複雑なはずだ。
連合の旗振り役として、ヒューリオン王国には結果を出す責任がある。最低でもガンガルガ要塞を攻略しなければ、大国としての面子が立たない。要塞攻略の目処がついたことは、素直に喜ばしいだろう。しかしライオネル王国に手柄を奪われて、面白くもないだろう。
「あー、ちょっといいかな?」
このまま怒鳴り声が支配する軍議が続くのかと思われたとき、これまで沈黙していたヒューリオン王国の王子ヒュースが声を上げた。
「ロメリア様の行動だけれど、私は褒めるべきだと思う。これでガンガルガ要塞は落とせる」
「な、でも、それでは……」
ヒュースがロメリアの功績を讃えると、ディモス将軍が口籠る。
各国の代表は、ロメリアの功績を認めることが出来ない。しかし大国の王子であるヒュースの言葉を、正面から否定することもまた出来なかった。
「でもロメリア様。これは少し話が違うんじゃないかな?」
ヒュースは少し、という部分を強調した。
「話が違うとは?」
「うん、貴方は昨日ガンガルガ要塞を落としてみせると言った。でも、まだ落としていない」
ロメリアが尋ね返すと、ヒュースは笑みを見せる。
ゼファーはヒュースにも失望した。そんな誤謬を突く人だとは思わなかった。
「それに、この後もガンガルガ要塞を包囲し続けねばならない。それは連合軍が分担することになるのだから、水攻めの功績をライオネル王国だけのものとするのはおかしいのでは?」
「……なるほど。確かに、ヒュース王子の言う通りですね」
ロメリアは意外にも笑顔で頷いた。
「水攻めの維持を各国に負担してもらう以上、我々だけの手柄とするのは、問題がありますね。ならば、昨日申し上げたガンガルガ要塞の所有権、あれは撤回致しましょう」
ロメリアは気前がいいことに引いてみせた。
各国の将軍達は顔を綻ばせるが、ヒュースの目は逆に鋭くなる。
「しかしレガリア将軍、ヒュース王子。私は大手柄を立てたはずです。我が国の功績を忘れず、戦功一番であることを、ここで認めていただきたい。そうですね、この戦が成功に終わり、旧ジュネブル王国を平定した暁にはリント地方を戴きたい」
ロメリアは自らの手柄を誇示し、褒美の確約を申し出てきた。
リント地方と聞き、連合各国の代表が少しざわつく。特にディモス将軍とガンブ将軍が顔をしかめる。
今回の連合軍による大遠征は、真の目的として北方にあるジュネーバと名付けられた旧ジュネブル王国の土地を手に入れることにある。
ヒューリオン王国がガンガルガ要塞とその一帯を手に入れ、残り五つの国が旧ジュネブル王国の土地を五つに分割して分け合う予定なのだ。
旧ジュネブル王国で一番旨味がある場所といえば、大きな港町が幾つもあるブレナル地方だろう。そして二番目の土地が、ロメリアが挙げたリント地方だ。リント地方には肥沃な黒土が存在しており、旧ジュネブル王国の食料庫として有名だった。
「お待ちください。今ここでそれを決めてしまうのは」
「さ、左様。旧ジュネブル王国を解放してもいないのですから……」
ガンブ将軍とディモス将軍が、時期尚早と止めに入る。
ゼファーには二人の気持ちが理解出来た。一番旨味のあるブレナル地方はフルグスク帝国に譲るしかないとして、誰もがリント地方を狙っていた。特にホヴォス連邦とヘイレント王国がガンガルガ要塞攻略を必死に競い合っていたのは、リント地方を手に入れるためだ。
だがそこでレガリア将軍が口を開く。
「いいでしょう。確かに貴方の功績が大であることは、私も認めるところです。此度の功績は特級戦功と呼ぶに値します」
レガリア将軍はロメリアを高く評価する。グーデリアも同意するように頷く。
ゼファーはなるほどと唸った。昨日ロメリアはガンガルガ要塞の所有権を主張して大国の怒りを買った。しかし全ては、今日譲歩するための布石だったのだ。
国家間の交渉では、何よりも面子が大事だ。ロメリアは先日強気だったかと思うと、今日は一転引いて見せた。さらにヒューリオン王国にガンガルガ要塞を、フルグスク帝国にブレナル地方を残したのだ。面子と取り分を確保出来たのだから、両大国に文句はない。
一方ゼブル将軍を含め、ディモス将軍とガンブ将軍は、交渉の主導権をロメリアに奪われている。三人共、交渉術では引けは取らないだろうが、ロメリアのことを年下の小娘と侮り、後手に回っている。
「しかしロメリア様。此度の手柄を特級戦功としましたが、リント地方を確約することは出来ません。戦いはまだ終わっておらず、浸水したガンガルガ要塞を救援するため、ローバーンから援軍が派遣されることでしょう。全ては魔王軍の攻撃を跳ね除け、ガンガルガ要塞を攻略した後に、改めて決定いたしましょう。しかしその時、特級戦功に値する国が存在しなければ、リント地方をライオネル王国に与えると約束しましょう」
レガリア将軍はロメリアの戦功を認めながらも、まだ手柄を立てる機会はあると、ディモス将軍とガンブ将軍に視線を送る。両将軍はまだ挽回出来ると、闘志を燃やしはじめた。
「それでは、各国の水攻めの維持の分担と、魔王軍の援軍への対策を話し合いましょう」
レガリア将軍が促し、ようやく軍議らしい軍議が始まる。
その後、各国の分担や魔王軍の援軍に対する対抗策が協議された。そして軍議が終わると、ディモス将軍とガンブ将軍はこれからだと闘志を燃やし、陣地へと帰っていった。
ゼファーの父、ゼブルは顔に苛立ちを浮かべ、部屋から出て行く。
ゼブル将軍と一緒に帰るべく、ゼファーは後を追いかけようとしたが、行く手を人影が遮る。亜麻色の髪に純白の鎧を着たロメリアだった。
「ロ、ロメリア様?」
ゼファーが声を裏返して名前を呼ぶと、ロメリアは優しげな微笑みを浮かべた。
「ゼファー様に、折り入ってお願いがあります」
「わ、私に、ですか!」
ロメリアに話しかけられ、ゼファーは声を震わせた。
「はい、ゼファー様にしかお頼み出来ず……」
「ロメリア様の頼みでしたら、何なりと!」
「ありがとうございます。実は内密のお話をしたいのですが……」
「私に内密の話ですか!」
控えめなロメリアの頼みに、ゼファーは天にも昇る気持ちとなった。
ついに自分の人生に春が来たか!
ゼファーは天から降り注いだ幸運を、喜ばずにはいられなかった。
ロメリアないしょばなし
レイ「今、新たな悲しみが生まれようとしている」
アル「マジか。ロメリア様被害者の会のメンバーがまた増えるな」
クリート「ロメリア様被害者の会と聞いてやって来ました」
アル&レイ「お前が来る所じゃねぇ」




