第十五話 ロメリアの身支度
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空が白み始めると共に、天幕の外のあちこちから起床を促す声が響く。声につられて私も目を覚まし、寝台から体を起こした。
寝ぼけ眼で周囲を見回すと、白い布地で作られた天幕の内部が見える。地面には布が敷かれ机と椅子が置かれていた。端には鎧立てがあり、私の鎧一式と剣が立て掛けてある。入り口の前には衝立が置かれ、外から中が見えないようになっていた。
私は伸びをして寝台から出ると、薄い寝間着姿があらわになる。
「ロメリア様。おはようございます。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、入ってください」
入室を許可すると、金髪にそばかす顔のレイラと黒髪に白い肌のテテスが天幕の入り口を潜り、衝立から姿を現す。二人とも白い服にフリルのついたエプロンを腰に巻いている。レイラは手に湯気を立てる桶を持ち、テテスは布や着替えの服を抱えていた。私の身支度をするための物だ。
しかし二人の後に続くはずの人物がいない。
「シュピリ秘書官はどうしました?」
私はシュピリの姿がないことを指摘した。
軍中では女性は少なく、癒し手を除けば私とシュピリ、そしてレイラとテテスの四人だけだ。私は指揮官として天幕を一つ占有しているが、レイラとテテス、そしてシュピリの三人は同じ天幕で過ごしてもらっている。そのため朝は私の天幕に三人でやってきて、私が身支度をしている最中、シュピリが一日の予定を確認することが日課となっていた。
「それが、その……」
「秘書官はまだお休みで、二度ほど声をかけたのですが」
私がシュピリの存在を問うと、レイラとテテスが顔を見合わせる。
そういえば昨日、彼女は心労のあまり倒れたのだった。
職務怠慢であるが、シュピリに心労をかけたのは私だし、それに今日一日はやることが決まっているため、確認することはほとんどない。
「構いません、身支度を始めてください」
私が天幕に置かれた椅子に座ると、レイラが机に洗面器を置きお湯を注ぐ。私は顔を洗った後に立ち上がり、両手を広げた。するとレイラとテテスが協力して私の寝間着を脱がせ、下着だけの姿となる。
四肢を晒す私に、レイラとテテスがお湯を含ませた布で体を拭き沐浴する。体を清め終えると、次に二人は私に肌着とブラウスを着せる。
「ロメリア様、上着はどちらにしましょう」
テテスが二つの上着を右手と左手に持ち、私に提示する。どちらも純白の衣装だった。
「白だけでなく、他の色の服もありますよ」
テテスが持参した他の服に視線を送る。私も目を向けると、確かに赤や青の服もあった。
「いえ、白で構いません。右の方を」
「ロメリア様は、白がお好きですねぇ」
私の指示に、テテスは呆れながら話す。
確かに私は白い服を着ることが多い。しかし白を好んでいるわけではない。むしろ白はあまり好きではなかった。汚れが目立つからだ。
私としては汚れが目立たない黒か茶色が好みなのだが、聖女らしくない、可愛くないと、あちこちから文句を言われる。そこで他の色にすると、今度は衣装がどんどん派手になっていく。過剰な装飾は好みではないため、聖女っぽい白が好きということにしているのだ。
「でもこの服もいい意匠ですよね、特にこの刺繍なんて手間がかかっていますよ」
テテスが白い衣を見る。確かに刺繍糸が服と同じ白であるため遠目では分からないが、近くで見ると刺繍やレースがふんだんに使われており、実に美しい。
これだけ手間がかかっていれば、一着で馬車一台分はするだろう。もっともこの服は救世教会から贈られた品なので、実質無料だ。救世教会では私のためにレースを編み、服に刺繍を施すことが流行となっているらしく、信者の女性が無償で服を作り送ってくれるのだ。
おかげで、一生着る物に困ることはなさそうだった。
服を着た後、私は再度椅子に座ると、テテスが私の顔に化粧を施し、レイラが髪をとかす。
化粧を施すテテスの手さばきは、疾風迅雷と言えるものがあった。何本もの刷毛を指の間に挟み、次々に私の顔に化粧を施していく。
あまり派手になりすぎないようにという私の注文を聞き、テテスは微妙におしろいを調整して陰影をつけ、頬紅も繊細な技法で淡く自然な仕上がりにしてくれる。最後に口に引く紅も端をにじませ、鏡で見ても本物の肌や唇の色に見えた。
「また腕を上げましたね、テテス」
鏡を見て私は感心する。もはや侍女の域を超え、貴族に化粧を施す専門の職業、化粧師として食べていけるほどの腕前だ。
「こう見えても、師匠には免許皆伝のお墨付きをいただいているのですよ」
「それは知りませんでした」
胸を張るテテスに私は驚く。
テテスが王国にいるとき、著名な化粧師のもとに出入りし、教えを乞うているのは知っていたが、そこまで認められていたとは知らなかった。
「ああ、ロメリア様、動かないでください」
髪を結うレイラが注意する。
鏡を見ると、髪型も完成しようとしていた。寝起きで乱れていた髪は、自然に見えつつも絶妙な曲線を描き、実に可愛らしく美しい。
舞踏会に行くわけではないのだから、ここまで仕上げる必要はないと思うのだが、レイラは髪型に一家言持っているらしく、新作の髪型にも意欲的だ。
「さぁ、出来ましたよ」
レイラが最後に髪の一束を整え終え、完成する。私は鏡を覗き込むと、そこには完璧な淑女がいた。
「どうです?」
私は立ち上がり、その場で一回転して尋ねる。
「大変お美しい」
「まさに絵巻物の如き美しさです」
レイラとテテスが賛辞の言葉を述べる。
実際、鏡を見てもかなり美しい私がそこにいる。髪とお化粧、服のおかげで五割増しにはなっていると思う。もっとも、元がそれほどよくないので、五割増しでもたかが知れているが。
「二人とも正直ですね。褒美として朝食を共にする機会を与えましょう」
「「恐悦至極に存じます」」
私が偉そうに話すと、二人は芝居がかった仕草で頭を下げる。
二人は次に朝食を運びこみ、朝食の用意がされる。メニューは硬い黒パンに萎びたキャベツのスープ。兵士達が食べている物と同じだ。ただし指揮官の特権として卵料理やチーズ、果物が並ぶ。
私はレイラ達に食料を分けて、一緒に食事をする。気心の知れた彼女達との食事は、唯一気が休まる時間だった。
楽しい食事の時間が終わると、外が騒がしくなってきた。食事を終えた兵士達が戦いの準備を開始しているようだ。
「では二人共、鎧をお願いします」
私も準備をすべく、二人に鎧を着けるのを手伝ってもらう。
鈴蘭の意匠が施された純白の鎧で、胸と背中を覆い、同じく白の脛当てを装備する。最後に細身の剣を腰に佩き簡易軍装の完成だ。
本来なら鎧の下に鎖帷子を着込み、兜を被り籠手や肩当てもつけて完全防備する。だが全身を装甲すると重すぎて動けなくなるので、この格好が私の基本装備だ。
簡易とはいえ鎧を身につけ、剣を佩くと身が引き締まる思いだ。私は指揮官の顔となり天幕を出た。
天幕の外では、グランとラグンの双子将軍が控えていた。
ロメリアないしょばなし
ロメリアが使用した白い服は、場合によっては教会に返却され、聖衣として扱われ、聖祭などで使用される。
一部の好事家たちが、この服を手に入れようと、教会側に大金を積んだことがあるとかないとか。(もちろんレイではない)




