第十四話 双子の秘密
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急ぎ陣地に戻ろうとする私を、シュピリが大声で止めた。
「お待ちください! ロメリア様!」
振り返るとシュピリが鬼気迫る表情を浮かべ、私を殺さんばかりに睨んでいる。
「ロメリア様、貴方、貴方は一体何を……一体、どうするつもりです!」
「ガンガルガ要塞を落とすつもりですよ。そのためにここに来たのです」
顔を赤らめるシュピリの問いに、私は分かりきった答えを返した。
「失敗したらどうするのです! 各国の前であれだけ大言を吐いて、失敗したらどうなるか!」
顔を赤くして怒っていたシュピリが、今度は恐怖に顔を青くする。
「確かに、失敗すれば私の立場はありませんね。ですが十分準備はしました。失敗しませんよ」
私は言い切った。言い切るしかない。
「しかし……坑道戦術は魔王軍に読まれていると、指摘されたではありませんか。今すぐ戻って、皆さんにお詫びするのです。そうすれば……」
「そんなことをして、なんになるのです」
謝りに行こうと私の手を掴むシュピリの手を、私は払いのけた。
「もう決まったことです。後戻りは出来ません。シュピリさん、貴方も腹を括りなさい」
「ああっ……」
シュピリは空を仰いだかと思うと、体をふらつかせて倒れそうになる。側にいたラグンが抱き止めたが意識を失っていた。仕方のない娘だ。
「ラグン。すみませんが、そのまま連れて帰ってくれますか?」
「素晴らしいご命令です」
ラグンはシュピリを背負うと思いきや、左手をシュピリの背中に回し、右手を足に回して抱き抱える。その持ち方で歩いて帰るのはつらいと思うが、どうやら平気なようだ。
「疲れたら交代するよ、ラグン」
「大きなお世話さ、グラン」
グランの申し出に、ラグンが笑って返答する。
「言っておきますが二人共、意識のない女性に破廉恥な真似をしてはいけませんよ」
私は釘を刺しておく。
「心外ですねロメリア様。そんなことしません。ねぇ、ラグン」
「無理矢理女性を手込めにしたことなど、一度もありません。なぁ、グラン」
双子が同じ顔で自身の誠実さを訴える。私は二人を呆れた目で見た。
グランとラグンは色男で鳴らしており、休日ともなればいつも違う女性を間に挟んで歩いている。兵士としては誰よりも信頼しているが、女性関係は全く信頼出来ない。だが二人の私生活に対して、私が口をはさむ権利はない。
二人で一人の女性を口説く双子も大概だが、二人に口説かれてそれを受け入れる女性にも問題がある。口説かれた女性を含め、三人が納得しているのなら、他人には何も言えない。
「しかしいつも二人で一人の女性を口説いていますが、独占欲など湧かないのですか?」
私は常々思っていた疑問を尋ねた。
グランとラグンは常に一緒にいる。二人は鏡写しのように同じ顔をしているというだけでなく、分かちがたい半身のように寄り添っている。常に同じ髪型に同じ服装をして、同じものを分かち合う。女性ですら共有出来るらしい。
しかしたった一つしかない物を、独占したいと欲したことはなかったのだろうか? 半身と言える双子とさえ共有出来ず、一人きりのものにしてしまいたい。そう思ったことはないのだろうか?
「ありますよ、ロメリア様」
「これまでに二つだけ取り合ったものがあります」
グランとラグンが、私を見ながら答えてくれた。
「へぇ、今をときめくグランベル将軍とラグンベル将軍が奪い合ったものとはなんです? 教えてもらえますか?」
私は興味津々で尋ねた。
「一つは母です。子供の頃、母だけが私達を見分け、そしてよく頭を撫でてくれました」
「二人同時に撫でてくれるのですが、その母の手を独り占めにしたかった」
グランとラグンが、微笑みを浮かべながら過去を語る。
双子の答えを聞き、私は頷いた。母の愛情を独り占めにしたい。子供ならば誰もが思うことだろう。もっとも、私は母親と折り合いが悪いので、そういった経験はないが。
「なるほど。しかし母親の愛情を独占することは出来ませんね」
「ええそれもありますが、私が母を独り占めにした場合、残されたラグンが可哀想に思えて」
「それはこっちのセリフだよ。グランが可哀想に思えたから、遠慮してあげたのさ」
グランとラグンが互いに言い争いを始める。二人のやりとりを見ながら、私は頷いた。
軍隊において双子の連携は完璧であり、離れていても感じ合っている節がある。だがその特性ゆえに、二人は自分が愛する者を手に入れても、充足や満足だけでなく、得られなかった方の喪失や悲しみも感じてしまうのだ。美しくも悲しい話だった。
私は踵を返して陣地に戻ろうとして、尋ね忘れていることがあったことに気付いた。
「そういえば、先ほど二つあると言っていましたが、もう一つはなんです?」
私はさらに踵を返し、半回転して双子を見る。
「それは……」
「秘密です」
グランとラグンが互いに微笑みを浮かべながら答えた。
「おや、私にも内緒ですか?」
「命令されるのであれば」
「もちろんお答えしますよ」
私が笑って尋ねると、グランとラグンも笑って答える。
「そうですか……では、やめておきます」
私は双子から答えを聞き出さなかった。
人は心に秘事を持つ。それは無理に明らかにすべきではない。秘されたことは秘されたまま、その人の心の中にあればいいのだ。
私は亡くなったアンリ王と、エリザベート王妃のことを思い出した。
建国式典でザリア将軍に殺された二人の行動は、私の理解を超えたものがあった。
エリザベート王妃はその身を挺してアンリ王を守り、アンリ王は傷付いたエリザベートを庇って命を落とした。
二人が燃え盛る玉座で最期を共にした姿は、あまりにも悲しく美しい光景だった。
あの時二人が何を考えてあのような行動を取ったのか、私には分からない。そして分からなくてもいいことだ。
二人の中には愛があった。それだけ分かっていればいい。
それに私は人の秘密を探るより、やらなければいけない問題がある。
私は窪地にそびえるガンガルガ要塞を睨んだ。
とりあえず、あの要塞を落とすことが、私がしなければならないことだった。




