第十三話 ロメリアの宣言
今日はいつもと違う時間に更新しました。
理由はあとがきをご覧ください。
「これはこれは、ロメリア様ではありませんか。いつも遅いご到着ですな」
椅子に座った私を見て、ハメイル王国のゼブル将軍が皮肉を言う。
「最後の到着となって申し訳ありません。しかし開始の時刻にはまだ早いと思いますが?」
「貴方がそのような態度ですから! 我ら連合軍の足並みが乱れているのですぞ!」
私が道理を話すと、ゼブル将軍が額に血管を浮き立たせて怒鳴る。
「そうだ! ライオネル王国の士気の低さは目に余るぞ! これまで攻略に全く貢献していない。貴方は何をしに、この連合軍に参加したのです!」
「全くだ。この連合軍の中で、貴方の軍は最も数が少ない。攻城兵器の数も少なく、我らの負担となっている。そのせいで攻略がうまく進んでいないのですぞ!」
ガンブ将軍とディモス将軍が揃って非難する。
後ろにいるシュピリが二人の面罵にうろたえているのが分かる。だがこんなものただの言いがかりでしかない。彼らにとっては、攻略が進まない理由になればなんでもいいのだ。
「確かに我が国は、今日までガンガルガ要塞の表門を攻撃してはいません。しかし私が補佐に徹したのは、皆様が攻撃を主張されたからお譲りしたまでのこと。私が譲った機会を活かせなかったのはどなたですか?」
私はゼブル、ガンブ、ディモスの三将軍を見る。
連合軍がガンガルガ要塞攻略を開始してすでに二十日余り、一日ごとに六国が順番で表門を攻撃した場合、それぞれ三回は表門を攻撃する権利がある。
しかし我がライオネル王国の順番になると、決まってハメイル、ヘイレント、ホヴォスの将軍の誰かが攻撃を主張し、他の国々も賛同したため、我が国から攻撃の機会は奪われた。
全ては私に手柄を立てさせないように、根回しがされていたからだ。
「それに私は以前に申したではありませんか。いつでもガンガルガ要塞を攻略して見せると」
私がゼブル、ガンブ、ディモスの三将軍を見ると、彼らは顔を赤く染めて、怒りの形相をあらわにする。
「ほ、ほほう。実に頼もしい言葉ですな」
「全くですな。ならばここは一つ、温存しておいたライオネル王国の力を見せていただこう」
「そうですな。それだけ自信があるのでしたら、ライオネル王国でやっていただこう」
ゼブル将軍が私を睨みながら口では笑い、ガンブ将軍も肉食獣の笑みを浮かべる。ディモス将軍が蛇のような鋭い視線を向けた。
「そんな! 我が国だけでガンガルガ要塞を落とせなど!」
それまで聞いていたシュピリが、悲鳴のような声を上げる。
私は手を掲げてシュピリを黙らせた。各国代表が集まる場所で、秘書官に発言されては困る。
「レガリア将軍、グーデリア皇女。御二方はどうお考えですか?」
私はこの軍議のまとめ役であるヒューリオン王国の王弟と、フルグスク帝国の皇族に尋ねた。
「ふむ……ガンガルガ要塞を一国で攻略しろというのは無茶であるな。しかし一国で落とせると豪語したのはそなただ」
グーデリア皇女は典雅な仕草を見せる。
「貴方は助けが必要ならば言ってくれと言いましたね。ならば私も尋ねましょう。助けが必要ですか? 必要でしたら、我が国は助力を惜しみませんよ」
レガリア将軍が盟主国の代表として、度量の深さを見せる。
グーデリア皇女は言葉を曲げずに戦うかと問い、レガリア将軍は言葉を曲げるなら助けると申し出る。
「お心遣い痛み入ります。しかしガンガルガ要塞には、我が国だけで当たろうと思います」
「ロ、ロメリア様?」
私の宣言に、背後に控えるシュピリが声を上げる。他の国の代表もざわつく。
ヒューリオン王国のヒュース王子は目を丸くし、フルグスク帝国のグーデリア皇女が怪訝な視線を私に向ける。ホヴォス連邦のレーリア公女が呆れた顔を見せ、ヘイレント王国のヘレン王女は口をぽかんと開ける。そしてハメイル王国のゼファーは顔を青くしていた。
「言いましたな。もう取り消せませぬぞ。本当に、一兵たりとも援護には出しませぬぞ」
ゼブル将軍が念押しをする。
「構いません。むしろ絶対に戦場に入れないでいただきたい」
「馬鹿馬鹿しい。出来るわけがない! ガンガルガ要塞をたった五万で落とせるものか!」
「私には私のやり方があります」
ゼブル将軍に対して、私は言い切る。
「そのやり方とは、使い古された坑道戦術ですか?」
「さて、なんのことでしょうか?」
あざけりの顔を見せるゼブル将軍に、私はとぼけた顔を見せた。
「ふん。言っておきますが、貴方の坑道戦術は我らだけでなく、魔王軍にも筒抜けですぞ。川幅が狭くなるほど土を捨てていては丸分かりです。まさかバレていないとでもお思いで? 古典的な坑道戦術など、ガンガルガ要塞には通用しない!」
ゼブル将軍が机を叩くが、私は涼しい顔で前を見た。
「……どうやら、もう何を言っても無駄なようですな。好きにされよ」
「はい、そうさせてもらいます」
首を横に振るゼブル将軍に、私は会釈で答えた。
「ところで、一つ確認しておきたいのですが、我が国が一国でガンガルガ要塞を攻略するのですから、攻略出来た暁には、ガンガルガ要塞は我が国の物。ということでよろしいですか?」
私が各国代表に尋ねると、部屋にいた全員が驚きの表情を見せた。
ガンガルガ要塞はディナビア半島の付け根に位置し、魔王軍の最大拠点であるローバーンに面する要所である。さらには北の旧ジュネブル王国にも繋がる陸路の中継地点でもあった。
このガンガルガ要塞を押えるということは、魔王軍に対する戦いの最前線に立つというだけでなく、旧ジュネブル王国を奪還した際には、関税や通行料を請求することが出来る。
その権益は大きく、ガンガルガ要塞が攻略された場合、ヒューリオン王国が要塞を所有することが、暗黙の了解として連合軍の間で決まっていた。
私が要求したことは、盟主国であるヒューリオン王国の顔を潰す行為だった。
「たしかに、一国で落とすのであれば、ガンガルガ要塞はその国が占有すべきですな」
レガリア将軍は否とは言わなかった。出来ないと思っているのだろう。
「ありがとうございます。それでは、明日の準備がありますので、失礼させて頂きます。皆様方におかれましては、くれぐれも私の戦場に立ち入らぬよう、よろしくお願いいたします」
私は一礼し、護衛のグランとラグン、シュピリを伴い軍議から退席した。そして陣地に戻るべく足早に移動を開始した。