第十二話 荒れる会議
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ガンゼ親方を見送った後、私は周囲を見回した。
今日はこの後に、連合軍の合同軍議が開かれることになっている。軍議には秘書官のシュピリを帯同させることになっていたが、周囲に姿が見えなかった。とはいえ私としてはシュピリがいないほうがやりやすい。護衛兼将軍役としてグランとラグンの双子がいればいい。
「グラン、ラグン。軍議に行くので、付き合ってくれますか?」
双子が兵を率いて戻ってきたので、私は二人を呼びつける。
「ああ、ロメリア様。軍議に行くのは少しお待ちください」
姿が見えなくて楽だと思っていた矢先に、シュピリが丘を登りやって来た。その手には一通の手紙が握られている。
「ロメリア様。ちょうど先ほど、王国から手紙が届きましたよ」
シュピリが手紙を差し出すので、私は封を開けて手紙を一読した。
「どのような命令が書かれているか、お聞きしてもよろしいですか? ロメリア様」
「……ガンガルガ要塞を攻撃し、連合国に王国の威光を示せ。とのことです。もし消極的な行動を取るようならば、指揮官の権限を剥奪する。アラタ王直々の命令です」
手紙の内容を話すと、シュピリは顔に満面の笑みを浮かべた。
「それは大変ですね、ロメリア様。こうなればなんとしても成果を上げないと」
シュピリは大変と言いつつも喜びを隠せないらしい。
「やれやれ、戦場での采配は好きにしていいと、言質はもらったはずなのですがね」
私は出征前のことを思い出した。
遠征の指揮官に選ばれた時、私は現地では好きにさせてもらうことを条件としてアラタ王に提示した。彼も了解したはずなのだが、遠く離れた王宮からこうして命令が届いてくる。
「それは仕方がないでしょう。ガンガルガ要塞に到着してすでに二十日が経過しているというのに、ロメリア様は敵を倒しておりません」
シュピリが批判とも取れる言葉を放つ。
だが事実でもある。確かにこの二十日の間、私は軍議で攻勢を主張せず、攻略の要である表門を一度も攻撃していなかった。連合各国が私に手柄を立てさせまいと連帯した結果だが、私も攻勢を主張しなかったので、その責任は私にあると言える。
「王宮だけでなく、国民の間でも、ロメリア様の批判が高まっているとのことです」
シュピリが聞いてもいないことを教えてくれる。
遠征に赴く時、誰もが私に喝采を送ってくれた。国民は連戦連勝する私の姿を思い描いていたのだろう。
「坑道戦術がうまくいかなければ、どう責任を取るつもりなのですか?」
シュピリの言葉に、私は目を見開き、正面から彼女を見据えた。
「あっ、いえ、これは国民がそう申しているということで、私は……」
私の視線に、シュピリは言い過ぎたと顔色を変えて言い訳を口にする。だが私が聞きたいことはそんなことではない。
「シュピリさん。貴方、私が坑道戦術をしていると思っているのですか?」
私はシュピリから目を離さずに尋ねた。
坑道戦術とは、昔からある城攻めの方法だ。地面に穴を掘り、城や要塞の内部に侵入する。もしくは壁の下を掘り進め、一気に地面を崩して崩落させ、壁そのものを破壊する戦術だ。
「秘書官である貴方には、戦術を教えなかったはずです。なぜ坑道戦術だと思うのです?」
私は鋭い視線をシュピリに向けた。
確かに私は、ガンゼ親方に依頼して穴を掘ってもらっている。しかし作戦の全容に関しては軍事上の機密として、必要最低限の人員にしか教えなかった。作業現場も巨大天幕で覆い、グレンとハンスの部隊に警備をさせ、作業員以外は誰も近寄らせなかった。
「そ、それは……そんなの、見れば分かります」
シュピリは視線を南にあるレーン川に向けた。レーン川には大量の土砂が投棄され、川幅が一部狭くなっていた。
「あれほど大量に土砂を川に捨てていては、誰が見ても分かります」
軍事機密を流出させたと言われぬよう、シュピリは顔を青くして弁明した。
私は恐怖に怯えるシュピリをひと睨みした後、表情を一変させて会心の笑みを浮かべた。
「シュピリさん。貴方、初めて役に立ちましたね」
私はシュピリを見ながら頷く。初めてこの娘を連れてきてよかったと思った。
「え? それは、どういうことですか?」
シュピリは私の表情の変化に、目を白黒させる。
「今は内緒です。そのうち分かりますよ。それよりも軍議に行きましょう。今日は荒れますよ」
「ちょ、ちょっと、お待ちください。ロメリア様」
踵を返して合同軍議に向かおうとする私を、シュピリが慌てて追いかけてくる。
私はグランとラグンを引き連れて合同軍議が開かれるヒューリオン王国の陣地を目指した。
ヒューリオン王国の陣地では、ヒルド砦の建設が進んでいた。堀が周囲を覆い、地面には何本もの木材が打ち込まれて壁が出来ている。壁の上には弓兵を配置する足場が組まれ、入り口には鋲が打たれた門すら存在した。内部には兵舎や馬小屋、さらに屋敷までが建てられていた。
ヒューリオン王国ともなれば、二十日で砦はおろか屋敷を建てることが出来るらしい。
軍議が開かれる屋敷に案内されると、円卓が置かれた大部屋に通される。
「この度の敗北の原因は、全てヘイレント王国にある。投石器の援護が遅かったせいで、我が国の攻城塔が破壊されたのだ。ヘイレント王国には賠償金を請求したい!」
部屋に入るなり、ホヴォス連邦のディモス将軍の怒声が響き渡っていた。
「何を言う! 貴様の攻城塔が脆弱なのを、我が国のせいにするな。むしろそちらが簡単にやられたせいで、我が国の投石器部隊が全滅したのだぞ。賠償金が欲しいのはこちらの方だ!」
ヘイレント王国のガンブ将軍が怒鳴り返す。
ディモス、ガンブの両将軍の隣にいる、レーリア公女とヘレン王女は大声に怯えていた。
「お二人共、落ち着いてください。我々が争って何になります」
ハメイル王国のゼブル将軍が仲裁に入る。
「他人事のように言われていますが、今回の攻撃の主攻はハメイル王国ですぞ!」
「そうだ! 敗戦の責任はハメイル王国にもある。そちらの兵士がだらしないから、我々が被害を被ったのだ」
ディモス、ガンブの両将軍が、今度はこぞってハメイル王国を非難する。
「なんですと! 我が兵士を侮辱することは許しませんぞ!」
「父上、落ち着いて」
仲裁に入ったはずのゼブル将軍も怒りに顔を一変させ、息子のゼファーが止めに入る。
すでに軍議の場からは、当初の和気藹々とした雰囲気はなくなり、互いに非難する場所と変貌していた。全ては攻略が進まないことが原因だ。
ガンガルガ要塞の防御は堅く被害が出るばかり、攻城兵器を悉く破壊されて攻略の糸口すら見えない。各国の将軍達からも余裕が消え、苛立ちは募る一方だった。
私は連合の盟主であるヒューリオン王国のレガリア将軍と、同じく大国であるフルグスク帝国のグーデリア皇女を見た。
両国の代表は仲裁せず静観している。
要塞攻略は進んでいないが、両大国はまだその全力を出してはいなかった。
ヒューリオン王国は自慢の太陽騎士団を宝物のように仕舞い込み、フルグスク帝国は噂の月光騎士団を陣地の奥に控えさせている。
大陸に鳴り響いた両大国の精鋭を駆使すれば、ガンガルガ要塞を突破することも可能だろう。しかし両大国は未だ動きを見せない。この期に及んで戦力の消耗を避けているのだ。
ヒューリオン、フルグスクの両国は、他の国につゆ払いをさせ、魔王軍が疲弊したところを一気に攻撃するつもりだったのだ。しかしガンガルガ要塞の堅い防御により、要塞内部の魔王軍は疲弊しておらず、十分余力を残している。この状況で全力攻撃をすれば、少なくない被害が出る。ヒューリオン王国とフルグスク帝国は、その被害を嫌い、少しでも他国に押し付けようとしていた。
被害を減らすことを考えるのは指揮官として当然だが、このままでは連合軍の存続すら危うい。盟主であるヒューリオン王国には指導力を発揮してほしいが、王弟であるレガリア将軍は沈黙し、ヒュース王子も語らない。
私は動かない盟主国にため息をつき、自分の椅子に座った。




