第十話 ガンガルガ要塞の兵器01
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
小学館ガガガブックス様よりロメリア戦記のⅠ~Ⅲ巻が発売中です。
BLADEコミックス様より、上戸亮先生の手によるコミックスが発売中です。
漫画アプリ、マンガドア様で、無料で読むことが出来るのでお勧めですよ
私は護衛の兵士を連れながら、ダイラス荒野の円形丘陵を登った。
丘の上には獅子の旗と鈴蘭の旗が翻り、護衛の兵士達が並んでいる。その中に秘書官であるシュピリの姿は無かったが、特に気にせず窪地に目を向けた。窪地の中央にはガンガルガ要塞と、要塞を包囲する連合軍の軍勢が見えた。
ガンガルガ要塞攻略を開始して、かれこれ二十日以上が過ぎていた。だがこれは別におかしなことではない。城や要塞を攻略するのには何日も時間を要するものだ。
連合軍が配置につくべく移動を開始する。しかし連合軍の動きは悪く、士気の低下が見て取れた。一方城壁の上を移動する魔王軍は、動きが素早く意気軒昂であることが分かった。
「よぉ、嬢ちゃん」
後ろから声をかけられ振り向くと、髭を生やしたガンゼ親方が丘を登ってくる。
「これはガンゼ親方。わざわざきてくれたということは……」
私はガンゼ親方が、やって来た用件を推理した。
ガンゼ親方はこの時間、いつも作業で忙しく働いている。職場を離れてここに来た理由は一つしかない。
「たった今、最後の点検が終わった。嬢ちゃんに依頼された仕事は完了したぞ」
「それはありがとうございます。三十日かかるところを、二十日でやっていただけるとは」
「礼なら働いた連中に言ってくれ。俺は監督しただけだしな。それに嬢ちゃんが魔法兵を大量に連れてきてくれたのも助かった。あと、クリートの奴も口は悪いが腕は確かだな。ちゃんと十日で魔道具の改良を終えやがった。おかげでいい仕事が出来たよ」
ガンゼ親方は誇らしげに語る。
「お疲れ様でした。今日はゆっくりお休みください」
私はガンゼ親方を労うと、喇叭の音が戦場に響き渡った。戦闘開始の合図だ。
「ん? 攻撃が始まるのか? なら丁度いい。各国の新兵器をじっくり見ておきたかった」
これまで戦場にいても、戦闘を見る機会がなかったガンゼ親方が、窪地に目を向ける。
「ではこちらへどうぞ」
私は手を差し伸べ、ガンゼ親方と並んで戦場を見た。
今日は表門の攻撃を、ハメイル王国とヒューリオン王国が担当することになっている。そして裏門を、ホヴォス連邦とヘイレント王国が攻撃する。要塞の右側面を我がライオネル王国が、左側面をフルグスク帝国が攻める手はずとなっていた。
ハメイル王国の弓兵が前進して矢を放ち、魔法兵が魔法弾を撃ち込む。遠距離攻撃の援護を受けながら、歩兵達がガンガルガ要塞に梯子を掛けてよじ登ろうとしていた。
さらに兵士達の援護を受けながら、車輪が取り付けられた三角の屋根が表門に接近する。
屋根の下には丸太の先が覗いていた。三角の屋根で上からの攻撃を防ぎつつ、城門を攻撃する破城槌だ。ハメイル王国の兵士達が破城槌を押して表門に接近する。ほぼ同時に裏門に向けて、箱を積み重ねたような巨大な塔が動き出す。塔は要塞の壁に届く高さだった。
「攻城塔か、あれはホヴォス連邦の物か」
ガンゼ親方が裏門に接近する巨大な塔に目を向ける。
攻城塔は城や要塞を攻略する兵器だ。木で組まれた塔には車輪が取り付けられ、移動可能となっている。攻城塔を用いれば、城壁に大量の兵士を送り込むことが出来る。
「大きい割に足が早いな。いい設計をしている」
ガンゼ親方がホヴォス連邦の攻城塔を褒めた。
巨大な攻城塔は設計が難しい。塔を高くすれば倒壊の危険がある。移動するためには軽量でなければいけない。しかし倒壊を防ぎ移動の衝撃に耐えるには頑丈でなければならず、頑丈に作れば当然重くなる。攻城塔の設計には高度な計算と技術が必要とされ、世界各国が攻城塔の設計にしのぎを削っている。
戦場のさらに右ではヘイレント王国が巨大な投石機を設置し、大きな石をガンガルガ要塞に放ち、ホヴォス連邦の攻城塔の接近を支援していた。
「あっちは投石機か。これまでにない型だな。ヘイレント王国の最新式か」
ガンゼ親方は投石機の作りに着目する。
ヘイレント王国の投石機は、我が国で作られている投石機と形が違い、飛距離と威力が高そうに見えた。
ホヴォス連邦とヘイレント王国は最新技術で設計された攻城兵器を持ち寄り、ガンガルガ要塞を包囲していた。これだけの攻撃を受ければ、どれほどの要塞でも攻略出来るはずだった。
しかし攻城兵器の攻撃が始まると、ガンガルガ要塞が動いた。
中にいる魔王軍の兵士が動いたのではない、ガンガルガ要塞そのものが動いたのだ。突然要塞の壁から巨大な影が蠢いたかと思うと、城壁から腕のような物体が動きだし、何本もそそり立った。腕の先には巨大な石が鎖でつながれ揺れている。
「むっ、魔族の兵器か」
ガンゼ親方が唸る。
あれはローエンデ王国が造った物ではない。魔族が後から付け加えた兵器だ。要塞から延びた怪腕が、壁の外に伸ばされ横に振られる。腕の先につけられた石も動き、勢いをつけて壁の前を横切る。狙うは城壁に接近する攻城塔だ。
攻城塔は木材で組まれた可動式の塔であるため、頑丈に作るには限界がある。特に横からの衝撃に弱く、怪腕の先で揺れる分銅の一撃を受けただけで、ホヴォス連邦の攻城塔は破壊されて木材が飛び散り、塔の内部にいた兵士達も放り出され転落する。
怪腕の攻撃はなおも止まらず、接近する攻城塔を打ち据えていく。
「う~む。凄い代物だ」
魔王軍が操る怪腕を見て、ガンゼ親方は何度も唸った。
要塞から延びた怪腕の正体は、重量物を吊り上げる起重機の一種だ。城の建設現場などに行けば見ることが出来る。
しかし魔王軍が使う起重機は、私が知る物とは全く別物だった。
まず私達の持つ起重機は、荷物を真上に上昇させる機能しかないため腕が短く、水平移動することも出来ない。一方魔王軍の起重機は、腕が水鳥の首の如く長い。さらに腕が縦にも横にも可動するため、自由に重量物を移動させることが出来る。
「おそらく根元に金属部品を使用しているのだろう。水車や風車のように歯車を使って、力の方向を変えているはずだ。あとはロープを大勢で引っ張って操作しているのだと思う」
ガンゼ親方が、ここからは見えない要塞内部を推測した。
「同じ物を作ることが出来ますか?」
「荷重が集まる金属部分が、どうなっているのか想像もつかん。すぐに真似るのは難しいな」
私の問いに、ガンゼ親方は首を横に振った。
「だが欲しい。あれが手に入れば仕事がはかどりそうだ」
真似るのは難しいとしつつも、建設業が本業のガンゼ親方は、作ってみたいと意欲を見せる。なんとしてでも頑張ってほしい。敵の技術の吸収は必須と言える。同じ物を作れるようにならなければ、技術力の差で負けてしまう。
「しかし魔王軍も厄介な物を作ってくれたものです。おかげで持ってきた攻城塔がほとんど破壊されてしまいました」
我がライオネル王国は五つの攻城塔を持ってきていたが、すでに全て破壊されてしまった。被害が大きいのはホヴォス連邦で、これまでに二十以上の攻城塔が起重機の餌食となっている。
攻城塔で、ガンガルガ要塞を攻略するのは不可能だった。




