第八話 連合軍の軍議
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ヒューリオン王国のレガリア将軍が議長役となり、軍議が開始された。
「言うまでもなくこのたびの連合軍は、この大陸からの魔族を駆逐する事を目的としている。そのためにはまず魔族に奪われたガンガルガ要塞を奪還し、北の旧ジュネブル王国を解放する。囚われた人々のため、ひいては人類全体のため、国の垣根を越えて一丸となり戦っていきたい。各国代表の皆様は、魔王軍討伐のために、意見を述べていただきたい」
レガリア将軍はよどみなく演説する。その落ち着いた態度は、連合の盟主国としてふさわしい貫禄がある。
「今日の攻撃はハメイル王国と我が国が表門を攻撃させてもらいましたが、次はどの国が表門を攻撃されますかな?」
レガリア将軍がゼブル将軍を見ながら、全員に向けて尋ねる。
「ここはやはりフルグスク帝国でしょうか? 名高き月光騎士団が攻撃すれば、ガンガルガ要塞などひとたまりもありますまい」
ヒューリオン王国代表の視線を受けて、ゼブル将軍がグーデリア皇女を見る。
「いや、我が軍は陣地もまだ満足に出来ておらぬ。ここは歴戦のガンブ将軍に戦場の手本を示していただきたい」
グーデリア皇女は大国の余裕を見せ、ヘイレント王国に譲る。
「いえいえ、ここは若い者に任せたいところです。ホヴォス連邦は幾つもの攻城兵器を用意しているとか」
ガンブ将軍はホヴォス連邦に水を向ける。
「持参した兵器は、まだ組立が完了しておりませんので、ここは別の国に……」
ディモス将軍は、視線を各国代表に向ける。
順番を譲り合う将軍や王族達は本心では攻撃を主張し、少しでも手柄を立てたいと考えている。だが大国の手前、遠慮して譲り合いの場となってしまっている。だがその輪に、私とライオネル王国の名前は上がらない。
やはりアンリ王を失ったことが大きく響いている。後ろに立つシュピリが小さく咳払いをして、私に発言を促す。だが私はそれを無視し、何も話さなかった。
各国はガンガルガ要塞を落とせる気でいる。実際、ヒューリオン王国とフルグスク帝国が本気を出せばガンガルガ要塞は落ちるだろう。しかし両大国は他の国にガンガルガ要塞攻略を任せようとしていた。被害を他の国に押し付け、戦力の消耗を避けようと考えているのだ。
私は魔王軍討伐のために、骨身を惜しむつもりはない。だが無駄に被害を出す理由もない。沈黙して軍議の推移を見ていると、ハメイル王国のゼブル将軍が私に目を向けた。
「しかし、この連合はそうそうたる顔触れが揃っておりますが、そうでない国もおりますな」
ゼブル将軍が言外に私を名指しし、侮辱してくる。
ヘイレント王国のガンブ将軍と、ホヴォス連邦のディモス将軍が追従の笑い声を上げる。
おそらくここで私をやり込め、今後軍議の席で、私の発言権を奪ってしまうつもりなのだろう。下手をすれば各国のいいように使い潰されるかもしれない。ここは言い返しておくべきだ。
「確かに、例外はどこにでもありますね」
私は、ゼブル将軍を見て言った。
「かつて魔王は六体の大将軍に、それぞれ軍を与えて解き放ちました。ここにいる国々は、どれも大将軍の軍勢に侵攻された国ばかりです。我らは魔王軍と戦い、大将軍の首を獲りましたが、一つだけそれが出来なかった国がありましたね」
私がゼブル将軍を見ると、将軍は顔色を変えた。
我がライオネル王国をはじめ五つの国々は、魔王軍が派遣した大将軍を討ち倒し、自力で魔王軍の脅威を払拭した。だがハメイル王国はそれが出来なかった。
当時ハメイル王国は、バルバル大将軍率いる魔王軍に追い詰められており、討伐するどころか滅亡寸前だった。だがバルバル大将軍は、魔王ゼルギスの死を知るなり魔王を僭称した。しかし他の魔族がこれに反発し、魔王軍内部で争いが起きて、バルバル大将軍は魔族の手によって粛清された。
ハメイル王国は、魔王軍の内紛に助けられた形となったのだ。
「なっ、貴様! 我らを愚弄するか」
顔を赤らめたゼブル将軍が、腰の剣に手をかける。
「いけません!」
側にいたゼファーが父を止めようとするが、逆に殴り倒される。
刃傷沙汰の気配に護衛として付いて来たグランとラグンの双子が、椅子に座る私の横に並ぶ。
グランとラグンの動きに呼応して、ハメイル王国の騎士ライセルも前に出た。
一触即発の緊張が、合同軍議の場を覆いつくす。だが突如、天幕の中に極寒の突風が吹き抜け、緊張の空気を凍てつかせた。
天幕にいた全員の視線が、冷気の発生源であるフルグスク帝国のグーデリア皇女を見た。氷結の皇女は氷の微笑を浮かべながら、私とゼブル将軍を見る。
「頭に血が上っているのなら、氷漬けにして冷まさしてやろうか?」
グーデリア皇女が、極寒の氷雪よりも冷たい言葉を私達に投げかける。
「申し訳ありませんゼブル将軍。言葉が過ぎました。お許しください」
「いや、こちらこそ、少し熱くなり過ぎた」
私は頭を下げ謝罪した。ゼブル将軍も、フルグスク帝国の仲裁を無視出来ず頭を下げた。
「しかし、ロメリア様。貴方にはガンガルガ要塞攻略の手立てがあるのですか?」
「さて、女の身で軍事のことは分かりかねます」
ゼブル将軍の問いに対し、私はとぼけて見せ、両脇に立つグランとラグンの双子を見た。
「グラン、ラグン。どうですか?」
「そうですね、ロメリア様。今日ハメイル王国が見せた決死隊を使った戦術を使いましょう」
私の右に立つグランが、決死隊を用いての突撃を提案した。
「決死隊。死を覚悟する兵士が集まりますか?」
私が問うと、今度は左にいるラグンが答える。
「ロメリア様のお望みとあれば、連れてきている五万の兵士は全て決死隊に志願します」
五万人を決死隊に出来るとするラグンの発言に、天幕にいる各国代表が驚く。
「全員に爆裂魔石を渡して突撃させたいところですが、爆裂魔石が一万人分しかありません」
「ですがそれで十分かと。あの程度の門、千人も突撃させれば破壊可能です」
各国代表の動揺を気にせず、グランとラグンが交互に決死隊による戦術を語る。
「破壊した門に残り九千を突撃させましょう。それでガンガルガ要塞の戦力は半減出来ます」
「そこに残り四万を投入すれば制圧可能です。早朝から始めれば夕方には終わるかと」
グランとラグンは冷酷な戦術を提示し、私は顔色一つ変えずに頷いた。
「なら明日の夕日は、ガンガルガ要塞から見ることが出来そうですね」
双子の言葉に頷き、私は席を立った。
「では、明日の攻撃は我がライオネル王国に任せてもらいます。これでよろしいでしょうか?」
私は各国代表に確認する。話を聞いていた将軍達は色を無くしていた。
「まっ、待て。それは認められない!」
制止の声を上げたのは、ハメイル王国のゼブル将軍だった。
「なぜです?」
「それは……次の攻撃は我が国がまた行うからだ。今日は落とせなかったが、明日には必ずガンガルガ要塞を攻略して見せる! レガリア将軍、明日の攻撃もぜひ我が国に!」
ゼブル将軍が豪語し、盟主であるヒューリオン王国の代表に嘆願する。
「狡いですぞ、ゼブル将軍。次の攻撃は我がホヴォス連邦に!」
「いいや、明日の攻撃はヘイレント王国に!」
ゼブル将軍の言葉に反応して、ディモス将軍やガンブ将軍が次々と攻撃を名乗り出る。先ほどまでの譲り合いとはずいぶんな違いだ。
彼らが私に待ったをかけ、競うように攻撃を主張するのには理由がある。すべては、魔王軍にジュネーバと名を変えられた、旧ジュネブル王国が問題だった。
ディナビア半島は西と北に伸びており、攻略中のガンガルガ要塞は半島の付け根に位置している。ここから西に行けば魔王軍に滅ぼされたローエンデ王国が、北に向かえば同じく魔王軍に滅ぼされたジュネブル王国の土地が広がっている。
西のローエンデ王国は魔王軍の手により強固な城壁が建設され、現在はローバーンと名を変えている。そして北のジュネブル王国もジュネーバと名付けられ、魔族により支配されていた。しかしジュネーバにはローバーンほどの防衛設備はないことが確認されている。ガンガルガ要塞を攻略すれば、旧ジュネブル王国は楽に手に入れることが出来る。
今回の連合軍は魔王軍討伐を掲げてはいるが、慈善事業に大軍を派遣することはない。連合軍の目的は、旧ジュネブル王国の土地を手に入れることだ。旧ジュネブル王国は連合軍の前に差し出されたパイであり、各国は少しでも多く切り取ろうと考えているのだ。
もちろん一番多くパイを切り取ることが出来るのは、ガンガルガ要塞攻略に功績があった国だ。しかしグラン達が提示した決死隊による攻撃が行われれば、私達が手柄の総取りとなる。
そうなれば旧ジュネブル王国のほとんどを、いやディナビア半島の要衝である、このガンガルガ要塞の所有権すら主張出来ただろう。連合各国は、なんとしてでも、私によるガンガルガ要塞攻略を阻止したいのだ。
「ロメリア様、各国代表がこう申しておられる。ここは譲ってはいかがかな」
連合の盟主であるレガリア将軍が、私に譲るように促す。
「皆様がそう言われるのでしたら」
私は素直に引き下がった。
グランが言った決死隊による攻撃を、私は採用するつもりは初めからなかった。決死の覚悟が出来る兵士を、こんなところで使い潰すなど愚の骨頂だからだ。
私は安堵の表情を見せる、各国代表を見た。
「ですが、皆さま。私の助けが必要でしたら、いつでもお声がけを」
侮られぬように私が付け加えると、各国の代表は表情を硬くして固唾を呑んだ。




