第七話 大国の皇女と王子
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しばらくすると、天幕の中に涼やかな風が入り込んでくる。天幕の入り口を見ると、二人の侍従を引き連れて、深い青のドレスを着た、若い女性が入ってきた。
まるで金属のような銀髪に、雪にも似た白い肌を持つその女性は、氷で出来た彫像の如き美しさだった。この女性こそヒューリオン王国と大陸の覇を分け合う、フルグスク帝国のグーデリア皇女だった。
「グ、グーデリア様!」
レーリア公女が私の時とは打って変わって、へつらいの笑顔を浮かべて出迎える。ヘレン王女やゼファー、三人の将軍達も席を立ちグーデリア皇女に礼を尽くす。次期皇帝の座は確実と言われる相手には、誰もが頭を垂れる。私も礼を尽くしながら、グーデリア皇女の周囲を見る。
二人の侍従以外に姿は無い。他の国々のように、将軍や護衛を連れてはいなかった。グーデリア皇女はフルグスク帝国でも絶対的な権力を持ち、軍部を完全に掌握しているという。軍議に将軍を列席させないのは、彼女の決定は軍部の決定であるということだろう。また、魔法の達人でもあるらしく、側に控える侍従以外は護衛すら要らないようだ。
皇女は二人の侍従を引き連れ、ヒューリオン王国の右隣りの席に座る。
最後に同盟の旗振り役であるヒューリオン王国の登場を待つ。しかしいくら待てども、盟主国の代表が現れなかった。
円卓では時間が経つにつれ会話が減っていき、気まずい沈黙が場の空気を支配する。
大陸の覇者ともいえるヒューリオン王国に対して、遅いので呼びに行くという真似は出来ない。待たされるのであれば、いくらでも待つしかない。しかしここにはフルグスク帝国のグーデリア皇女がいる。ヒューリオン王国とフルグスク帝国は、かつては戦争を行った歴史もあり、不倶戴天の仇といえる関係だ。
いかにヒューリオン王国とはいえ、グーデリア皇女を待たせるのはまずい行為だった。連合軍が瓦解するだけでなく、軍議の遅刻をきっかけに、人類同士の大戦争が始まってしまうかもしれない。
「……遅いのぉ」
グーデリア皇女が一言漏らす。
「あっ、あの。私、声をかけてきましょうか?」
ヒューリオン王国を呼びに行くのはまずいが、このままグーデリア皇女を待たせるのはもっとまずいと、レーリア公女が席を立つ。だがその直後、天幕の外から明るく陽気な声を響かせて、三人の男性が入ってきた。
「いや、ごめんごめん。侍女の女の子と話していたら、時間を忘れて」
金髪に日に焼けた肌の男性が、入るなり手を掲げて謝罪した。
この太陽のように明るい雰囲気の男性こそ、ヒューリオン王国の第三王子であるヒュース王子だった。
「まったく、貴方ときたら。そんなことだから放蕩王子などと呼ばれるのです」
ヒュース王子の横で、皺の入った初老の男性が呆れた顔を浮かべる。この男性はヒューリオン王の弟であるレガリア将軍だ。この連合軍のまとめ役でもある。
二人の背後には、黄金の鎧を着た巨漢の兵士が控えていた。雄牛のような体躯に巌の顔を持つその男性は、ヒューリオン王国最強と名高き、太陽騎士団の団長ギルデバランだ。
三人は天幕の中を進み空いている椅子へと向かう。ヒュース王子の座った右隣りには、二人の侍従を侍らせるグーデリア皇女がいた。
グーデリア皇女は、冷たい視線をヒュース王子に向けた。
実際、天幕の温度は低下していた。グーデリア皇女は名の知れた魔法の使い手であり、彼女が放つ凍結魔法は大地を永久凍土に変えると言われている。そのグーデリア皇女の全身から、無意識のうちに魔法が放たれているのだ。
陽光の如きヒュース王子の瞳と、グーデリア皇女の絶対零度の瞳がぶつかり合う。
「やぁ、グーちゃん。待たせた?」
「私はいいが、皆を待たせるな。あとグーちゃんはやめよ。お互いもう幾つだと思っているのだ」
一触即発かに思えたが、ヒュース王子が明るく声をかけると、グーデリア皇女の凍てついた表情が融解し、春の日向の如き笑みを見せる。
「え? お二人は……親しい、のですか?」
レーリア公女が、ヒュース王子とグーデリア皇女のやり取りを信じられない物を見るように目を丸くする。
「ん? ああ、グーちゃん。いやグーデリア皇女とは子供の頃を一緒に過ごしてね」
「うむ。いろいろあってな。一時期ヒューリオン王国に身を寄せていたことがある」
グーデリア皇女が頷く。知られていなかった事実に、各国一同が驚く。
私はフルグスク帝国の家系図を頭に思い浮かべた。
確かグーデリア皇女の祖母は、ヒュース王子の祖母の妹に当たるはずだ。五十年ほど前までは、両国は婚姻を結ぶほど関係が良好だった。しかしそれ以降国家間の争いがおこり、ついには戦争が起きた。
フルグスク帝国から見れば、グーデリア皇女は敵国の血を引く娘だ。帝国内にいられなくなるほど立場が悪化し、ヒューリオン王国に身を寄せていたのだろう。
その時ヒュース王子とグーデリア皇女の間に何があったかは分からないが、二人の間には家族のような親しみがある。とはいえ、両国の王子と皇女の仲がいいのはよろしいことだ。
「では皆様、お待たせしました。これより連合軍の軍議を開始したいと思う」
全員が席に着いたのを確認して、レガリア将軍が発言する。連合軍の軍議が、ようやく開始された。
マグコミでの連載を記念して、明日も更新します