第二十七話 意外な人との再会
予定していた竜の巣を殲滅し、砦に帰還する。
今日の反省点としては、レイの言うとおり、少し前に出すぎたことだった。
危険を冒すことに躊躇はないが、私が前線に出すぎることで、兵士たちが前のめりとなり、防御に若干の不安が生まれる。攻撃の時にはいいが、防戦の時には注意が必要だ。指揮官としての立ち位置や間合いの取り方には注意が必要だろう。
あとは声だ。後ろに移動すると、今度は声が届かなくなる。後方からでも十分指示が出せるように、もっと声を大きく出せるようにならないといけない。力強い声は兵を安心させる効果があると聞くし、発声練習しておくべきだろう。
ほかにも陣形の変更や攻防の間合いなど、今のうちにいろいろ試し、経験しておかなければならないことがあった。
明日の予定や、次に試す戦術の試案などを頭の中で考えて砦に戻る。
砦に戻ると、出発の際には無かった数台の馬車が見えた。
ヤルマーク商会のセリュレ氏が送ってくれた物資だろう。さらに鉱山開発のための山師や港を作るための建設業者なども同行してきているはずだった。
納品された物資を確かめようとしていると、修道服を着た小柄な女性がこちらに向かって走ってくる。
「ロメリア様、お久しぶりです」
女性があいさつする。見たことのある顔だった。
「あなたは、ノーテ司祭のところにいた見習の」
カレサ修道院で応対してくれた見習いだ。
「はい。ミアと言います。その節はどうも。あの後、司祭様から特訓を受けて、ようやく一人前と認めてもらいました」
ノーテ司祭は癒し手をとりあえず一人送ってくれると約束してくれた。まさかあの時の見習いが来るとは思わなかった。少し心配だが、ノーテ司祭が認めたのであれば、あの後力をつけたのだろう。
「わかりました、では怪我人の治療をお願いします」
「はい、砦に残っていた方の治療は、済ませてあります」
砦には負傷した兵士が三人ほどいて、癒し手を待っていた。三人のうち一人は重傷で、歩くこともままならなかったはずだ。すでに治療を終えているとは思わなかった。
「申し訳ありません。ロメリア様の帰還を待つべきだと思いましたが、苦しんでいる人を見ていられず、許可を待たずに治療してしまいました」
「いえ、それはいいのですが、もう完治したのですか?」
人命にかかわることだし、治療行為に許可を待つ必要はない。しかしこの前まで見習いだった彼女に、そこまでできるとは少し驚きだ。
「傷はふさがりましたが、急速に治癒したことに加え血を失いすぎているので、今日一日は安静にするように言ってあります。明日には起き上がることが出来ますが、完治するには最低でもあと二日は安静にすることをお勧めします」
しっかりとした受け答えだった。後で確認するが、専門家が言うのならそうなのだろう。
「わかりました、兵に代わってお礼を言います。しかし腕を上げましたね」
前会ったときは大した意図もなく声をかけたが、本当に急成長するとは思わなかった。
「いえ、そんな」
ミアさんは照れて顔を俯かせる。
しかしこう言っては何だが、少し困った。まさか女性が来るとは思わなかった。ここは男所帯。若い女性がいていい場所ではない。
兵士たちが彼女に乱暴するとは考えたくないが、手を出さない保証はない。兵士たちには念押ししておくべきだろう。それまでは手元に置いておこう。
「わかりました、今のところ大きな怪我人はいませんから、明日から本格的な治療を開始してもらいます。ただ、部隊長に紹介するので、それまでは私と一緒にいてください」
「はい、お供させていただけるとは光栄です」
ミアさんは秘書官の様についてくる。
私としても女性の手があると何かとありがたいし、寝室も一緒にするべきだ。ならいっそのこと、私の秘書官としてみよう。この方が兵たちも手を出しにくいかもしれない。
「そうでした、ロメリア様。ここに来たのは私だけではなくて、他の方も来られています」
「ああ、山師の方と建設業者の方でしょう?」
ここの魔物を討伐する目的は金の採掘のためだ。セリュレ氏にはとりあえず山師を何人か見繕ってもらい、鉱山の事前調査をすることになっている。さらに渓谷の奥にある入り江も現地調査する予定だ。
「その方たちも来ているのですが、他にも二人、追加で同行することになりました。なんでも二人ともロメリア様の知り合いだとか」
「知り合い? 誰でしょう?」
思い当たる人がいない。カシューにほとんど知り合いはいないし、社交界の友人は、私と関係を持とうとしないだろう。
誰だろうと思考を巡らしていると、後ろから懐かしい声が聞こえてきた。
「頑張っているようですね、お嬢様」
振り向くとそこには女性と男性が立っていた。
女性の方は一分の隙もない、完成された淑女の見本とでもいうべき人だった。背筋はピンと伸び、服装は袖や首元にも緩みはなく、髪形さえも張りつめている。目つきさえやや吊り上がっていたが、口元だけは柔和な笑みを浮かべていた。
一方男性の方はというと、だらしがないの一言に尽きた。伸び放題のぼさぼさの髪に無精髭。シャツもボタンがいくつか止められておらず、顔も寝不足なのかたるんでいる。いつからお風呂に入っていないのか、頭をガシガシと掻いている始末だ。
対照的な二人の姿を見て、私は歓声を上げた。
「クインズ先生? ヴェッリ先生も?」
「やはりお知合いですか?」
ミアさんが尋ねる。私はクインズ先生に駆け寄り、手を取って紹介した。
「私の恩師です」
「家庭教師として、お嬢様に勉強を教えていたのよ」
貴族は子供の教育のために、家庭教師をつけるのが一般的だ。二人は私のために呼ばれた先生だった。
家庭教師は何人もいたが、一番好きだったのはこの二人だ。
「お久しぶりです先生。でもどうしてここに?」
「カイロさんからお嬢様が頑張っていると聞いて、いても立ってもいられず駆けつけました」
カルルス砦で待つ婆やの顔が思い出された。
そういえばこの前手紙を出していた。誰に宛てているのか気になったが、この二人に出していたのだ。
まったく婆やはと思う反面、婆やの言っていた通り、私は人を頼ることも覚えるべきだ。この二人が来てくれたのなら有難い。
「何かと人手が必要でしょう? 役所で記入係もしておりましたから、経理や事務ならばお手伝いできます」
クインズ先生が申し出てくれる、
「俺は来たくなかったんだけどよ、こいつが無理やり」
ヴェッリ先生は頭をかきながらぼやくと、クインズ先生の細い手が電光のように伸び、ヴェッリ先生の右耳をつかんでひねり上げた。
「仕事がなく路頭に迷いかけていたところを、お嬢様に拾っていただいた恩を忘れたか! 今その恩を返さなくていつ返す」
鬼気迫る形相で耳をひねり上げる。ヴェッリ先生はたまらず了承した。
二人は若いころ同じ教師に師事していたそうだ。性格は正反対だが付き合いが長く、いろいろ弱みを握られていて。ヴェッリ先生はクインズ先生に頭が上がらないらしい。
クインズ先生は手を離して振り返り、小さく咳払いした。
「コホン。ということで、手伝いに来ました。いかようにもお使いつぶし下さい。特にこの男はさぼりがちですが、締め上げれば締め上げるほど働くので存分に」
「ひでぇ」
「はい、知ってます」
「おい、ロメリア!」
もちろん冗談だ。
言葉はひどいが、クインズ先生はヴェッリ先生を認めており、いつだったか天才の部類だと評価していた。私もやる気がないように見えて、幅広い見識や着眼点を持つ先生を尊敬している。
本当にすごい人たちが来てくれた。




