第六話 三カ国の王族と将軍
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軍議が行われる天幕の中に入ると、室内には巨大な円卓が置かれ、そこには地図が広げられていた。すでに三つの国の代表が集まり、席について談笑していた。
「先程は実に見事な戦いぶりでしたな、ゼブル将軍。ハメイル王国は精鋭揃いでうらやましい」
「大陸にその人ありと言われた、ガンブ将軍にそう言っていただけるとは恐縮です」
白髪の混じった髪と髭を持つ男性が、赤い羽根飾が付いた兜を机に置く男性と話していた。
長い髭の男性は、かつてその名を轟かせたガンブ将軍だ。齢七十近いはずだが、今も第一線で指揮を執っている。そして赤い羽根飾りの兜を持つ男性は、ハメイル王国のゼブル将軍だ。
「勇敢なハメイル王国の力があれば、ガンガルガ要塞などすぐに落ちるでしょう。ヘレン王女もそう思いませんか?」
ガンブ将軍が、自身の右隣にいる緑色のドレスを着た女性に声をかけた。
短い黒髪の下に大きな瞳を持つその女性は、ヘイレント王国の第二王女であるヘレン王女だ。確か今年で二十歳と聞いていたが、くりくりとした瞳が小動物を思わせ、年齢よりも幼く見える。
「はい、とても勇壮で立派でした」
「ヘレン王女にそう言っていただけると、兵士冥利に尽きます」
ゼブル将軍が満面の笑みを浮かべて頷き、そして視線を背後に立つ若い男性に向けた。
「お前もそう思わんか? ゼファーよ」
「え、あの、その……」
茶色い髪の下に気弱そうな顔をのぞかせる青年は、自分に話が振られると思っていなかったのか、しどろもどろになっていた。
「しっかりせんか!」
ゼブル将軍は答えに詰まる青年を一喝する。
「申し訳ありません。ヘレン王女の前で舞い上がっているようでして」
怒鳴られた青年はがっくりと肩を落とす。青年はゼブル将軍の息子であるゼファーだ。気弱な顔つきをしているが、確か王家の血を引く彼は王位継承権を持っているはず。しかし威圧的な父親に睨まれ委縮してしまっている。
ゼファーの隣には、左目を眼帯で覆う護衛の騎士ライセルが立っていた。ライセルは、慰めるようにゼファーの肩を叩く。
ゼブル将軍とガンブ将軍はまた互いを褒め合う話に戻り、ヘレン王女は退屈なのか、側に立つ黒髪の騎士ベインズと、何やら話し始めた。
「あら、ロメリア様ではありませんか」
私が天幕の入り口で中の様子を見ていると、甲高い声が天幕の中に響いた。声のした方を見ると長い金髪を縦に巻き、青いドレスを身に着けた女性が椅子から立ち上がった。
やや吊り上がった眉と目を持つこの女性は、ホヴォス連邦のレーリア公女だ。その隣にいる銀髪に鎧姿の男性は、密林の蛇とも呼ばれるディモス将軍だ。確かに二つ名の通り、鋭い目つきをしている。
二人の後ろには、赤毛に筋肉質の肉体を持つ女戦士マイスが護衛として立っていた。彼女は傭兵上がりらしいが、過去に魔王軍が誇る大将軍と一騎打ちを演じ、その片腕を斬り落としたほどの豪傑だ。
「もっと早く到着されるものと思って、お待ちしておりましたのよ」
レーリア公女が私の下に歩み寄り、親しげに声をかける。だがその言葉の裏には、到着が遅いと非難が混じっていた。
レーリア公女はホヴォス連邦にある五大公爵家の一つ、スコル公爵家の長女だ。ホヴォス連邦において王は世襲ではなく、五大公爵家の中から選ばれることとなっている。場合によっては、女王となり国を継ぐかもしれない女性だった。
「これはレーリア様、ごきげんよう」
私は礼儀正しく挨拶をして、そして視線を前に向けた。
来るのが遅いと言外に言われたが、軍議の時間にはまだ早い。それに盟主であるヒューリオン王国の代表はまだ天幕に入っておらず、フルグスク帝国の代表も来ていない。時間には十分間に合ったといえるだろう。
私の謝罪がなかったことに、レーリア公女は眉を逆立たせたが、私は相手にしなかった。
「あ、あの。ロメリア様。ごきげんよう」
レーリア公女が何かを言おうとした矢先に、ヘイレント王国のヘレン王女がこちらに歩み寄り、おずおずと頭を下げた。
「はい、ごきげんよう。ヘレン王女」
私もヘレン王女に挨拶を返してから、円卓に着く各国の代表に目を向ける。
「ごきげんよう。ゼブル将軍、ガンブ将軍、ディモス将軍」
私は三人の将軍に会釈をした。しかし返事はない。先ほどまで天幕の中には和気藹々とした雰囲気に包まれていた。しかし私の存在に気付いた途端、急に空気が変わってしまった。
連合軍において、私は、いやライオネル王国は冷遇されていた。
歴戦の将軍達からしてみれば、女の私が軍を率いているのが気に入らないのだろう。そして何より、二年前ザリアの乱で、アンリ王を失ってしまったことが響いている。
魔王ゼルギスを倒した英雄を内乱で失った事件は、世界中で非難されており、我が国は世界各国の信頼を無くしていた。おかげで連合軍の会議や軍議では、私は相手にされないこともしばしばだ。だが気にしてもいられないので、堂々と振る舞うことにしている。
各国の将軍達からは返事がなかったが、私は気にせずハメイル王国のゼファーを見た。
「ゼファー様もごきげんよう」
私が笑みを浮かべて会釈をすると、ゼファーは顔を急速に赤らめる。
「あっ、その。こっ……」
ゼファーは口籠った。まさか自分に声をかけられると思わなかったのだろう。だが返事を返してもらえないのは想定済みだ。私は気にせず円卓の前に置かれた椅子に座った。
席に着いた私に、様々な視線が突き刺さる。
レーリア公女は苛立たしげな視線を私に向け、ヘレン王女は周りの顔色を窺いながら私を見る。三人の将軍達はあからさまに不快げな視線を向ける。先ほど返事をしなかったゼファーは私に話しかけられたくないのか、肩を落として顔を地面に向けていた。
針の筵のような状況だが、私は堂々と胸を張り、残りの代表が集まるのを待つことにした。
マグコミでの連載を記念して
明日も更新しまし