第五話 双子将軍
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
小学館ガガガブックス様よりロメリア戦記のⅠ~Ⅲ巻が発売中です。
BLADEコミックス様より、上戸亮先生の手によるコミックスが発売中です。
漫画アプリ、マンガドア様で、無料で読むことが出来るのでお勧めですよ。
私が天幕を出て行くクリートを見送ると、隣にいるガンゼ親方が笑った。
「やれやれ、嬢ちゃんも鬼だな」
「あら、救世教会公認の聖女を捕まえて酷いお言葉ですこと」
ガンゼ親方に対して、私は心外だと気取った顔で見返しておく。
「クリートの働き一つで作業が早く進むのなら、いくらでもこき使いますよ」
「まぁ、あいつがあの杖を改良してくれれば、仕事は一気に進むだろうな。下手をすれば、嬢ちゃんに頼まれた仕事が、二十日ぐらいで仕上げることが可能かもしれん」
事前の予定では、私の策を実行に移すまで、三十日の工期が必要という試算がなされていた。だがクリートのおかげで、大幅な短縮が見込めるようだ。
「ですがガンゼ親方。今回の作戦は、敵にも味方にも気付かれないことが肝腎です」
「分かっとる。そのための巨大天幕、そのための警備だろ。魔王軍にも、連合軍にも気付かれないように掘り進めるさ」
私が注意すると、ガンゼ親方が頷いてくれる。
「ではよろしくお願いします」
私はガンゼ親方に一礼した。
策を考え、資材を整え人員を手配したのならば、あとは現場で働く人に任せるしかない。
私は巨大天幕を出ると、艶のある黒髪をした二人の男性の背中が見えた。
「グラン、ラグン」
私はやや長い髪の青年達に声をかけると、二人の男性が同時に振り向く。右側の男性は目に色気のある整った顔をしていた。そして左の男性も右の男性を鏡に映したように同じ顔をしていた。我がロメ隊の双子の戦士、グランとラグンだ。
「ロメリア様、今日の戦闘で死傷した、我が軍の兵士の報告にあがりました」
「死亡した兵士は十三人。負傷兵は三百二十九人です。うち重傷者は二十七人です」
グランが切り出し、ラグンが人数を報告してくれる。
改めて正確な数を聞き、私は瞑目する。死者の数を聞くと、辛い気持ちになる。何度経験しても慣れない。
「グラン将軍、ラグン将軍。他に何か報告することはありますか?」
私は双子に尋ねた。
グランとラグンは前線指揮官として、将軍の地位に就いている。
ただ平民では将軍になれないため、二人は爵位を貰い貴族となっている。グランはグランベル・フォン・アンドレ男爵。ラグンはラグンベル・フォン・ギュノス男爵だ。
「陣地構成が遅れています」
「攻城兵器の組み立ても、まだ手を付けていません」
グランとラグンが口々に報告する。
工兵として連れて来たガンゼ親方達が、巨大天幕で作業している分、他の作業が押しているようだった。
「そっちはゆっくりで構いません。兵士に無理をさせないように」
私が命じると、双子将軍が頷く。
「それでは、二人には……」
「ロメリア様!」
私がグランとラグンに新たな命令を与えようとすると、鋭い声が響いた。目を向けると秘書官のシュピリが、走って来て私を見ている。
「連合軍の合同軍議があるのを、お忘れですか」
「もちろん忘れていませんよ、シュピリさん。今から向かうところです。グラン、ラグン。戦闘で疲れているでしょうが、軍議に付き合ってもらえますか?」
私は二人に合同軍議への参加を求めた。
合同軍議では各国の代表として、将軍や護衛の騎士を数人帯同させていいことになっている。グランとラグンなら槍の腕前もあり護衛としても十分であるし、将軍として発言も許される。
「護衛は……カイルレン将軍ではないのですか?」
シュピリが嬉しそうな顔をする。先程彼に詰め寄られたことが相当効いたらしい。
だがカイルには、連合軍に対する諜報活動全般を任せているので忙しいのだ。
「おや、シュピリ秘書官。私がお供ではお嫌ですか」
事情を知らないグランが、シュピリの右側に立ち憂いを帯びた顔をする。
「そんな、シュピリ秘書官に嫌われていたなんて」
ラグンも同じくシュピリの左側に回り込み、悲しげな顔を見せた。
この双子は顔立ちが整っている。その顔が右にも左にもあるものだから、シュピリは目のやり場に困り、ただ困惑していた。
「い、いえ。その、別にお二人を嫌っているわけでは……」
シュピリが頬を染めながら否定する。
「本当ですか、シュピリ秘書官?」
ラグンが未だ憂いを帯びた顔で尋ねた。
「もちろんです。グランベル将軍、ラグンベル将軍」
「私はラグンベルです。ラグンとお呼びください。シュピリと呼んでも?」
ラグンは花が咲いたみたいな笑顔を見せ、シュピリの左手を取る。
「え? ええ?」
手を触れられたことにシュピリが動揺していると、今度はグランがシュピリの肩に手を置く。
「私もグランとお呼びください。シュピリ。貴方のことをもっと知りたい」
シュピリはグランに耳元で囁かれ、顔を紅潮させる。
「え? ええ? ええええ?」
「はい、そこまで。おやめなさい。グラン、ラグン」
私は動揺するシュピリを見ていられず、手を叩いて二人を止めた。
「グラン、シュピリさんから手を離しなさい。ラグンもです」
私が非難の目を向けると、グランとラグンは名残惜しそうにシュピリの手を離した。そこでシュピリは、ようやく自分がからかわれたのだと気が付いた。
「グランベル将軍とラグンベル将軍が、このようないたずらをする方だったなんて……」
シュピリは肩を落とす。
「失望させてしまったのなら謝ります。ですが嘘は言っていませんよ」
「貴方とはもっと親しい間柄になりたい。今度、三人で食事でも?」
グランとラグンが交互に甘い言葉を囁く。
「い、いえ。その。結構です」
シュピリは二人の言葉に顔を赤らめはしたものの、断りながら身を引き、二人の間から逃れる。どうやら二人に挟まれているとよくないと学習したようだ。
グランとラグンは目じりを下げ、切なげな表情を見せる。実に乙女心をくすぐる顔だ。
「それはさておき、シュピリさん。合同軍議の時間なのでは?」
「そ、そうでした、ロメリア様。早く行かないと。会議に遅れてしまいます」
「大丈夫ですよ。まだ時間は十分にあります」
「いえ、我々が先に到着して、ヒューリオン王国やフルグスク帝国の代表を出迎えるべきです」
懐中時計を取り出して時刻を確認する私に、シュピリは鼻息荒く答える。
シュピリに先導され、私はグラン達と共に、合同軍議が行われるヒューリオン王国の陣地に向かう。ただしその道のりは遠い。
ガンガルガ要塞を中心に円形丘陵が広がり、各国は丘陵の外側に陣地を敷いていた。南にはレーン川が流れており、川の西には連合軍が使用したスート大橋が架かっている。我がライオネル王国は、円形丘陵とレーン川に挟まれる南端に陣取っていた。
ライオネル王国の左にはハメイル王国の陣地があり、そのさらに左にヘイレント王国が展開している。我が軍の右隣りにはホヴォス連邦。そしてさらに右がフルグスク帝国の陣地となっている。ガンガルガ要塞を挟んで反対側には、ヒューリオン王国が陣取っている。
私は左回りを選び、ハメイル王国とヘイレント王国の陣地を通り抜けて、ヒューリオン王国の陣地に向かう。
円形丘陵の上を歩いていると、ヒューリオン王国の陣地が見えてくる。連合の盟主であるヒューリオン王国の陣地は、十万の兵士が駐屯しており実に立派だった。さらに陣地の中心部に向かうと、木材で造られた門らしき物が見えてきた。
ローバーンから、魔王軍の援軍が派遣されたときの備えだろう。同じようなことは我がライオネル王国でも行っているが、柵を立て土塁を積み上げる程度だ。門の上にはヒルド砦と名前が書かれていた。どうやらここに砦を作るらしい。大陸最強国家はやることが違う。
私は感心しながら、建設中のヒルド砦に入り、内部に張られていた天幕の入り口を潜った。
ロメリアないしょばなし
グランとラグンはたまに互いの名前を入れ替えて、嘘を言う時がある。
ただしロメリア以外に、その嘘に気付いた者はいない。




