第四話 天才魔導士クリートの活躍
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作業現場を見回っていると、筋肉のたくましい作業員が懸命に働いていた。
「でも、どんな力自慢でも、オットーには敵いませんね」
「ああ。そりゃ、あいつにはな」
私は力自慢の作業員達を見ながら、ロメ隊の一人を思い出す。ガンゼ親方もそれには顎を引いて同意した。
その後、私はガンゼ親方と作業の手順について確認し合っていると、穴の底から地響きのような足音が聞こえてきた。足音はゆっくりとこちらに近付いて来る。
ガンゼ親方と一緒に穴の方を見ると、巨大な岩が坂を登ってきた。もちろん岩が勝手に動くわけがない。よく見れば岩の後ろで一人の男が岩を抱えていた。朴訥な顔をしたその男性は、ロメ隊のオットーだった。
オットーは自分より巨大な岩を一人で抱え、坂を登り運んできたのだ。
身の丈よりも巨大な岩を、たった一人で抱えるオットーを見て、筋肉自慢の作業員達が目を丸くして驚いている。
驚く作業員を見て、私は内心気分がよかった。どうだ、うちのオットーはすごいでしょと、自分のことでもないのに自慢したくなる。
「オットー、もう戻って働いていたのですか?」
私は岩を担ぐオットーに声をかけた。
オットーは先ほどまで戦場で戦っていたというのに、もう鎧を脱ぎ捨て作業を手伝っている。
「疲れたら休んでいいのですよ?」
「ロメリア様。大丈夫です。疲れていませんから」
オットーは小さく首を横に振った。
どうやらオットーにしてみれば、先ほどの戦いは疲労するほどのものでもなかったらしい。
「でも怪我には気を付けてください。貴方は我が軍の将軍なのですから」
私は岩を担いだままのオットーを見た。
土に汚れて作業するオットーは、どう見ても作業員の一人にしか見えない。だがこれでもオッテルハイム・フォン・ベラク男爵であり、れっきとした貴族だ。しかも我が軍が誇る四人の将軍の一人だ。
「安心しろ、嬢ちゃん。こいつはちょっとやそっとで、怪我するタマじゃねーよ」
ガンゼ親方が豪快に笑う。
「親方、これどこに置こう」
「おお、それはレーン川の方に持って行け」
オットーが岩を抱えたまま尋ね、ガンゼ親方が指示する。
その姿は現場作業の親方とその弟子にしか見えない。実際本当に親方と弟子の関係だ。
工兵として仕事を覚えてもらうために、オットーをガンゼ親方のところに放り込んだのが何年か前のこと。当初は仕事上の付き合いだったが、オットーがガンゼ親方の腕にほれ込み本当に弟子入りしてしまったのだ。
ガンゼ親方も腕が良く寡黙なオットーを気に入り、家族ぐるみの付き合いをしている。そしてもうすぐ、本当の家族になる予定だ。
「それでも怪我には注意してください。エリーヌさんに申し訳がありませんから」
私はもう一度注意しておく。
エリーヌさんはガンゼ親方の一人娘だ。豪快なガンゼ親方と真逆で、気立てがよく優しい女性で、先日オットーとの婚約が決まった。
ロメ隊出身者の中で、婚約した者はオットーが最初であり。私も大変に嬉しい。
私としては結婚を控えたオットーを、遠征に同行させたくなかったが。だが私が考えた策を実現するためには、建設業者として経験豊富なガンゼ親方が必要だった。そしてガンゼ親方の片腕として、オットーの存在もまた欠かすことが出来なかった。
「大丈夫です」
オットーは短く答えると、岩を担いでレーン川へと歩いて行く。
「あと魔法が使えるのも大きい。嬢ちゃんが連れて来た魔法兵は思った以上に便利だ。魔法使いがいると仕事が捗る」
「ああ、彼らが役に立ちましたか、それはよかった」
私は頷き周囲を見回す。天幕の中では半裸の作業員達が行きかっていたが、その中には外套を着こみ杖を持つ者の姿があった。彼らは作業員ではなく、我が軍が誇る魔法兵だ。
今回の遠征では、通常の兵士や工兵の他に、魔法が使える魔法兵も同行している。彼らは土を柔らかくする魔道具を行使出来るため、作業が大幅に捗ったようだ。
通常土木作業に貴重な魔法使いが投入されることはないため、ガンゼ親方にも初めての経験だったのだろう。
「おっと、今のは聞き捨てなりませんね」
話す私とガンゼ親方の背中に、甲高い声がかけられる。
振り向くとそこには黒い外套を身に着けた、海藻のようにうねる茶髪の若い男性がいた。
腰に杖を差した青年の顔には、人を馬鹿にしたような笑みが張り付いていた。
「これは、クリート魔法兵隊長。こちらにおられたのですか」
「こちらにおられましたよ、ロメリア様」
遠征軍の総指揮官である私に対して、クリートは尊大な態度で答えた。
この実に偉そうな男性は、魔法兵三百人を指揮するクリートだ。ただの魔法兵ではなく、宮廷魔導士として名を連ねており、実際に偉い人物だ。
「しかしロメリア様とガンゼ氏の言葉は聞き捨てなりません。私をそこらの魔法使いと同列に扱わないでいただきたい。私を呼ぶなら敬意と畏怖を込めて魔導士と呼んでいただかないと」
「ああ。悪い悪い」
「それは失礼しました、魔導士クリート」
クリートの尊大で気取った言葉に、ガンゼ親方が顔をしかめる。私も内心面倒だったが、怒らせても仕方がないので、ご機嫌を取っておく。
「そもそも我ら魔導士は、道具を使わなければ魔法一つ使えない魔法兵や、才能だけを頼りに、一種類の魔法しか使えない魔法使いとは格が違うのです」
クリートが拳を固めて力説する。その眼には人を見下す色があった。
私は内心ため息をついた。クリートの言葉は、腕のいい魔法使いが言いがちなことだった。
彼ら曰く、人間には四種類いるとされる。まず魔法を使えない人達で、人類の大部分がこれに当たる。魔法使いからすると、力を持たずに生まれた可哀想な存在らしい。
次が魔法の力を持ちながらも、魔道具の補助なしでは発動することが出来ない者達だ。軍に編成されている魔法兵のほとんどがこれに当たり、これも出来損ないに部類されている。そしてその次が自力で魔法を発動出来る者。私の知る中ではロメ隊のアルやレイがここに入る。しかし魔導士様からすれば、これも不十分らしい。
「魔法の力とは、神が与えた恩恵なのです。それを十全に使いこなせてこそ、初めて真の魔法使い、魔導士と呼べるのです。術式の一つも使えないようでは、魔導士と呼べません」
クリートは話しながら右手を掲げる。すると右手の上に黄色い光が生まれる。光は小さな円と文字を形作り、魔法陣が浮かび上がる。黄色い魔法陣からは紫電が迸り、小さな電撃となる。
さらにクリートは左手を掲げ、今度は赤い魔法陣を作り上げ、小さな火を灯す。そして次は右手に緑色の魔法陣を生み出し、次はそよ風を発生させた。
「魔導の真髄を知り、精緻な技術で操作すれば、この通り、あらゆることが可能なのです」
クリートが魔法陣を生み出しながら語るのを見て、私は素直に感心した。
魔法の力はクリートの言う通り神の恩恵とされ、才能ある者は特に意識することなく魔法の力を行使する。しかしその場合、炎の魔法を使える者は炎だけしか生み出せず、風を操る者は風しか操れない。
だが魔法使い達は試行錯誤を繰り返し、魔法の力を操る術を覚え、その原理を解明し術式として体系化することに成功した。極限まで鍛え上げられた魔法使い、彼らが言う魔導士は、自身の姿を消す魔法すら使いこなす。しかし幾つもの魔法陣を覚えるには、長い年月が必要とされており、クリートは若いながら何種類もの魔法を操っている。さすが宮廷魔導士を名乗るだけのことはある。
「分かりますか? 魔導士たる者、百の術式を使えて、初めて一人前なのです」
クリートが自分は百の術式を覚えているのだと、言外に主張してくる。
私は彼の機嫌を損ねないように、素直に頷いておく。
確かにクリートは才能と知識、そして確かな技術を持つ人物だろう。これで人を見下さない人格があればいいのだが、魔法使い特有の選民思想が人との軋轢を生み、ガンゼ親方などは話を聞いていて耳が腐ると顔を歪めていた。
「見てくださいロメリア様。この部分を」
演説に頷く私を見て、クリートは機嫌をよくし、掘られた穴に歩み寄り穴の壁面を指差す。
見るとただの土壁ではなかった。まるで焼き固められた煉瓦のように硬質化している。
「これぞ我が魔導の極致です。土の組成を操作して、石のように固めてあります。『土硬化』とでも名付けましょうか。防水性も高く、水を通すこともありません。横穴を掘った場合も、この術式を用いれば補強の木材を必要とせず、掘り進めることが可能でしょう」
クリートの弁舌を聞きながら、私は堅くなった壁を叩く。確かに十分に強度はあるらしく乾いた音がした。
「それを壊すことは、まず不可能ですよ」
自信満々に答えるクリートに、私はいたずら心が芽生えた。
「では試してみましょう。オットーちょっときてくれますか! 戦槌も持ってきてください」
私は天幕の外に向かって叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいロメリア様! オットーって、さっき巨大な岩を運んでいたオッテルハイム将軍のことですよね?」
オットーの名を聞き、あれほど自信満々だったクリートの顔が崩れる。
「その……あれです。強度は十分ですが、完全に固まり切るまで、少し時間がかかるので……」
「そうですか、固まるのにどれぐらいかかるので?」
言い訳をするクリートに、私は素知らぬ顔で確認する。私の隣ではガンゼ親方が声を殺して笑っていた。
「それは……完全に解明するには、王国に戻って解析する必要があります」
クリートは実に専門家らしい言い訳をした。私は笑って頷いておく。ここでクリートの鼻を明かしてやりたくもあるが、それで作業が遅れては意味がない。
「しかし魔導士クリート。この術式が見事であることは理解しましたが、これを使えるのが貴方だけであれば、無意味では? それとも毎日貴方が直々に全ての土を固めてくれるので?」
私は首をかしげてクリートを見た。
魔法は一日に何度も使えるものではない。強力な魔法であればなおさらだ。この魔法がどれほどのものか分からないが、一人で作業を補助することは出来ないだろう。
「それはご安心を。このクリート、ただ魔法を放つだけの凡才とは違います」
不敵に笑ったクリートが、腰に差した杖を引き抜く。杖の先端には茶色い宝玉がはめられている。魔法の発動を補助する魔道具の一種で、茶色い宝玉は土魔法の属性を現す。これがあれば堅い土を柔らかくすることが出来るため、掘削用に魔法兵と共に百本ほど持ってきたのだ。
「この魔道具自体は、土を柔らかくするなんて手品まがいの魔法にしか使えませんが、この私にかかれば、ほらこの通り」
クリートが宝玉の付いた先端を地面に向けると、茶色い宝玉が発光し、魔法陣が浮かび上がる。魔法陣からはさらに光が漏れ、その光に当たった地面が徐々に硬質化していく。
「私の『土硬化』の術式を、この魔道具の中に刻み込みました。これがあれば凡夫の魔法兵にも、私の代用程度は出来るでしょう。もちろん柔らかくする魔法も使えますよ」
「それは素晴らしい。しかし作るのがさぞ大変だったでしょう」
クリートが尊大な物言いをするので、私は調子を合わせる。
「凡百な魔導士なら一日仕事でしょう。ですが私にかかれば、この程度の改良は朝飯前です」
「本当ですか? では至急、残り全ての魔道具にも改良を施してもらえますか? 確か土の魔道具は百本持ってきたので、残り九十九本ですね。十日ぐらいでお願いします」
「え? そ、それは……」
仕事を依頼した私に、クリートが顔を歪める。朝飯前だと言ったが、そんなに簡単な作業ではないのだろう。だが逃さない。
「さすがは魔導士クリート。これほどのことを簡単にやってのけるとは、我が国一の魔導士という評判は本当ですね。いや、貴方のような魔導士がいて、私も鼻が高い」
顔を歪めるクリートを無視して、私は手放しで褒め讃える。
「も、もちろんですよ。こ、この程度……わた、私にかかれば……」
クリートは顔を青ざめさせているが、言った手前、出来ないと言えないのだろう。
「で、ではさっそく仕事に、とりかかり、ます……」
クリートは入って来た時とは打って変わって、ふらついた足取りで天幕から出て行った。
ロメリアないしょばなし
十日後、過労死寸前のクリートが発見され
「あの聖女は鬼……」
と言う言葉を残して倒れたという。ただ話を聞いた者は皆一様に、鬼のような聖女とは誰なのか首を傾げたという