第三話 戦いの後の視察
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夕日に赤く染まるガンガルガ要塞に背を向け、私は丘を下った。
丘を降ると戦闘で傷付いた兵士達が横になり、怪我人の周囲では、傷を治す奇跡の力を持つ癒し手達が、懸命に治療を施していた。
私は負傷兵の間を歩いて声をかけていく。負傷した兵士達は私に声をかけられると、うれしそうにする。
私はライオネル王国の国教である救世教会から、聖女の認定を受けており国民や兵士から人気が高い。そのため私が声をかけると兵士達は喜んでくれる。人の心を利用していることに、思うところはあるが、人々が望むことを為すのも偶像の役目だ。
私は感情を殺し、兵士達に声をかけていく。軽傷者が多く重傷者や死亡した者は少ない様子だった。だがこれを喜ぶわけにもいかない。死んだ者にとっては一つしかない命だ。それに重傷者の容態によっては死者が増える可能性もある。正確な人数を把握する必要がある。
兵士達に声をかけ終え陣中を進むと、香ばしい匂いが漂ってきた。匂いを視線でたどると、大鍋の前で兵士が煮炊きをしている。
戦いが終わり、兵士達が食事を開始しているのだ。調理をする兵士の中には見知った顔があった。突き出たお腹にエプロンを巻いているのはロメ隊のベンだ。その隣には禿げ上がった頭に巨漢のブライが左腕に大きな袋を抱えていた。
大鍋の前に立つベンが調理器具で掻き回す。ブライは持ってきた袋を降ろし中身を取り出す。袋には食材が詰まっていたらしく、袋から人参を取り出して皮を剥いていく。
「ベン、ブライ。夕食ですか」
「あっ、これはロメリア様」
私が二人に声をかけると、ベンが私に深々と頭を下げ、ブライも皮を剥きながら会釈する。
「相変わらず、いい腕をしていますね」
私は大鍋の前で息を吸い込み、匂いを楽しむ。
戦場での料理などそう期待出来たものではないのだが、調味料や香草の匂いだけで美味しいことが分かってしまう。
ベンは美食家と言うか食いしん坊で、給料のほとんどを美味しいものを食べるために費やしている。さらに行軍中でも美味しい物が食べたいと、料理を覚えたのだ。
「いい肉を見つけたんです。よければロメリア様の分も、とっておきますよ?」
「本当ですか? ではお願いします」
私は笑顔で頷く。ベンの料理は美味しいと評判で、兵士にも人気がある。今晩の夕食は期待出来そうだった。
「あっ、ロメリア様。お疲れ様です」
声をかけられ振り向くと、明るい顔のゼゼがいた。隣には黒髪のジニも立っている。ロメ隊の二人は手に深皿と匙を持っているので、ベンの料理が出来るのを待っているようだ。
「ゼゼ、ジニ。今日はお疲れ様です」
「いえ、そんな。ロメリ……」
「あの程度の敵! どうってことはありませんよ、見ていてください、明日はもっと……」
「おい! ゼゼ、人が話している時に邪魔をするな!」
「そう言うジニこそ! 邪魔している!」
「大体お前はいつも……まぁいい。それよりもロメリア様もお疲れ様でした。こいつの話は長くなるし内容が無いので無視していいです」
ジニが呆れ顔でゼゼを指差す。
「あっ、ひどい。そんなことありませんよ、ロメリア様。内容ありまくりですよ。明日はもっと、こう。ドーンと戦ってバーンと敵を倒しますから、期待していてください!」
「ね、時間の無駄だったでしょう」
ゼゼの本当に中身のない言葉に、ジニが呆れる。
中身はないが、ゼゼの会話は場を和ませる。戦場で兵士達の表情が明るいということは大変重要なことで、戦況を左右することすらある。
「それでは皆さん、今日はお疲れ様でした。ゆっくり休んでください」
私は笑いながらベンとブライ、ゼゼやジニと別れて陣中を歩く。すると一際巨大な天幕が見えてきた。
ちょっとした家なら丸ごと入るほど大きく、今回の遠征のために特別にあつらえた代物だ。
私達はダイラス荒野には昨日到着したばかりで、陣地構成は始まったばかりだ。だがこの巨大天幕の周囲には、すでに柵が設けられており、兵士達が警備していた。
巨大天幕の入り口を見ると、天幕からは上半身裸の男性達が、石や土を運び出していた。彼らは土木作業のために工兵として連れて来た作業員達だ。
私は天幕の入り口に向けて歩み寄ると、天幕の前では兵士達が出入りする作業員を監視していた。その中に黒い短髪の兵士と、細目がやや垂れた兵士がいた。ロメ隊のグレンとハンスだ。
「グレン、ハンス。仕事の具合はどうですか」
私が仕事の進捗を尋ねると、ハンスが巨大天幕を見ながら答える。
「あっ、ロメリア様。見ての通り、作業場である巨大天幕の設営は完了しました」
「出入りする作業員も全員確認しています。密偵が入り込む余地もありません」
続いてグレンも報告する。
この天幕の中では、私が立てた作戦が進められている。作戦を他国の人間に知られたくないので、わざわざ天幕を作らせて視界を遮り、中で作業させているのだ。
私はグレンとハンスの仕事振りに満足しているが、グレンはやや不満そうな顔をしていた。
「グレン。この仕事は退屈ですか?」
「いえ、ロメリア様。そんなことは」
グレンは否定したが、顔にはつまらないと書いてあった。
「ロメリア様。グレンはアルとレイがいないところで、手柄を立てると意気込んでいて」
「ハンス! 別に不満はないって言っているだろう!」
グレンは威勢がいいだけあって、ロメ隊でも上位の力を持つ。しかしアルやレイには一歩及ばず、悔しい思いをしていた。
今回の遠征にはアル達が参加していないので、ここで差をつけられると考えていたようだ。しかし今日の戦いでは、グレンとハンスが率いる騎兵は予備兵として後方待機だった。そして今は陣地の警備を任せている。確かに手柄を立てる機会が無い。
「自分の役割は理解しているつもりです。ロメリア様」
グレンが頷く。
事前の軍議で、二人には私の戦術を伝えてある。グレンも戦術を理解しているはずだが、戦場を前にして血気に逸るのは兵士のさがだろう。
「グレン。確かに後方の予備兵や陣地の警備では手柄を立てる機会は少ないでしょう。しかし、いつ不測の事態が起きるか分かりません。今回はアルとレイを連れてきませんでした。ですから二人に代わる兵士を、私の手元に残しておきたいのです」
私がグレンを諭すと、彼は顔を引き締めて頷く。しかしよく見ると口の端がわずかに緩み満足そうにしていた。アルとレイの代わりという言葉が、グレンの琴線に触れたのだろう。
「やってくれますか? グレン」
「もちろんです。ロメリア様のご命令とあらば!」
胸を張ってグレンが返事をする。
グレンは威勢がよく、たまに生意気なところがある。だがこういうところは可愛い。
「ではよろしく頼みますよ」
やる気を見せるグレンにその場を任せ、私は巨大天幕の中に入る。
大きな天幕の中では巨大な穴が掘られていた。穴の上には木材で足場が組まれ、井戸の様に滑車が付き、桶を使って大量の土を地中から運び出している。さらに穴の内側は緩い坂が螺旋状に続き、作業員達が大きな石を運び出していた。
作業場を見回す。灰色の髪の男性が図面を片手に指示を出していた。
「ガンゼ親方」
私は灰色の髪を持つ男性に歩み寄った。
ガンゼ親方は港や道路、河川の堤防造りなどを請け負う建設業者だ。今回は私が考えた作戦のために臨時で雇い入れ、工兵として作業員と共に従軍してもらっている。
「おお、嬢ちゃんか。いや、聖女ロメリア様と呼ぶべきかな?」
「よしてください。正直、聖女と呼ばれるのはいまだに慣れないのです」
半笑いのガンゼ親方に私は首を横に振った。
二年前、ザリア将軍が起こした反乱を鎮めるため、私は救世教会に聖女として認定してもらった。正直、聖女と呼ばれることには二年経っても慣れない。
「いつもの呼び方で構いませんよ。私も親方と呼んでいますしね」
「そうか、ならいつも通り嬢ちゃんと呼ばせてもらおう」
私の気安い言葉に、ガンゼ親方が笑う。
ガンゼ親方とは、カシュー地方で港を造ってもらって以来の仲だ。今さら敬語はやりにくい。
「それでガンゼ親方。地質の方はどうですか?」
私は地面に開いた穴を見ながら尋ねた。
ガンガルガ要塞を攻略するため、私は一つの策を携えてここに来た。それがうまくいくかどうかはガンゼ親方の腕と、地質や地形に左右される。
「少し掘ったら粘り気のある粘土層が出てきた。これなら嬢ちゃんの考えた策は可能だと思う」
ガンゼ親方が膝をついて土を握る。その土は確かに粘り気を含んでいた。
これは朗報だった。地形が適さない可能性があったが、一つの問題が解消された。
「作業の方ですが、思ったよりも進んでいますね」
私は掘られた穴を覗き込んだ。穴は大きく、深さも大人数人分はある。
掘り始めたのは昨日からのはず。たった一日でもうこれだけ掘られているとは驚きだった。
「ああ、井戸掘りや堤防作り専門の作業員を見繕ってきたからな。全員仕事は手慣れたものだ」
ガンゼ親方が、土や石を運び出す作業員を見る。私も作業員を見ると、上半身裸の作業員達と目が合った。私が会釈すると、作業員達は顔を赤らめて頭を下げる。
「あと嬢ちゃんが昨日、あんなことを言ったからだ」
「私? 昨日何か言いましたっけ?」
ガンゼ親方に指摘され、私は昨日のことを思い出した。
昨日はこの地に到着したばかりで、私はあちこちを見回った。
「昨日ここを視察した時、作業していた連中を見て『皆さん、逞しいですねぇ』とか言っただろ。あれを馬鹿共が聞いていて、ほれ見てみろ。今も上半身裸で筋肉見せつけているだろ」
ガンゼ親方が蔑みの目で、働く作業員達を見る。
確かに作業員達はほとんどが上半身裸で作業し、時折私の方を見る。てっきり視察の目を気にしているのかと思ったが、どうやら別の目を気にしていたらしい。
「あーもしかして、私やらかしちゃいました?」
「馬鹿共がそれで張り切るなら、こっちとしては構わんがな。ただ、ちと呆れとる」
ガンゼ親方は筋肉を見せつける作業員に対して、呆れた顔を見せた。
確かに私が口を滑らせたせいで、作業員が上半身裸で働いているのだと思うと、やらかしてしまった気がする。とはいえ、それで作業が進むのなら問題はない。
ロメリアないしょばなし
ロメリア「私、やらかしちゃいました?」
アル「何をおっしゃる」
レイ「割といつものこと」




