第五十六話 鮮血
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アンリ王の演説を聞いてから、エリザベートの思考は停止したままだった。
全てが予想外で、どう対処していいのか分からなかった。
さらにアンリ王は、ファーマイン枢機卿長とザリア将軍の謀反の計画を言い当て、エリザベートを始め周囲にいた全員を驚かせた。
何もかもが予想外だったが、アンリ王がザリア将軍に背を向けた時、この人は死ぬつもりなのだと気付いた。
ザリア将軍が腰の刃に手をかける。エリザベートは咄嗟にアンリ王の前に飛び出した。
次の瞬間白刃が閃き、エリザベートの胸が切り裂かれた。
大量の鮮血が舞うように溢れ出し、王妃の衣を赤く染める。
ザリア将軍の突然の凶行に、周囲では悲鳴が沸き起こり、貴族達が一斉に逃げ出す。
エリザベートは痛みと出血に倒れそうになったが、なんとか体を支え、震える指でザリア将軍を指差した。
「誰か……この謀反人を捕らえよ……」
エリザベートはなんとかそれだけを言うと、後ろに倒れた。
倒れたエリザベートの体を受け止めたのは、呆然自失となったアンリ王だった。
アンリ王は目を見開き、声ひとつ上げることが出来なかった。
エリザベートは自分を抱き抱えるアンリ王に、早くお逃げくださいと言おうとしたが、声にならなかった。アンリ王は顔面が蒼白となり、目の焦点が合っていない。何故こうなったのか分からないといった顔をしている。
ザリア将軍が血刀を振るい、仕留め損ねた王を再度狙う。だが槍が横から突き出されて刃を弾いた。親衛隊のセルゲイ副隊長が槍を伸ばし、ザリア将軍の凶刃を阻んだのだ。
ザリア将軍の隣ではファーマイン枢機卿長が、顔色を無くしていた。エリザベートの元に侍女のマリーが駆け付け、傷口にエプロンを押し当てて必死に血を止めようとする。
「ああ、エリザベート! なぜ私などを助けたのだ!」
アンリ王は首を横に振り、喉から声を絞り出す。
「アン、に……げ…」
エリザベートはもう一度逃げてと言おうとしたが、言葉にならなかった。せめて邪魔にはならぬよう体を前に倒し、アンリ王ではなくマリーに体を預ける。だがアンリ王は血に濡れた手をそのままに、動けないでいた。
周囲では逃げる人々を押しのけ、給仕服姿の男達が、短剣を手にこちらへとやって来る。ザリア将軍が潜り込ませていた刺客だ。
セルゲイ副隊長が四人の親衛隊と共に刺客と戦う。だが刺客の数の方が多い。
「アンリ王! 戦われよ! このまま王妃と共に殺されるおつもりか!」
セルゲイの叫びが、忘我の表情を浮かべるアンリ王を現実に引き戻した。
「おのれ! よくもエリザベートを!」
アンリ王が腰の剣を抜き、刺客達と切り結ぶ。魔王を倒したアンリ王の剣技は伊達ではない。一太刀振るうごとに短剣を砕き、刺客の命を刈り取っていく。
アンリ王を手ごわいと見た刺客の一人が、親衛隊の隙間を縫い、エリザベートの下へと向かう。
マリーがエリザベートに覆いかぶさり、斬られるのを防ごうとするが、刺客はマリーを力任せにはぎ取り、短剣をエリザベートに突きつけた。
「動くな! 少しでも動けば王妃を殺す!」
刺客がアンリ王と親衛隊を脅す。
「だ、め。です…たた、か…って……」
エリザベートはなんとか声を絞り出したが、アンリ王は剣を下ろしてしまった。
親衛隊は槍を下げなかったものの、どうしていいのか分からず穂先を彷徨わせる。
「よし、よくやったぞ」
人質をとったことに、ザリア将軍が残忍な笑みを見せる。
「ファーマイン。何をしている。お前も働け!」
ザリア将軍の鋭い瞳が、周囲でおろおろとするファーマイン枢機卿長を睨む。
ファーマイン枢機卿長の視線は、エリザベートとザリア将軍の間を行き来していた。
自信なく視線を彷徨わせるファーマイン枢機卿長の顔は、父親代わりとして長く付き合いのあるエリザベートでも初めて見る顔をしていた。しかし意を決した後、ファーマイン枢機卿長は右手を掲げた。すると右手に黒い光のようなものがあふれ、手を包み込んだ。
「いけ、ま…、に、げ……」
エリザベートは、必死にアンリ王に逃げてと伝えようとした。
ファーマイン枢機卿長が生み出した黒い光は、噂に聞く禁術、即死の術に違いなかった。あれがどれほどの威力を持つかは分からないが、教会がひた隠しにする術が、こけおどしのはずがない。
アンリ王が殺される。そう思った瞬間、ファーマイン枢機卿長の手がエリザベートに短剣を突きつける刺客へと向けられた。
ファーマイン枢機卿長が小さく念じると、黒い光が刺客へと飛び、胸へと吸い込まれる。次の瞬間、刺客が口から血を吐き、その場に倒れ絶命した。
「なっ、ファーマイン! 裏切ったのか!」
「うるさい! ああ、私のエリザや。許しておくれ」
怒声を発するザリア将軍を無視して、ファーマイン枢機卿長がエリザベートの下に駆け寄り癒しの技を発動させた。その顔は涙にぬれている。
「おとうさま……?」
エリザベートは、ファーマイン枢機卿長が涙を流すところを初めて見た。
「ええい、坊主なんぞ、信用するのではなかったわ! こうなれば仕方がない。お前達、命を賭してでもアンリ王を殺せ。王を殺せなければ、我らに明日は無いぞ!」
ザリア将軍が刺客達に命じる。
刺客達は一瞬躊躇したものの、懐に手を入れ紐のようなものを引いたあと、アンリ王に向かって走る。
「させん!」
セルゲイが槍を突き出し、突撃してきた刺客の体を突く。槍が刺客の胸に命中し、肉を切り裂き、骨を貫く。だが次の瞬間、刺客の体が爆発した。
至近距離で爆風を受けたセルゲイが、吹き飛ばされて倒れる。
「自爆か! おのれ、部下を駒のように」
アンリ王が怒りの目でザリア将軍を睨む。
「うるさい。督戦隊を使い、我が兵を殺したお前に言われたくはないわ! 行け!」
ザリア将軍が非情な命令を下す。刺客達が懐に手を入れて紐を引き、一斉に襲い来る。
親衛隊の兵士達は自らが盾となり、相打ち覚悟で刺客を倒し自爆に巻き込まれていく。だが親衛隊より刺客の数の方が多い。全ての親衛隊が倒され、刺客がアンリ王を襲う。
「妻をやらせるか!」
アンリ王が左手を掲げると、手の前に小さな魔法陣が生まれた。手からエカテリーナ仕込みの電撃魔法が迸り刺客を貫く。死んだ刺客の体が爆発し、爆風がアンリ王や治療をしてくれているファーマイン枢機卿長、そしてマリーを吹き飛ばす。エリザベートも爆風に身をよじり苦しみの声を上げる。
「エリザベート、無事か!」
アンリ王がいち早く起き上がり、エリザベートを抱き起こす。
親衛隊は全て倒れ、ファーマイン枢機卿長とマリーも意識を失っている。
「だめです、逃げてください。私はもう助かりません」
ファーマイン枢機卿長の治療により、エリザベートは話せる程度には回復したが、傷は内臓にまで達している。最高の癒し手を集めても、自分はもう助からない。だがアンリ王はエリザベートの話を聞かず抱きかかえる。
「ここはまずい」
アンリ王がエリザベートを抱えながら、謁見の間へと移動する。
謁見の間では、家臣や貴族達が逃げまどい、混乱の渦となっていた。
アンリ王は部屋から抜け出すため、扉を目指そうとした。しかし外へつながる扉からは、武装したザリア将軍派の兵士達が、逃げまどう貴族達を押し退けやってくる。アンリ王は仕方なく玉座へと逃げた。
「アンリ王、その首もらい受ける!」
ザリア将軍が叫び、死を覚悟した五人の刺客がエリザベートとアンリ王を取り囲む。
「妻を殺させはせぬ、殺させはせぬぞ!」
アンリ王が再度左手に魔法陣を生み出し、左手を大きく払う。手からは猛火が噴き出し、迫りくる五人の刺客を同時に焼き払った。
放たれた火は消えず、炎の壁となって残りの刺客達を遮る。だが炎に包まれた刺客の体が爆ぜ、五つの爆発が同時に起きて城が揺れる。一部の床が耐えきれず階下へと崩落した。
「ええい、弓だ、弓を持て。王妃を狙え。王は避けられぬ」
ザリア将軍の下に、新たにやって来た兵士達が弓を構えてエリザベートを狙う。
「陛下、いけません。逃げて」
エリザベートはアンリ王に訴えたが、アンリ王は逃げない。エリザベートを玉座に預け、その体を抱きしめ、身を挺して守る。
「今だ! 放て!」
ザリア将軍の命令に何本もの矢が放たれ、アンリ王の背に突き刺さる。
「陛下!」
エリザベートの悲鳴が響く中、とどめの矢がつがえられた。
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第三部が終われば、感想の返信を一気に書き込むつもりです。
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