第五十一話 セメド荒野の決着
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ガリオスの一声で勢いを取り戻した魔王軍を見て、私は歯噛みした。
「ロメリア様、お引きを」
シュローが退避を促す。
私には理解出来なかった。武器と両腕を失い、それでもなお戦おうとするガリオスも、勝機すらなくなったというのに、戦意を失わない魔王軍も、全てが理解不能の怪物だった。
両腕を失ったガリオスは、目を赤く染め、前傾姿勢となり太古の竜の如く猛り狂う。
ガリオスは、エリザベートの守護の壁を食い破り、エカテリーナの電撃を受けても怯まない。オットーとカイルが体当たりを受けて倒れ、呂姫が吹き飛ばされる。人形のように宙を飛ぶ呂姫にエカテリーナも巻き込まれ倒れる。
「化け物め!」
私は吐き捨てることしか出来なかった。
戦場でも魔王軍の勢いが増し、必死で戦う親衛隊やカシュー守備隊を呑み込もうとしていた。戦術も何も無い、ただ勢いのみの突撃。手負いなのに、生き残る見込みなどないというのに、なぜそこまで抵抗するのか。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
ガリオスが竜の如く吠え、赤くなった双眸がエリザベートを捉える。
「エリザベート! 危ない!」
私は馬を走らせ、エリザベートを救おうと飛び出す。剣を構えるアルがガリオスに斬り掛かり、シュロー、メリル、レットの三人も行く手を阻もうと遮る。
ガリオスの体に四本の剣が突き立てられるも、ガリオスの突進は止められない。ロメ隊四人を吹き飛ばし、ガリオスは私とエリザベートに迫る。
馬がガリオスに驚き、嘶いて立ち上がる。私は馬にしがみ付いていられず、落馬してしまう。
落馬した私とエリザベートの眼前に、竜の如きガリオスの顔が迫る。
その時、ガリオスの顔に光球が突き刺さり、小さな爆発が起きた。
顔で爆発が起きたというのに、痛痒にも感じぬとガリオスはひるみもしない。だが破壊の光球は次々とガリオスに飛来し突き刺さる。
ガリオスに向かって爆裂の魔法を放ったのは、エカテリーナではなかった。彼女はまだ起き上がろうとしているところだった。
ガリオスが竜の顔で魔法の飛来した方向を見る。
そこは森の切れ端だった。森の手前には魔道具である杖を構えた数人の魔法兵がいた。
なぜあんなところに魔法兵がいるのか、私には分からなかった。カシュー守備隊に魔法兵はいないし、親衛隊も全ての戦力を戦いに注ぎ込んでいるはずだった。
突如現れた魔法兵に、ガリオスが竜の咆哮で彼らを威嚇する。
魔法兵は身を竦ませるが、その背後の森から、幾人もの兵士が槍を構えて飛び出してくる。中には真紅の布に黄金の獅子の紋章が描かれた旗を持っている者もいた。
「親衛隊か!」
私は喜びの声を上げた。森で魔王軍と戦っていた親衛隊が、ようやく到着してくれたのだ。
戦場に現れた親衛隊の数は約三千人。その中には魔法兵や弓兵も多くいる。
彼らは盛り返す魔王軍に向かって突撃し、押し返し殲滅していく。
「GYAAAAAAAAAAAA!」
多くの魔族が討ち取られていく中、未だ抵抗をやめないのがガリオスであった。
命尽きるまで戦うと、猛り狂っている。
遠間から魔法兵が爆裂の魔法を放つも、ガリオスの動きは止められない。
だがガリオスも不死身ではないはずだ。あと一押しで倒せる。
私は周囲を見回した。
すでにオットーは倒れ、カイルも気を失っている。呂姫も倒れたまま動けないでいた。アルは満身創痍、エカテリーナもふらついている。シュロー、メリル、レットがなんとか対抗しているが、今日まで戦線離脱していた彼らに、ガリオスは荷が重すぎる。
「エリザベート! エカテリーナと呂姫の治療を!」
私は対抗出来そうな二人の治療を頼む。
エリザベートが二人の下に向かうが、私の前を守っていたシュロー達が吹き飛ばされる。見ればガリオスが私の前に迫っていた。竜の巨大な口が、私の視界を覆いつくす。
だがその時、大きな影がガリオスと私を覆う。見上げると翼竜の一頭が私達目掛けて急降下をしていた。その背には蒼い鎧を着たレイがしがみ付いている。
「ロメリア様!」
レイが叫びながら翼竜の背を蹴って飛び降り、ガリオスの背に槍を突き立てる。
ガリオスが獣の悲鳴を上げて暴れ回り、背中のレイを振り落とす。ガリオスの背から飛び降りたレイは、剣を抜き構える。
「アル、行けるか!」
レイは左にいる相棒の名を呼ぶ。
「行けるに決まってるだろうが!」
アルも負けじ剣を構える。
「「うぉおおおおおおおおぉぉぉぉ!」」
アルとレイが雄叫びを上げて剣を振りかぶり、ガリオスに渾身の一太刀を繰り出す。
アルが右肩から左脇に、レイが左肩から右脇に切り裂く。
胴鎧ごと胸を交差する形で切り裂かれ、暴れ回っていたガリオスがその動きを止めた。
喉を見せ、真上を見上げ、そしてゆっくりと後ろへと倒れていく。
どぉんと大地を揺るがせ、ついにガリオスが倒れた。
勝った? その場にいた誰もが、その言葉を紡げないでいた。呟いた瞬間にガリオスが起き上がり、また暴れだすのではないかと思うほど、ガリオスは不死身の化け物だった。
だがどれほど経っても、ガリオスは起き上がる気配を見せない。
勝った。
そう思いかけた時、巨大な影が再度私の頭上にかかる。見上げれば一際巨大な翼竜が、急降下してきていた。その背には白い服を身に着けた、小柄な魔族と騎手が見える。
小柄な魔族は杖を振りかざし、地に伏すガリオスを指し示していた。
墜落するかのように翼竜が急降下したかと思うと、その鉤爪でガリオスを鷲掴みにする。
ガリオスを掴んだ翼竜は急上昇し、この場から離脱しようとする。
「逃すかぁぁぁぁぁ〜!」
叫んだのはエカテリーナだった。怒りの形相で愛用の杖を振りかざすと、膨大な魔力と共に杖に金色の魔法陣が描かれる。
杖の先端からは特大の稲妻が迸り、ガリオスを掴んで逃げようとする翼竜に直撃した。
電撃に打ち据えられた翼竜は姿勢を崩し、山の谷間へと落下していった。
「勝った……わね」
声の呟きに目を向けると、いつの間にか呂姫が側にいた。
言われてようやく実感が湧いてきた。戦場を見れば、森から出て来た親衛隊三千人は魔王軍を討ち倒し、ほぼ殲滅していた。
ガリオスの号令のせいで、逃げる魔族がいなかったためだ。つまり勝った、勝ったのだ。
緊張していた私はようやく安堵の息を吐き、改めて呂姫とエカテリーナ、そしてエリザベートを見た。四人の視線が絡み合い、互いに戸惑いの瞳を見せる。
なんというか、どんな顔をしていいか分からなかった。
互いに含むところがある間柄だ。しかしガリオスと戦う間は協力し合っていたのだから、過去のことは全て水に流し、普通に振る舞うべきだろう。
私はそう考え、喉を一つ鳴らして呂姫とエカテリーナを見た。
「やぁ、二人共。お疲れ、大変だったね」
私は努めて普通に振る舞い、明るく声を掛けた。しかしそんな私を見て、二人、いや、エリザベートを入れた三人は顔をしかめて見合わせる。
「全く、この子は……」
「変わらないわよねぇ」
「そーいうところよ」
呂姫、エカテリーナ、エリザベートの三人からため息とダメ出しが漏れる。
「あのね、貴方は私達に仲間外れにされたのよ。怒りなさいよ、恨みなさいよ、文句の一つぐらい言いなさいよ!」
「叩かれる覚悟ぐらいはしてたんだけどねぇ〜」
「まぁ、叩いたら逆に叩き返すんだけど」
呂姫、エカテリーナ、エリザベートの三人の言いようは私には理不尽だった。
「でも、喧嘩しても意味ないし、恨み言を言っても、何も解決しないし」
私としては、復讐には興味がなかった。
「だから、喧嘩した上で仲直りを……ってもういい!」
「何事もなかったように話されるとね〜」
「そーいうところよ」
私が一言なにかを言うと、三人から集中砲火を受ける。非常に納得がいかない。
「まぁ、いいわ。昔のこと引きずってもいいことないし。久しぶりね、ロメリア」
「お久しぶり〜。ちょっと痩せた?」
呂姫とエカテリーナが、呆れながらも笑い返してくれる。エリザベートも苦笑いから本当の笑顔に変わっていった。
なんだか納得がいかないところもあるが、仲直り出来たらしい。なら、私も空気を読んで笑うべきだろう。
「うん。久しぶりだね」
私は三人に笑顔を向けた。
こうしてまた四人が揃う日が来るとは、夢にも思わなかった。
ガリオス率いる魔王軍が、セメド荒野で討ち取られていくところを、アンリは山の上から見下ろしていた。
アンリは南方のフラム地方を荒らしていた魔王軍の討伐に向かったが、突如魔王軍が姿を消し、同時に北東のグラハム伯爵領へと飛ぶ翼竜の姿が目撃された。
アンリの決断は素早く、すぐさま翼竜の後を追った。
しかし強行軍の甲斐なく、到着した時には戦はすでに終わりを迎えていた。
エリザベートに与えた親衛隊五千人と、ロメリア騎士団が結託し、ガリオス率いる魔王軍を掃討していた。
そして戦場では、ガリオスを討ち取ったエリザベートを始め、エカテリーナに呂姫、そしてロメリアが揃い、笑い合っていた。
かつての仲間達が手を取り合う光景を、アンリは一人遠くから眺め、踵を返した。
「帰るぞ」
アンリは命じた後、エリザベート達とは合流せずに王都へと帰還した。
その横顔は、怒りに満ちていた。
元旦も更新します
皆様良いお年を