第四十五話 ロメリアの策
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爆裂魔石が左手で炸裂し、バーンズはその場に倒れた。
不思議なことに左手に痛みはなかった。だが爆音が耳を貫き、バーンズの意識を突き破る。
「……長! …ンズ! バーンズ!」
意識が朦朧とする中、誰かが自分の名を呼んでいることにバーンズは気付いた。
バーンズは状況を思い出し、すぐさま起き上がりロメリアを見た。
「ロメリア! 無事か!」
バーンズは跳ね起き、ロメリアの安否を確認する。
ロメリアはへたりこみ、旗にしがみついていた。見た限り怪我はない。しかしその顔は震えていた。
「バー、バーンズ。腕が……」
ロメリアの視線につられて、バーンズは自分の腕を見た。そこに左手がなかった。左腕が根元から吹き飛び、断面は焼け焦げ、赤黒く変色している。
自分の腕がなくなっていることにバーンズも驚いたが、一方でこの程度かと安堵した。不思議なことに痛みは無いし、意識もはっきりしている。ならばやることは一つだ。
「ロメリア! ロメリア伯爵令嬢! 立て、敵が来るぞ!」
バーンズは自分の左腕に構わず、防衛線を右手で指し示した。
爆撃のために後退していた魔王軍は、前進を開始していた。空を仰ぎ見れば翼竜が降下してくる気配はない。敵の爆裂魔石が尽きたのだ。もう爆撃を恐れる必要はない。
「え? ええ!」
ロメリアは、指揮を執るバーンズに驚きつつも立ち上がった。
「ロメリア! お前はそこで旗を持っていろ! お前達! しっかりとロメリアを守れ!」
バーンズはシュロー達にロメリアを任せ、自身は未だ地に伏す兵士達を叱咤する。
「立て、お前ら! 敵が来るぞ! 盾を並べろ、槍を構えろ! 陣形を組め! 親衛隊の旗を守るんだ。安心しろ! 旗はロメリア伯爵令嬢が支えてくれている!」
バーンズが兵士達に命令すると、兵士は腕がない自分の姿を見てギョッとするが、それでも命令を聞き、立ち上がり武器を取る。
魔王軍が津波のように押し寄せる。兵士達は誰も彼もが傷付いていたが、魔王軍相手に必死に防戦を繰り広げた。だが爆撃による傷は大きく、防衛線は突き破られる寸前だった。
バーンズも剣を振るい、目の前の魔族と戦おうとした。だが剣を落としてしまった。口から血を吐く。腹を見れば爆裂魔石の破片が鎧を貫き、腹部から血がこぼれていた。
目の前にまで迫った魔族が、剣を落としたバーンズに刃を向ける。
「バーンズ!」
魔族の刃がバーンズに迫った時、セルゲイが叫びながら騎兵と共に飛び込んでくる。
セルゲイの槍が次々に迫り来る魔族を屠る。
「あとは任せろ、この戦場は私が受け持つ。お前達、魔王軍を一歩も近づけさせるな!」
セルゲイが気炎を上げる。親衛隊の騎兵達も、傷付いた仲間を助けるべく、獅子奮迅の働きを見せる。
セルゲイ達の決死の気迫に、魔王軍が徐々に押し返され始めた。しかしそのセルゲイ達を、巨大な振動が襲う。振動は、遥か前方から放たれていた。
バーンズは振動の発生源を見て唸った。
「くそ、ここで巨人兵を投入してくるのか」
魔王軍の予備兵力である巨人兵百体が、前進を開始したのだ。
この状況で、新たな戦力が投入されれば負ける。
バーンズはつい足元がふらつき、後ろへと下がってしまった。だがその背中を、柔らかな手が支える。
右を見ると、右手で旗を支えるロメリアがバーンズの背に左手を回していた。
その顔には恐怖も驚きもなく、真っ直ぐな瞳で進軍して来る巨人兵を見る。
ロメリアの視線が左翼へ移る。左翼ではロメリア騎士団が魔王軍に押されていた。だが自分の兵士達が劣勢だというのに、ロメリアの目に焦りはない。その視線は左翼のさらに奥に注がれていた。
バーンズがかすれる目を凝らすと、左翼のさらに奥に、疾走する騎兵がいることに気付いた。
その数は二百人。蒼い鎧を着た兵士を先頭に、戦場を大回りして魔王軍の背後を取ろうとしている。
迂回挟撃!
ロメリアはこれまで自分の兵力を温存し、魔王軍が予備兵力を投入する時期を見計らい、背後を取り挟撃するつもりだったのだ。
「ここまで、読んでいたのか」
バーンズは驚嘆の声を発し、側に立つロメリアを見る。
ロメリアは問いには答えず、全てを賭けた自分の策を見つめていた。
風の如き速度で進軍するロメリア騎士団の別働隊が、巨人兵の背後を取る。しかしその時、こちらへと進軍していた巨人兵が、突如方向を転換し、背後へと向きを変えて陣形を組み直した。
「まずいぞ、ロメリア」
敵の方向転換を見て、バーンズの視界は暗くなった。それは出血のせいだけではない。
最悪の状況だった。
魔王軍の迅速な方向転換は、明らかに迂回挟撃を読んでいた動きだった。
このままでは攻撃は失敗に終わる。
だがロメリアは自分の策が読まれていたというのに、今日一番の笑みを見せる。
「勝った」
ロメリアの声をバーンズは確かに聞き、その結末を目撃した。