第四十四話 ロメリアの矛盾
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「バーンズ副隊長。旗が!」
ロメリアが後ろで叫ぶ。振り返ると、戦場に立つ親衛隊の旗が傾いていた。
至近距離で爆裂魔石が炸裂したのか、旗を支えていた兵士二人のうち、一人は頭を失い倒れている。残り一人がなんとか旗を持っているが、負傷したのか今にも倒れそうだ。
あの旗を倒してはいけない!
気が付けばバーンズは走りだしていた。見ればロメリアも旗を支えようと駆けだしている。
傷を負った兵士一人では支えられないのか、旗が傾く。
「頑張れ、旗を倒すな!」
バーンズは旗を支える兵士を叱咤した。だが兵士の体はゆっくりと傾く。ロメリアが手を伸ばすと、兵士の体がさらに傾き、その顔がバーンズとロメリアに向けられる。
旗を支える兵士の顔を見て、バーンズは言葉を失った。
これまで隠れて見えなかったが、兵士の顔の左半分は無くなっていた。顔の半分が吹き飛び眼球がこぼれ、頭蓋骨からは脳漿がこぼれ出ている。
残された右目からは大量の涙をこぼし、口が僅かに開き、小さく言葉を漏らす。
「か、あ…さん……」
母親を呼びながら兵士が倒れる。
ロメリアの伸ばされた手が一瞬迷い、彼女の呟きがバーンズに届く。
「すまない」
ロメリアの手は、母の名を呼ぶ兵士ではなく、倒れかけていた旗を掴んだ。
受け止めてもらえなかった兵士は、泣き顔を見せながら戦場に倒れていく。
兵士ではなく旗をとったロメリアが、倒れかけた旗を支えようとしたが、支えきれずに傾く。その旗をバーンズが受け止めた。
バーンズがロメリアを見ると、伯爵令嬢は自分が犯した罪に顔を青ざめさせていた。
「勇敢な……兵士だったな」
バーンズは倒れた旗持ちを讃えた。
兵士の顔は涙でくしゃくしゃになり、股間も失禁で濡れていたが、それでも勇敢だった。
「ええ、とても」
ロメリアもバーンズの言葉に同意した。
旗持ちはそうだ。皆が勇敢な兵士だ。彼らは戦うことはしない。だが逃げることも隠れることも、また出来ない。バーンズ達は爆撃の時には、身を伏せて隠れることが出来た。だが彼らはそれが出来なかった。いや、しなかった。旗を捨てて身を伏せず、自分の命よりも旗を保持することを選んだのだ。
泣くほど、漏らすほどの恐怖が身を襲ったのに、彼らは自らの心に打ち勝ったのだ。
「ロメリア様、第三波が来ます!」
シュロー達がロメリアの下に戻り、空を指差す。上空からはまたしても翼竜が降下して来る。
「来るぞ! 備えろ!」
バーンズは声の限りに叱咤する。
ロメリアが旗を支えながら頭を下げる。バーンズも右手で旗を保持しながら、左手で盾を掲げロメリアの頭を抱え込むように覆いかぶさる。さらに周囲をシュロー達が盾で守る。
大量の爆裂魔石が降り注ぐ。バーンズ達の体は何度も衝撃で揺さぶられ、叩きのめされる。
二回目と比べて衝撃が近い。目障りな旗を叩き折ろうと、集中的に狙われている。
至近距離で爆音が鳴り響き、シュロー達が衝撃で吹き飛ばされる。バーンズも盾を吹き飛ばされ、旗を掴んでいた右手で、なんとか倒れるのを防ぐ。
倒れるわけにはいかなかった。決してロメリアを死なせるわけにはいかなかった。
空からの爆撃。このような戦術は古今例がない。誰も予想できなかった。だがただ一人、ロメリアだけはいち早くこの可能性に気付いていた。しかしならばなぜこの女は、ここにいるのかという疑問が出て来る。
ロメリアはセルゲイと共に、旗の下から離れていた。爆撃が来ると分かっていたのなら、戻る必要はない。戻らなければ、爆撃の脅威にさらされることはなかったのだ。
わかっていながら、ロメリアは戻って来た。それは全く冒す必要のない危険だ。爆撃への注意を促すだけなら、兵士一人を派遣すればいいだけのこと。効率を考えれば、戻る選択肢はない。しかしロメリアは戻って来た。まるでそうすることが自分の使命であるかのように。
バーンズは爆撃の衝撃に耐えながら周囲を見た。爆発にメリルが吹き飛ばされたが、すぐに起き上がりロメリアを守ろうとする。
ロメリアが冒さなくてもいい危険を冒したことは、こいつらも気づいているはずだ。だがそれでも忠誠は揺るがず、ロメリアを守ろうとしている。
バーンズにはメリル達の、ロメリア二十騎士の気持ちが分かった。
ロメリアは矛盾の塊だ。慈愛と非情が混沌としている。人々の死に涙する一方で、兵士達を死地に追いやる。この矛盾には大いなる悲しみが伴う。ロメリアはその小さな体で、どれほどの悲しみを背負っているのか。
ロメリア二十騎士達は、ロメリアに心酔する兵士達は、彼女の矛盾と悲しみを知り、その悲しみを少しでも癒し、分かち合うために命を投げ出しているのだ。
ただロメリアの悲しみを減らすためだけに命を懸ける。それはもはや狂気の沙汰だ。だが今やバーンズもその一人。ロメリアを死なせるわけにはいかなかった。ロメリアの矛盾には、命を懸けるに値する価値があった。
バーンズは爆風を受けて倒れそうになったが、足に力を入れて踏みとどまる。爆撃の音は収まりつつあった。
「終わったか!」
バーンズは顔を上げて上空を見る、ロメリアも戦況を確認しようと頭を上げた。
その時だった。
急降下してきた翼竜達。その殆どは爆撃を終えて上昇していた。しかし一頭だけが、遅れに遅れて今頃降下を開始し、爆裂魔石を投下する。
空中に漂う小さな石。バーンズにはなぜかその石がはっきりと見えた。
黒い石は風にさらわれながら、バーンズ達の下にやって来る。そして石は吸い込まれるように、親衛隊の巨大な旗に包まれた。旗に勢いを殺された石は、布地を滑り真下に落ちて来る。
目の前に落ちてきた爆発物に、バーンズは戦慄しながらも左手を伸ばした。
奇跡が起こり、落ちてきた爆裂魔石は自ら進んでバーンズの左手に入った。
爆発する!
バーンズは石が爆発すると直感し、爆裂魔石を掴んだ左手を、とにかく自分とロメリアから遠ざけ、右手は頭を上げていたロメリアを押さえ付けた。
直後、バーンズの左手から閃光が放たれ、爆裂した。




