第四十一話 問われる将器
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「ええい! お前ら聞いたか! 後ろの嬢ちゃんは逃げないとよ。いいか! 女より先に逃げるなよ!」
バーンズ副隊長が、怒りとも笑いともつかない声を上げる。私は杖とした剣の柄を握り締め、ただ前を見た。
五十体からなる魔王軍の部隊は、私の後ろに立つ旗目掛けて迫ってくる。シュローにメリル、レットは距離があって戻る時間がない。周囲にロメ隊はおろか、カシュー守備隊すらいない状況はこの三年で初めてだった。私の生存は、名前も知らない男達の手にかかっていた。
……これは久々に試されるな。
私は緊張に乾いた唇を舐めた。
戦場にいると、時々こういった場面に出くわす。戦術も作戦も意味をなさず、ただ運と兵士達の奮戦に身を任せるしかない時がやってくるのだ。
ここで重要なのは兵士達の強さではない。試されているのは、自分の将としての器だった。
私がもしここより一歩でも下がれば、確実に防衛線は崩壊するだろう。だが一歩も引かず、不屈の覚悟を見せれば、ほんの僅かだが生存の可能性が生まれる。
私は手に力を込め、剣をより深く突き刺した。
「来るぞぉ!」
バーンズ副隊長が盾を構え、敵の接近を告げる。魔王軍は一塊となり突撃して来る。戦場に生まれたこの防衛線を一撃で粉砕し、旗を叩き折るつもりだ。
指揮官であるバーンズ副隊長の声に、親衛隊の兵士達も盾を連ねて身構える。そこに五十体の魔王軍が殺到し激突した。
一撃で粉砕されてもおかしくない魔王軍の突撃に、親衛隊の兵士達は一致団結し、力強く受け止めた。
だが圧倒的戦力の前に、ジリジリと戦線が後退する。魔王軍は戦場に立つ旗さえ倒せば自分達の勝ちだと分かっている。体当たりのような攻撃を何度も仕掛けて来る。
「ロメリア、逃げろ。支えきれん!」
自ら先頭に立ち、盾で魔王軍を押し返しているバーンズ副隊長が叫ぶ。事実、防衛線は押しに押され、旗の前に立つ私に迫って来る。
だがあと少し、あと少し耐えてもらわなければいけない。
「バーンズ副隊長。あと二十数える間だけ防いでください!」
「ああ? なんだとぉ!」
「いいですか、二十です。私が二十数える間だけなんとか持ち堪えてください。そうすればなんとかなります。二十! 十九! 十八!」
「ええい、なんだというのだ! お前ら、押し返せぇ!」
バーンズ副隊長は私の指示に困惑しながらも、兵士達を叱咤する。
だが私が数字を一つ数える間にも防衛線はどんどん後退し、十を切った頃には目の前にまで迫っていた。
魔王軍の兵士達が私と、その背後にある旗を押しつぶそうと殺到する。
一体の魔族が防衛線の隙間から、私を突き殺そうと槍を放つ。
血に塗れた槍の穂先が私の眼前に迫る。私は大地に突き刺した剣を握りしめて目を見開き、自分に向かって放たれた槍を凝視する。
点となった槍の穂先が私の前髪に触れ、額の直前で急停止した。
槍の柄を掴んで止めたのは、防衛線を支えるバーンズ副隊長だった。そして剣を振り下ろし、槍を放った魔族の頭を叩き割る。
バーンズ副隊長の働きは、まさに親衛隊の面目躍如と言わんばかりの奮戦だった。しかし私が三を数えた時、二体の魔族がバーンズ副隊長に襲い掛かり、二を数えた時に、三体目の魔族が押し倒すように加わった。
バーンズ副隊長は剣で攻撃を受け、倒されまいと体を支えたが、次の瞬間、四体目の魔族にのしかかられ、あえなく倒れる。
「ロメリアァ!」
四体の敵兵に押し倒され、バーンズ副隊長が叫ぶ。倒れた副隊長を足蹴にして、ついに一体の魔族が防衛線を越えて私の前に立つ。
血塗られた刃が私の前に掲げられた。
防衛線を乗り越えた魔王軍の兵士は、激戦を潜り抜けたため兜を失い、顔や腕などから血を流していた。しかしその手には血に濡れた剣を持ち、私を殺すには十分な力を持っていた。だが私は大地に突き刺した剣を手放さず、一歩も引かない。
引く必要がなかったからだ。口からはただ安堵の息が漏れる。
間に合った。
私を殺そうとする魔族の右の耳から左の頰にかけて、巨大な鉄の刃が突き刺さる。さらに強烈な力により、頭と顎の肉が千切れ飛んだ。
私を救い、魔王軍の兵士の頭を貫いたのは、巨大な槍だった。
左から全身鎧に身を包み馬に乗った騎兵が現れ、槍を繰り出したのだ。
その騎兵の背後から、さらに三十騎程の騎兵が現れ、槍でもって、魔王軍の部隊に横撃を仕掛ける。不意打ちの一撃に、魔王軍はなす術もなく倒される。
親衛隊の騎兵部隊が、旗を見てこちらに向かっていることは分かっていた。ギリギリのところで間に合った。
「バーンズ、無事か!」
私を助けてくれた騎兵が槍を振るい、バーンズ副隊長にのしかかる魔族を排除する。
「セルゲイか!」
バーンズは起き上がりながら、助けてくれた騎兵の名前を呼ぶ。どうやら知り合いらしい。
「騎士セルゲイとお見受けします。助かりました」
私は大地に突き刺した剣を抜き、セルゲイへと進み礼を言う。
「いかにも私はコスター千人隊、副隊長のセルゲイ。そういう貴方はロメリア伯爵令嬢か! 掲げられた旗を見てここに来たが、これはどういうことか?」
セルゲイ副隊長は状況の説明を求めた。
「ギュネス将軍は戦死されました。最後の命令は王国の旗を掲げよ、です。そのためここに旗を立て防衛線を再構築しています」
私は振り返り、今も翻る真紅の旗を見る。
「バーンズ副隊長。潮目が変わりました。防衛線を前進させてください」
「前進だと! この戦力でか?」
私の命令に、バーンズ副隊長が驚きながら周りを見る。
旗の周りには、騎兵が三十人に歩兵が八十人程。あまりにも少ない。
「今が好機です。我々も少ないですが、敵も数を減らしている」
正面に配置された魔王軍は通常の兵士が四百体。ガリオス麾下の巨人兵が三百体だ。
ただし巨人兵のうち百体は、後方で予備兵力として待機している。ガリオスと共に進撃してきた百体はグレンとハンスが押しとどめている。
残り百体は戦場全体に薄く広がったため、中央にいるのは四十体程。合計で四百四十体。しかし防衛線を再構築する段階で百体近い魔王軍を倒している。
もちろん親衛隊の被害はそれ以上だが、防衛線を押し上げれば、兵士の集結につながる。
「分かった。お前達! 前進の準備だ、戦列を整えろ! 急げ!」
バーンズ副隊長が号令をかける。
「おい、バーンズ。女の命令に従うのか」
セルゲイ副隊長がバーンズ副隊長に文句を言う。
「この状況では仕方ない。百人以上の兵士を率いたことがない俺達に、全体の運用など出来ん」
「ええい、仕方ない! それで、私は何をすればいい?」
バーンズ副隊長の言葉に、セルゲイ副隊長が唸る。
「セルゲイ副隊長には巨人兵を討っていただきます」
私は戦場を見ながら、セルゲイ副隊長に話した。
戦場では敵味方が入り乱れているが、その中で頭抜けた体格を持つ魔族の猛威が激しい。魔族の中でも破格の巨体を持つ者達で構成された、ガリオスの手足ともいえる巨人兵だ。
ガリオスに陣形を崩された親衛隊は、巨人兵相手に苦戦を強いられている。だがこちらに陣形が無いように、魔王軍にも陣形が無い。単体でも強いため、巨人兵達はバラバラに目の前の敵と戦っている。戦闘狂ゆえの油断と慢心である。
「私達が戦力を集結させれば、巨人兵も連携するでしょう。そうなる前に、各個撃破しに行きます」
「なるほど、バーンズ達が盾、我々が槍だな」
私の説明にセルゲイ副隊長が頷く。
「ああ、シュロー、メリル、レット。戻りましたね、貴方達も私と共に騎兵に入りなさい」
「ま、待て。貴方も来るつもりか!」
私はシュローが調達してきた馬に跨がりながら命じると、セルゲイ副隊長が驚く。
「ええ、ご安心ください。馬は得意ですから。さぁ、行きますよ」
私はセルゲイ副隊長の返事を待たずに、馬の腹を蹴る。
「ええい、仕方がない。お前達、付いてこい」
セルゲイ副隊長が騎兵三十人を引き連れて、私の後に続いてくる。
「おい、お前らの指揮官ちょっとおかしいぞ」
セルゲイ副隊長がシュローに向かってぼやく。
「いつものことです、諦めてください」
「いつもこうなのか? お前ら大変だな」
「はい、退屈する暇もありません」
シュローとセルゲイの会話を聞き、私としては納得がいかなかった。だが文句を言っている時間がなかった。これから戦場を突っ切り、味方を集めながら巨人兵を討伐しなければいけない。
おそらくそれは成功するだろう。しかし……。
私は空を見上げた。
敵にはまだ奥の手がある。そしてそれを防ぐ手立てが私には無い。全ては運に身を委ねるしかなかった。
ここからはさらに戦いが激しくなる。
私はすぐ目の前に迫った激戦に、気を引き締めた。
ロメリアないしょばなし
ロメリア「バーンズ副隊長! 二十数える間に一発ギャグをお願いします!」
バーンズ「なんだとぉ!」
ロメリア「バーンズ副隊長! ブリーチの物まねしてください1」
バーンズ「なん……だと……」
セルゲイ「おい、お前らの指揮官ちょっとおかしいぞ、まぁ、うちのもだけど」
シュロー「最近こっちじゃギャグが板についてるんですよ」
セルゲイ「マジか、お前ら大変だな」
シュロー「こっちじゃあんまりお呼びがかからないんで、割と暇です」