第三十九話 か細い勝機
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「ロメリア様、こちらへ!」
シュローが私を先導し、敵のいない安全な場所を指し示した。
私は敵将ガリオスをアルやエリザベート達に任せ、メリルとレットに負傷したギュネス将軍を担いでもらい、敵のいない後方に移動させる。
「ギュネス将軍、大丈夫ですか!」
私は横にしたギュネス将軍の体を改めて確かめた。将軍は体中が傷だらけで、特に足がひどく、殆ど潰れてしまっている。
「あっ、は、…た……」
「将軍、気を強く持ってください。指揮を、兵士達が貴方の命令を待っているのです」
意識が朦朧とし、言葉を紡げないでいるギュネス将軍に私は声を掛け続ける。
正直、ギュネス将軍はいつ死んでもおかしくないほどの重傷だ。それでも指揮をしろというのだから、私は相当ひどいことを言っているだろう。だがこの戦場を支えることが出来るのはギュネス将軍しかいない。何がなんでも彼に立ってもらわねばならなかった。
「シュロー。誰でも構いません、癒し手を連れてきてください」
私はシュローに命じた。
中央の本陣には、癒し手達が二十人はいたはずだが、ガリオスに吹き飛ばされ、散り散りになってしまっている。何人かは死んでしまったかもしれないが、生きている人もいるはずだ。
「ま、待て。治療は…いい……それよりも指揮を……お前が、指揮するのだ……」
ギュネス将軍は、息も絶え絶えに私に命じた。
「ですが、私では親衛隊を指揮出来ません」
私は首を横に振った。ロメリア同盟の兵士ならともかく、王家に忠誠を誓う親衛隊は私の命令など聞いてくれない。よけい現場が混乱するだけだ。
「旗だ、あの旗を立てろ」
ギュネス将軍は震える指先で、地面に落ち、土にまみれている旗を指差した。
それは真紅の布地に獅子が刺繍された、ライオネル王国の親衛隊の旗だった。
「あの旗に、集えと、そう命じろ。そうすれば親衛隊は動く。お前が、この戦場に……勝利を……旗を、旗を立てるのだ」
ギュネス将軍は最後の力を振り絞って命じ、息を引き取った。
勝利を命じられ、私は周りを見回した。戦場はすでに混乱の極みにあった。
本陣が崩壊しただけでなく、陣形もすでに形をなしていない。ガリオスが開けた大穴に、魔王軍の兵士五百体以上が突入してきて乱戦となっている。
一人一人が強力な戦士である魔王軍に対抗するには、陣形を整えて防衛線を再構築させる必要がある。だが私の手元にある戦力はメリル達三人のみ。
「ロメリア様、これは、幾らなんでも不可能では……」
レットが顔を青くしながら私に問う。メリルとシュローも顔色は暗い。この状況をどうにか出来ると思えないのだろう。だが俯いている時間は無い。まだ戦っている兵士達がいるのだ。諦めるわけにはいかない。
「何をボサッとしているのです。やりますよ、防衛線を立て直します」
私は立ち上がりシュロー達三人を叱咤した。
確かに目に映る状況は、悪いものばかりだった。しかし僅かだが希望はある。
右翼は押されているが、瓦解してはいない。左翼もグランとラグン達がよく支えてくれている。グレンとハンスが率いる予備兵力歩兵二百人も、巨人兵百体を相手に奮戦していた。
そして混乱の極みにある中央の戦線も、劣勢に立たされているが、それでもなお戦っている兵士達がいる。
近くでは四十人の歩兵部隊が、なんとか仲間と共に魔王軍を押し返そうと気を吐いている。遠くでも三十人程の騎兵部隊が指揮系統を保っていた。
彼らの力を結集すれば、防衛線の再構築は決して不可能でもない。
「まずはギュネス将軍の言う通り旗を立てます。シュロー、貴方はあそこにいる兵士二人を引き連れて、倒れている旗を立ててください。メリル、貴方は喇叭兵を見つけてきて。レット、貴方はあそこにいる三人の兵士と合流して、そしてその奥にいる五人の兵士を連れて来て。ああ、戻る途中であそこにいる二頭の馬も拾ってきてください」
私は素早くシュロー達に命じ手を叩いた。音を合図に、三人が飛び出していく。
とにかく時間との勝負だった。手早くしなければ、親衛隊が全滅してしまう。
私は戦場を一人で歩みながら、旗を立てる場所を決める。
中央から少しずれているが、エリザベートとガリオスの戦いに巻き込まれず、兵士達からもよく見える場所。ここならば旗を立て、防衛線を築くのに丁度いい。
場所を決めて、私は空を仰ぎ見た。大空はすでに翼竜達のものとなり、大きく弧を描いて旋回している。
先程上空から鏑矢が飛び、魔王軍に指示を出す動きがあった。巨大な竜の背に、子供のように小さな魔族の姿が見えた。
魔王軍の部隊を率いているのは、魔王の弟ガリオスに間違いない。しかしガリオスは最強の兵士なれど、兵士を指揮する指揮官ではない。今もエリザベート達と戦い兵士の士気などそっちのけだ。
どうやらあの翼竜の上にいる小さな魔族が、魔王軍の兵士を指揮する実質的な指揮官と言えるのだろう。
今回の魔王軍の動きは、これまでとは一線を画すものがあった。
低きを流れる水の如く、機動力を駆使して戦力の弱い部分を攻撃する戦術は、過去に例がないものだった。そして翼竜の運用は、これまで平面でしかなかった戦争に、空という新たな空間を加えた。これは画期的と言ってよく、戦争のあり方が変わった瞬間だった。
これらを考えた策士が誰なのかは分からない。だがその魔族は間違いなく天才だ。稀代の戦略家と言えるだろう。翼竜の上にいる魔族がその天才だとするならば、私が勝てる相手ではない。
百回戦えば百回私が負けるだろう。しかしこの戦場では、私の方に分があった。
魔王軍の指揮官が大地に降りて直接指揮をするならば、私が今から行う防衛線の再構築など、させてもらえなかっただろう。だが魔王軍で一番の切れ者は、はるか空の上だ。
指示を出す方法は鏑矢のみ。細かな命令など出せるわけもない。
たとえ相手が格上の策士であっても、この状況ならか細いが勝機はある。
私は拳を握り締めた。




