第三十八話 竜に挑みし六人
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エリザベートがロメリアを見送った後、前を見ると、そこには山脈の如き巨体を誇るガリオスが、右肩に棍棒を担ぎ待っていた。
「そろそろ始めて良いか?」
「あら、待ってくれてたの~ 顔に似合わず紳士的ね~」
「強い奴の乱入は大歓迎だ」
エカテリーナが妖艶な笑みを見せると、ガリオスもまた子供のように笑った。
「呂姫、エカテリーナ。気をつけて。その魔族は魔王ゼルギスの弟です」
「へぇ、ゼルギスの……」
エリザベートが教えると、呂姫が目を細める。
「ん? なんだお、お前兄ちゃんのこと知ってるのか?」
「知ってるも何も、倒した一人なんだけど?」
「へぇ、そりゃあ楽しめそうだ」
ガリオスが笑うが、対する呂姫も鈴を転がすような声で笑った。
「強がりを言うわね、そんな手でどうやって楽しむというの? 仇討ちも出来ないわよ」
呂姫はガリオスの切断された左手を見た。これにはエリザベートも勝利を確信する。
不意打ちの奇襲とはいえ、左手を取ったことは大きい。先程『守護』の壁を打ち破った一撃は本当に凄かったが、もうあれが使えないのであれば、戦力は半減したと同じだ。
「仇討ちをするつもりはねーよ。負けて死んだ奴が悪い。でも、手を斬られたのは久しぶりだ」
ガリオスが切断された左手首を掲げ、断面を見せながら力を込める。
すると傷口からの出血が止まり、桃色の肉が膨れ上がる。そして肉が破裂したかと思うと、傷口からは勢いよく肉が飛び出し、手の形となった。
「ん、動く動く」
ガリオスは新たに生えた左手を開いては閉じ、感触を確かめている。
肌を覆う鱗までは再生しておらず、血管や筋肉がむき出しの状態だ。だが動きには問題ないらしく、ガリオスは再生したばかりの手で棍棒を軽々と操る。
「うわ~ 気持ち悪い~」
エカテリーナが嫌悪に顔を歪める。
エリザベートもこれには驚いた。魔王討伐の旅で、強力な魔族を何体も目にしたが、失った手足を生やすような奴は一体もいなかった。
「化け物め。でも蜥蜴のように手足は生やせても、頭までは再生しないでしょ」
呂姫がガリオス相手に、一歩も引かず啖呵を切る。
「ああ、それは試したことはないな。お前らが俺の首を落とせたら、首が生えてくるか試してみるよ」
ガリオスも豪放磊落に笑う。
「んじゃ、がんばって首落としてくれよな」
吠えるように声を上げ、ガリオスが大棍棒を振りかざした。
呂姫が幅広の刀を構えたが、その前にアルビオンとオットー、そしてカイルが立ちはだかる。
「ちょっと、ロメリアの部下か知らないけど、邪魔しないでよ」
呂姫がアルビオン達を睨んだが、その言葉を無視して。カイルが剣を片手にガリオスに単身突撃した。
「ん? いきなりちっこいのが来たな」
ガリオスが相手にするのも面倒だと棍棒を払った。
唸りを上げる棍棒が、小兵のカイルを薙ぎ払ったかに見えた。だがカイルは地面に顔がつきそうなほどに身をかがめ、巨大な棍棒の下を潜る。そしてガリオスの股の間を通り抜け、すり抜けざまにガリオスの太腿を剣で切り裂いた。
「うぉ、潜った?」
ガリオスは切られたことよりも、棍棒を潜り、股の間を通り抜けられたことに驚愕していた。
見ていたエリザベートも、当たれば必死の一撃を、臆することなく掻い潜ったカイルの胆力に舌を巻く。
驚くガリオスの正面に、足音が迫る。戦槌を構えたオットーが雄牛の如く突進していた。
「俺と力比べをしようってのか? いい度胸だ!」
ガリオスは喜色満面で、右手で握った棍棒を振り下ろす。
オットーの戦槌とガリオスの棍棒が激突し、特大の火花が生まれる。
ロメリア二十騎士に数えられるオットーは、素晴らしい体格の持ち主である。だが相手は地形すら変えるガリオスである。正面から挑むのはあまりにも無謀だった。
エリザベートは棍棒に叩き潰されるオットーの姿を想像した。だがオットーが振るった戦槌はガリオスの棍棒を弾き返し、その巨体を一歩後退させた。
オットーは両手であり、ガリオスは片手だった。全力のガリオスに勝ったとは言えない。だがそれでも、人間がガリオスを後退させた瞬間と言えた。
「おおっ、やるなぁ!」
自分が力比べで負けたというのに、ガリオスは笑っていた。
「なら、もう一丁受けてみろ」
ガリオスが今度は両手で棍棒を振りかぶる。エリザベートの守護の壁を打ち破り、地形すら一変させたあの一撃だ。あれを放たせてはいけない。
「エカ、魔法を!」
エリザベートはエカテリーナに援護の魔法を指示しつつ、自身は守護の壁を張り、オットーを守ろうとする。
だがその時、オットーの横から炎のように赤い鎧を着たアルビオンが飛び出す。
アルビオンが槍を向けると、槍からは猛火が吹き出し、ガリオスを包み込む。
「しゃらくせぇ」
炎に包まれたガリオスが、棍棒で炎を薙ぎ払った。炎の影からアルビオンが槍を繰り出す。
アルビオンの突きがガリオスの右腕に突き刺さる。
不意打ちで腕に一槍くれただけだというのに、アルビオンが笑う。次の瞬間、ガリオスの右腕の傷から炎が噴き出る。噂に聞く必殺の魔槍『火尖槍』だ。
「おおっ!」
ガリオスが傷口から噴き出る炎に驚くも、左手で傷口から噴き出る炎を、まるで蚊でも潰すように叩いた。それだけで、傷口から噴き出る炎が消えて鎮火する。
必殺の魔槍が蚊を潰すように防がれてしまい、アルビオンが顔を歪める。だが素早い身のこなしを誇るカイルに、ガリオスに匹敵する力を持つオットー、そして魔法と槍を同時に繰り出すアルビオン。この三人に加え、呂姫とエカテリーナ、そして自分がいれば、もしかしたらガリオスを倒せるかもしれないとエリザベートは思った。
エリザベートはガリオスから一瞬目を離し、戦場全体を見た。
すでに中央は半壊し、陣形を保てていない。右翼も魔王軍に侵食され乱戦になりつつある。左翼のロメリア騎士団は頑張っているが、こちらも劣勢を強いられている。
このままではたとえガリオスを倒せたとしても、戦争そのものは敗北する。そうなればいくらエカテリーナや呂姫が強くとも、数には勝てない。軍を立て直そうにも、兵士を指揮するギュネス将軍が倒れ、エリザベート自身もここを動けなかった。
ロメリアだ。すべてはロメリアにかかっていた。
この戦場の趨勢は、戦う力のない一人の女に委ねられた。
ロメリアないしょばなし
ガリオス最近の悩み
ガリオス「なぁ、首を斬られて再生した場合、これって首から体が生えてくるのか? それとも体から首が生えてくるのか?」
ギャミ「もしかしたら両方かもしれませんな」
ガリオス「俺が二体もいたら便利だな」
ギャミ「確かに戦力は倍ですが。食費も倍増。周囲に降りかかる迷惑は、そのさらに倍となるので、面倒見切れないからやめてください」
ガリオス「……」




