第三十六話 エリザベートの窮地
いつも感想やブックマーク評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
小学館ガガガブックス様より、ロメリア戦記のⅠ~Ⅲ巻が発売中です。
BLADEコミックス様より、上戸亮先生の手によるコミックスが発売中です。
漫画アプリ、マンガドア様で無料で読めるのでお勧めですよ。
ガリオスは一体で本陣にたどり着くと、まるで友人宅に遊びに来たように声を掛け、左手に持ったコスター千人隊長の首を後ろに放り投げた。
「エリザベート!」
左からはロメリアが必死に馬を走らせ、助けに来ようとしてくれていた。しかしここに来るにはまだ時間がかかる。
「王妃様! お逃げください!」
ギュネス将軍と本陣を守る十人の精鋭が飛び出す。だが大棍棒を掲げるガリオスの前には、その決死の覚悟も嵐にかき消される灯火だ。後ろでは癒し手達がガリオスを恐れて逃げまどう。
「邪魔だ」
ガリオスが虫を踏み潰すように棍棒を掲げ、ギュネス将軍達に振り下ろす。
「させるか!」
エリザベートは両手を前に突き出した。次の瞬間、光の壁がガリオスの前に出現し、振り下ろした棍棒を弾いた。
「なんだ、こりゃぁ?」
初めて見るのか、ガリオスが素っ頓狂な声を上げた。これぞエリザベートの『守護』の力だ。
並の癒し手では小さな光の膜しか作れず、矢を防ぐことも出来ない。だがエリザベートが作り出す壁は、攻城兵器の一撃すら防ぎきる。
「おもしろい。なら、もう一丁~」
ガリオスが右手の棍棒を振り上げ、光の壁に振り下ろす。
戦場に轟音が鳴り響くが、光の壁は揺るがない。
「無駄だ、これは魔王ゼルギスの魔法すら防いだ最強の盾だ。お前には破れぬ!」
「おおっ、やるじゃん!」
エリザベートの言葉に歓声をあげたのは、光の壁の向こう側にいるガリオスだった。
自身の一撃を防がれたというのに、最高の玩具を見つけたと言わんばかりに、子供のように微笑む。
「兄ちゃんの魔法を防いだか。やるなぁ。ってことは、お前が噂のせーじょ様か。なら、俺も全力を出してもよさそうだ」
ガリオスは棍棒に左手を添えて両手で掴む。すると万力の如き力が込められ、鋼鉄の大棍棒の柄が軋む。ガリオスの体が膨れ上がり、腕には瘤のような筋肉が浮かび上がった。筋肉の膨張は胸にまで広がり、鎖で繋がれた特大の胴鎧が軋む。太腿も足も、全てが膨張し、ガリオスの体は一回り、いや二回りは大きくなる。
「ばっ、化け物め!」
ギュネス将軍が、思わず息を呑む。
ガリオスの双眸は赤く充血し、その威容は魔族が祖先を自認する、竜を彷彿とさせる。
「それじゃぁ、俺の全力、受けてみろ!」
力の塊となったガリオスが、両腕で握った棍棒を振り下ろした。
「王妃様!」
ギュネス将軍や兵士達が、エリザベートを守るように駆け寄った。
ガリオスの棍棒が大地に激突する。直後、轟音と共に大爆発が起き、大量の土砂が吹き荒れる。エリザベートは全身に衝撃を受け、吹き飛ばされて地面に投げ出された。
「うっ…なっ……! なんだ、これは!」
エリザベートが全身を襲う激痛に耐えながら身を起こすと、目の前には信じられない光景が広がっていた。
先程までは平らだったはずの荒野に、突如巨大な穴が出現していたのだ。エリザベートはつい先程まで、自分が立っていた場所が消滅したことが信じられなかった。
「おっ、王妃様……」
エリザベートの足元から弱々しい声がした。見るとそこにはギュネス将軍が倒れていた。全身が血だらけとなり、今も生きているのが不思議な状態だ。
周囲には、他にも千切れた手足や体、肉片などが飛び散っている。ガリオスに立ちはだかった兵士達のものだった。
ギュネス将軍に比べて、エリザベートは軽傷。その理由は将軍や兵士達がその身を盾にして守ってくれたからにほかならない。
「待っていろ、将軍。すぐに治す」
エリザベートは手に癒しの力を集め、すぐにギュネス将軍を治療しようとした。
「王妃…逃げ、て。戦線……崩壊……」
ギュネス将軍は治療しようとするエリザベートの手を止め、震える指で戦場を指差した。
戦場はガリオスが突破してきた中央はもとより、右翼も劣勢に立たされていた。左翼のロメリア騎士団はかろうじて敵を食い止めているが、そちらもじりじりと押されている。
兵士達は奮戦しているが、ガリオスの強さは明らかであり、何より本陣が一撃で崩壊してしまっている。これでは兵士達の士気が保てない。
「エリザベート!」
ロメリアの叫び声が戦場に響く。見ればロメリアは自分の足でこちらに向かって走ってきていた。おそらく爆発の衝撃で馬ごと倒れたのだろう。
ロメリアは懸命に走っていたが、間に合いそうになかった。
「ほい、詰み」
巨大な脚がエリザベートの前に下ろされる。ガリオスである。
地を穿ち大穴を開けた魔族は、巨大な穴を乗り越えてエリザベートに棍棒を突きつける。
圧倒的巨大質量を前に、エリザベートは身がすくみ足腰に力が入らなかった。体が震え、喉が干上がる。魔王を倒す旅のさなか、危険な目には幾度となく遭遇したが、ここまでの恐怖は味わったことがなかった。
「俺が全力を出して消し飛ばないとはやるな。それでお前、他に何か出来るか? 出来るんだったら、付き合ってやるぞ? 出してみろ」
ガリオスは棍棒を突きつけながらも、奥の手があるなら出せと言う。だがエリザベートには、これ以上奥の手は無かった。
癒し手には禁術として、命を奪う即死の技があるとされている。しかしエリザベートは即死の技を習得していなかった。聖女にはふさわしくないということで、誰も教えてはくれなかったし、エリザベート自身、自分には不要の技と考えていたからだ。
「ん? なんだ、もうないのか? なら、死んでもらうぞ」
ガリオスが遊び終えた玩具を潰すように、棍棒を掲げ、無慈悲に振り下ろした。