第三十五話 悪鬼の来訪
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ガリオスの猛威を目にし、エリザベートが歯噛みしている。三人の兵士達が本陣に歩み寄ってきた。
「ギュネス将軍!」
「我らにガリオスの討伐をお命じください」
「必ずやあの悪鬼をしとめてみせます」
三人の兵士達は、鎧の上から布をいくつも巻きつけていた。布の隙間からは爆裂魔石が覗いている。
決死隊。ガリオスに肉薄し、爆裂魔石による自爆攻撃で仕留めようというのだ。
「お前達……分かった、行け。行ってこい」
決死の覚悟を決めた兵士達に対して、ギュネス将軍は命令を下した。
死を覚悟した三人の前に、エリザベートは立つ。
「教会の聖女として、自死を推奨するわけにはいきません。ですが、貴方達の武運を祈っています」
エリザベートは胸の前で聖印の形に指を切り、三人に祝福を与える。
「はっ。必ずや、王妃様に勝利を捧げます」
三人はエリザベートに跪き頭を垂れる。そして立ち上がると馬に跨がり、部隊へと戻る。三人の兵士を中核に、第四騎兵部隊が出撃する。
しかし相手は動く災害ことガリオス。第四騎兵部隊も瞬く間に倒され、屍となっていく。
だが無数の仲間の屍を乗り越え、体に爆裂魔石を抱えた三人の兵士達が、ガリオスの体に飛びかかりその大きな手足に抱きつく。
直後閃光が走り三人の体が爆発、ガリオスの巨体を巻き込む。
戦場に起きた爆発に、誰もが息を呑む。しかし、爆煙から現れたのは、ガリオスの巨体であった。
その体は煤け、焼け焦げてはいるものの、大きな傷はない。
圧倒的すぎた。その巨大すぎる力の前には、数の利も戦術も、技術も連携も、人々の覚悟すらも、全て無価値。
だめか……。
エリザベートは死んでいった兵士達を思い瞑目した。
目を開いたエリザベートは、戦場の左翼を見た。
そこには白い鎧を身に着けたロメリアが、馬に乗り指揮していた。彼女の手元には二百人の歩兵とさらに二百人の騎兵が予備兵力として集められている。場合によってはエリザベート達を救うためだろう。
親衛隊とギュネス将軍には悪いが、やはりロメリアの力がいる。ガリオスの前には、数も戦術も無意味。必要なのは同じく強力な個の力だ。
ロメリアと、彼女が鍛え上げた兵士達の力がどうしても必要だった。
「ギュネス将軍」
エリザベートは歯噛みするギュネス将軍を見る。
たとえ将軍の信頼を失おうとも、王妃の権限でロメリアを呼ぶしかなかった。一体の魔族に、親衛隊の兵士全てを死なせるわけにはいかない。
今すぐロメリアとその部隊を、と言いかけた時。はるか上空から鋭い音が尾を引きながらこちらに向かってくる。
「矢です、お下がりを」
エリザベートの周囲を守っていた兵士達が、盾を掲げて壁となって守る。だが上空から飛来した矢はただ一本。それもエリザベート達がいる本陣のはるか手前に落ちた。
「鏑矢?」
エリザベートは地面に突き刺さった矢を見た。
矢の根本に笛のような構造体を取り付けることで、射ると音がする鏑矢という物が存在する。
主に軍事上の連絡手段として用いられる。だがその矢は、目の前に陣取る魔王軍から放たれたものではない。上空を旋回する翼竜から放たれていた。
エリザベートは矢を放った翼竜を捜すと、ガリオスが乗っていた一際巨大な翼竜が見えた。その背には、翼竜を操る騎手の他に、白い服を着た小柄な魔族が乗っていた。
「……! いけない。ギュネス将軍。ガリオスが来ます。ロメリアをここへ!」
エリザベートは鏑矢の意味に気付き、ギュネス将軍に命じた。
左翼を見ると、ロメリアも鏑矢に気付いていた。予備兵力として右に配置した歩兵二百人と共にこちらに向かおうとしている。だがロメリアの部隊が動きだす前に、ガリオスが大声で叫んだ。
「よぉし! 突撃命令が出た! そこが本陣だな! 今から行くから、ちょっと待ってろ!」
ガリオスは驚くことに人間の言葉を話した。だがその驚き以上に大きな地響きを立てて、ガリオスはエリザベート達に向かって走ってくる。
大棍棒を片手にガリオスが戦場を疾走する。その歩みは速い。山のような巨体でありながら、地面を踏み割り馬のような速度で爆走してくる。その背後には百体の巨人兵が追従してくる。
ガリオスと巨人兵が向かう先は、エリザベートがいる本陣だ。
「まずい。コスター! バーンズ! 防げ。なんとしてでも止めろ!」
ギュネス将軍が叫ぶように命令を発し、コスター千人隊長が第五、第六騎兵部隊をひき連れて出撃し、重装歩兵を率いるバーンズ副隊長が、本陣の前に盾の列を構築する。
しかし暴風雨の如く進撃するガリオスと巨人兵の前に、ギュネス将軍が鍛え上げた騎兵も重装歩兵も、玩具のように蹴散らされていく。
「いかん。王妃様、お逃げを!」
魔王軍の急加速に、ギュネス将軍は敵との位置関係を見誤ったことを悟り、撤退を進言する。だがあの速度、逃げ切れるものではない。
「ロメリア!」
エリザベートは左翼にいるロメリアを見た。だがその直後、またも上空から鏑矢が放たれ、救援に向かおうとしているロメリア騎士団の手前に落ちた。すると爆走するガリオスの背後を走る百体の巨人兵が進路を変えた。
巨人兵は先頭を走るガリオスを追わず、救援に向かおうとしていたロメリア率いる予備兵力二百人に襲い掛かった。
エリザベートは、顔を歪めながら空を仰ぎ見た。
何者かは分からないが、空にいる魔族が地上にいるガリオス達を矢で指揮している。
大雑把な鏑矢での指示だが、防御不可能なガリオス達の突撃が急所に突き刺さると、それだけで窮地に立たされる。
「いけません。王妃様! お逃げください。時間は我々が稼ぎます」
ギュネス将軍と本陣の兵士達が、剣と盾を構える。命を賭して時間を稼ぐつもりだ。
「待て、ギュネス将軍!」
エリザベートは早まるギュネス将軍を止めた。
この状況でギュネス将軍が死ねば、戦線が瓦解する。将軍を止めながら、エリザベートは視線を左翼へと移す。進路を変えた巨人兵百体が、ロメリアの予備兵力二百人を足止めしていた。だがその乱戦の中、白い鎧を着たロメリアを先頭に、六人の騎兵が敵の妨害を突破してこちらへと向かってくる。
だが正面から、落雷の如き足音が迫る。無視出来ぬ轟音に目を向けると、ガリオスが第五、第六騎兵部隊、そして重装歩兵の戦列を突破し、本陣の目の前まで迫っていた。
その体は全身に返り血を浴び、左手にはコスター千人隊長の首を持っている。
「おーい、俺様が来たぞ」
血にまみれたガリオスが、口を広げ笑った。
ロメリアないしょばなし
ギュネス将軍の名前の由来は、ガンダム逆襲のシャアのギュネイから




