第三十四話 血が踊り、肉が歌う
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「おのれ! 第二騎兵部隊! 大渦の陣だ。大渦の陣であの悪鬼を沈めて殺せ!」
ギュネス将軍が百人の騎兵に命令を下す。
飛び出した騎兵達は、槍を立てて綺麗な二列縦隊を形成した。その姿はまるで戦場に生まれた大蛇だった。
第二騎兵部隊が生み出した大蛇は、真っ直ぐガリオスに噛みつくと思いきや、その進路はガリオスからやや右にずれていた。騎兵達が目指しているのは、ガリオスとその周囲にいる巨人兵との繋ぎ目だ。
二列縦隊の騎兵達が、立てていた槍を倒す。右側の騎兵は右に五十本の槍を構え、左側の騎兵は左に五十本の槍を倒す。大蛇に見えた騎兵の群は、一瞬にして百の足を持つ大百足へと変化する。
大百足は、ガリオスと配下の間にその体をねじ込む。
先頭を駆ける騎兵は、大きく左に弧を描く。外側に位置する右の列は、槍を連ねて魔王軍の軍勢を五十本の槍で撫でていく。左の騎兵達は五十本の槍をガリオスに向ける。
先頭を駆ける騎兵がさらに左へと曲がり、そしてついには最後尾に追いつき円環となった。
円はさらに小さくなり、騎兵が生み出す刃の渦が戦場に生まれた。
「見たか! これぞ親衛隊が誇る大渦の陣だ!」
ギュネス将軍が勝ち誇った声を上げる。
エリザベートも感心した。たしかに言うだけの事はある。蛇から百足へ、百足から渦へ。見事な陣形変換だ。
外側の刃により、ガリオス率いる百体の巨人兵は近寄れない。渦の中心にいるガリオスも、五十本からなる刃の渦に取り囲まれ動くに動けない。
戦場に生まれた大渦が、ガリオスを呑み込もうとその輪を縮める。五十本の刃にガリオスは斬り刻まれ、刃物の波に沈む。
「やったか!」
ギュネス将軍が歓声を上げる。だがその瞬間、全てを飲み込む大渦の中心で、巨大な棍棒が突き立てられるように掲げられた。
刃の中心で、悪鬼ガリオスが身体中を切り裂かれながらも、目の色を赤く染め、大棍棒を振りかぶる。
五十本の槍が体を切り刻むが、ガリオスはそんなことはお構い無しに棍棒を全力で振り切る。
放たれた一撃は、勢いに乗った騎兵達を馬ごと吹き飛ばした。
エリザベートの目には、数人の兵士が吹き飛ばされたかに見えたが違った。棍棒を振り抜いたガリオスは、自身の体すらも回転させ、大渦に逆らって逆回転する。
一人、二人、三人、四人と、馬に乗った兵士達がガリオスの大棍棒に絡め取られていく。さらに後続の騎兵が、棍棒に激突した兵士の体に衝突する。
勢いに乗った騎兵が次々に衝突していくが、ガリオスの棍棒は後ろに下がらない。それどころか体ごと棍棒を前へと押し出し、振り抜こうとする。
「ばっ、ばかな」
ギュネス将軍が色をなくす。
戦場の中央では、目を真っ赤に染めたガリオスが、大口を開けて吠える。
まさに竜の咆哮とも言うべき大音声。雄叫びをあげたガリオスの体が、遠目から分かるほどに膨らみ、体中の筋肉が膨張する。
二度目の咆哮と共に、棍棒が振り抜かれる。棍棒の先にはすでに何十人もの騎兵が絡まり衝突していたが、まるで木の葉だとでも言わんばかりに棍棒を振り抜き、さらに自身も回転、大渦を打ち消す逆の渦となって旋回する騎兵達を叩き潰していく。
そして最後はついに大渦の尾までに棍棒が届き、親衛隊百人が生み出した大渦は、たった一体の魔族、たった一本の棍棒によってかき消されてしまった。
「なっ、そんな! こんなことが、あっていいのか!」
ギュネス将軍は、歯を噛み砕かんばかりに噛み締める。
たった一体の魔族に、鍛え上げた百人の兵士と、自慢の戦術が打ち破られたのだ。
「ギュネス将軍。まだ戦争は終わっておりません。次の指示を出すのです」
エリザベートは、呆然とするギュネス将軍に声を掛ける。
「わっ、分かっております。第三騎兵部隊。準備は出来ているか!」
ギュネス将軍はすぐに次の手を打つ。第三騎兵部隊は将軍の号令に頷き、出撃していく。
飛び出した騎兵達は、再度二列縦隊を作った。
またしても大渦の陣かと思ったが、先頭を走る二人の騎兵は、ガリオスを目前にすると左右に別れる。その間には一本の黒い鎖が渡されていた。
二頭の馬が曳く鎖が、ガリオスを襲う。
普通なら、馬の勢いが乗った鎖が当たれば転倒するしかない。しかしそこはガリオスである。大樹に引っかかったように、逆に馬の方が転倒した。
ガリオスは鎖をつかみ、邪魔な鎖を振り払おうとした。だが出来なかった。鎖は転倒した馬の腹に回されていたからだ。そこに二本目、三本目の鎖が追加される。
ガリオスの巨大質量に負けて、騎兵達が次々に転倒し落馬していく。だがその度にガリオスの体に鎖が絡みついていく。
「今だ、槍を投擲せよ」
ガリオスに十数本の鎖が巻き付いた後で、残る第三騎兵部隊の兵士達が一斉に槍を投擲した。
幾本もの槍がガリオスに降り注ぎ、腕や肩、鎧の隙間などに突き刺さる。
十本以上の槍を体に受けたガリオスが、ゆっくりと前に倒れていく。
「おおっ」
山脈の如きガリオスの巨体が倒れようとする姿に、ギュネス将軍が歓声を上げる、
しかし倒れたかに見えたガリオスの体は、前屈みになった状態で止まった。
丸められたガリオスの体が震える。それは噴火寸前の火山の胎動にも似ていた。
「いかん、槍だ、槍を投げよ!」
ギュネス将軍が命じる。後方の将軍が思うことを、前線の兵士も感じたらしく、兵士達は次々に槍を投擲する。だが槍が投げられた直後、震えていたガリオスの体がピタリと止まった。
それは嵐の前の静けさ、噴火寸前の刹那の静止であった。
ガリオスが勢いよく体を起こしたかと思うと、鎖に絡めとられた両腕を大きく広げた。
幾重にも巻かれた太い鎖を、ガリオスはまるで麻糸のように引きちぎり、鎖の破片が周囲に飛び散る。
鎖の破片は投擲された槍を吹き飛ばし、鋼鉄の火山弾となって親衛隊に降り注いだ。
戒めから解き放たれたガリオスは、棍棒を大地に突き刺したかと思うと、身を屈めて今まで自分に絡みついていた四本の鎖を拾い上げる。そして力任せに引っ張った。
鎖の反対側には、馬がくくりつけられている。だがガリオスはそれでも構わず剛力で腕を回し、頭上で旋回させ、馬ごと振り回した。
四頭の馬が宙を舞い、振り回される。それはまるで竜巻の如き光景だった。
ガリオスは数頭の馬を鉄球がわりに振り回し、第三部隊の騎兵達を殴りつけた。暴虐の嵐に耐えられる者などおらず、第三騎兵部隊も壊滅していく。
「なんなのだ、あの魔族は! まるで災害ではないか!」
ギュネス将軍の言葉は的を射ていた。大渦に火山に竜巻。ガリオスの猛威はもはや荒れ狂う自然災害に等しい。
血が踊り、肉が歌うガリオスの狂宴。この宴を止める手立てが果たしてあるのか。エリザベートは唇を噛みしめた。
ガリオスが大暴れしているシーンは、エヴァンゲリオンが暴走している時のBGMを聞きながら書きました。




