第三十二話 悪鬼現る
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「エリザベート。ありがとう」
負傷した兵士達を治療すると、ロメリアが礼を言った。
「その素直さを、さっきも見せなさい」
「でも、たいして可愛くもない私の顔と、兵士達の手足とでは比べものにならないですよ」
ロメリアのこの言葉には、側にいたアルビオンやレイヴァン、そして手足を治療されたメリル達が苦笑いを浮かべる。
「この娘は本当に……いや、もういい。それより、貴方の兵士も傷付いているでしょう。癒し手をそちらに派遣しますから、負傷兵をすぐに治療しなさい」
エリザベートは親衛隊に、ロメリア騎士団と協力するように指示を出す。
「変わられましたね」
治療を買って出たエリザベートに、ロメリアが感慨深い声で答える。確かに三年前の自分なら、こんな事はしなかっただろう。
「別に、この戦いに勝つために必要だからです」
「そうですね、確かに目の前の敵は問題です。エリザベート。あの一番大きな翼竜を見てください。その背中に旗があるのが見えますか?」
ロメリアが空を舞う翼竜の中でも、一際巨大な個体を指差した。他の翼竜と比べても倍近く大きい。その背には黒い旗が立てられ、赤いほうき星が輝いている。
「あのほうき星の旗印。あそこにいるのはおそらくガリオスです」
「ガリオス?……まさか、あのガリオスですか?」
エリザベートは尋ね返した。
「そのガリオスです。魔王の実弟にして、ダカン平原でアンリ王子を打ち破った」
ロメリアが頷いたのを見て、エリザベートは戦慄した。
ガリオス。その名前は今や大陸中に響き渡っていた。
三年前、アンリ王子を一騎打ちで打ち破った事を皮切りに、ガリオスはその巨大な足で大国のすべてを踏み荒らした。暴風雨の如き脅威が、また王国にやって来たのだ。
セメド荒野での戦いは、かつてない激戦となるだろう。
「……実は王都を立つ前に、エカテリーナと呂姫に手紙を出しておいたの」
エリザベートは、共に魔王を倒した仲間の名前を出した。
ガリオスと戦うことを予想していたわけではなかったが、出陣の前日、エリザベートは言い知れぬ不安を感じ、エカテリーナと呂姫に助けを求めたのだ。
「手紙を受け取ってすぐに来てくれていれば、もう合流出来ていてもおかしくはないのだけれど、不在だったのか、それとも助けに来るつもりがなかったのか……」
エリザベートは姿を見せない仲間のことを思い、ため息をついた。
「どちらにしても、今ある戦力で戦うしかありません」
ロメリアが現実を示す。確かに、ないものをねだっても仕方ない。
「エリザベート王妃、移動します。ご準備を」
散らばった騎兵部隊の集結を終えたギュネス将軍が、エリザベートに移動をうながす。
「分かりました。ではロメリア、また後で」
エリザベートはロメリアと別れて、ギュネス将軍と共に森の前へと移動する。
「おお、エリザベート王妃、ギュネス将軍。お会い出来てよかった」
エリザベート達が森の前へと移動すると、重装歩兵千人を率いるレドレ千人隊長が駆け寄ってきた。側にはバーンズ副隊長もいた。
「レドレ、よく火の中を突破したな」
「はい、ロメリア騎士団が山火事を踏破すると言うので、我々も負けてはいられませんでした。しかしスローン、ルイボ、フレドの部隊は敵と交戦しており、到着にはもう半日程かかります」
ギュネス将軍がレドレ千人隊長を讃えると、千人隊長は胸を張って報告した。
「火事を越えてきてすぐで悪いが、見ての通り魔王軍が空から来た。すぐに戦闘準備だ。陣形を整えるぞ」
ギュネス将軍はこの場所を本陣として即席の軍議を開く。
軍議にはエリザベートも立ち会い、その周りにギュネス将軍を始め騎兵部隊を率いるコスター千人隊長とセルゲイ副隊長、そして先程合流した重装歩兵部隊を率いるレドレ千人隊長とバーンズ副隊長が集まる。
その周囲を本陣付き護衛として十人の精鋭が守りを固め、突撃や後退を知らせる七人の喇叭兵。旗を支える旗持ちが二人待機している。さらに癒し手が二十人いるが、こちらは現在ロメリア達の部隊の治療に当たらせている。簡易の治療が終わり次第、戻ってくるはずだ。
「まずここに本陣を置く。そして陣立てだが……」
「ギュネス将軍、待ってください。先程判明したのですが、今回の敵はガリオスです」
エリザベートは、ロメリアに教えてもらった情報を明かす。
「ガリオスですと!」
敵の名前を聞き、ギュネス将軍達も顔をこわばらせる。
親衛隊の中には、ダカン平原での激戦を経験した者も多い。魔王の実弟ガリオスの強さを知っているのだ。
「……ならば、相手に不足はありませんな! レドレ、お前は重装歩兵六百を率いて右翼を担当しろ。バーンズ、お前は重装歩兵四百を率いて中央を支えよ」
ギュネス将軍が気を吐き、重装歩兵部隊千人に命令を下す。
「左翼はロメリア騎士団に担当してもらうよう、先程伝令を出した。あとは……」
話しながら、ギュネス将軍は騎兵部隊を率いるコスター千人隊長と、セルゲイ副隊長を見る。
「セルゲイ、お前は騎兵四百を率いてバーンズと連携して中央を守れ。コスター、お前と六百の騎兵は予備兵力として待機だ。状況によっては右翼や左翼にも割り振るが、一番の目的は分かっているな」
ギュネス将軍は、コスター千人隊長の目を見て確認する。
「はい、ガリオスを討つのですね」
「そうだ。ガリオスを討ち、大陸中にライオネル王国親衛隊の力を知らしめるのだ!」
ギュネス将軍の号令に、隊長や副隊長が声を上げ、陣形の構築に向かう。
エリザベートは視線を荒野に移すと、翼竜に乗る魔王軍が次々に降下を始めていた。
巨大な翼を持つ竜が着陸し、赤銅色の鎧を着た千体の魔族が大地に降り立つ。その鎧は先程ロメリアと交戦していた魔族の者達と同じだった。おそらく同じ部隊なのだろう。ならば連中にとっては仲間の仇討ちとなる。戦意は高いとみるべきだろう。
大地に降りた翼竜は飛び立たず、そのまま翼を休めていた。その前を赤銅色の鎧を着た魔王軍が陣形を組む。
魔王軍が敷いた陣形は、典型的な横陣だった。千体のうち中央に四百体、左右にそれぞれ三百体と、変わったところは見られない。兵種は歩兵のみで騎兵無し弓無し。
しかし空には、まだ三百頭程の翼竜が大きく弧を描き滑空していた。上空にいる三百頭の翼竜はどういうわけか、着陸する様子を見せない。
「ギュネス将軍、配置、完了いたしました」
一人の兵士が本陣に駆け寄り、陣形の配置が終わったことを告げた。
エリザベートは左翼を見ると、ロメリア騎士団も歩兵六百人で横陣を敷き、右寄りに歩兵二百人の予備兵力。左端に騎兵二百人を同じく予備兵力として待機させている。
こちらも陣形はほぼ完了している。魔王軍が降下し終える前に攻撃を仕掛ければ、有利な形で戦争を始められる。
親衛隊を率いるギュネス将軍も同じことを考えたらしく、セルゲイ副隊長を呼びつけ、敵の態勢が整う前に先制攻撃を仕掛けようと動きを見せる。
だがその時、空で旋回していた翼竜のうち、一際巨大な翼竜が群れから離れたかと思うと、地面に激突せんばかりの勢いで急降下を開始した。そして地面すれすれで羽毛のない翼を翻し、急反転して上昇していく。その時、上昇する翼竜の背中から巨大な塊が落下した。
それは遠目にも分かるほど、巨大な魔族の体だった。
翼竜の背中から飛び降りた魔族は、大地に大きな音を立てて着地した。その地響きは遠く離れた本陣にも届き、エリザベートの胸を打った。
大地に降り立った魔族は、その体を震わせたかと思うと、口を天に向けて開き咆哮を放った。
空を斬り裂き、その場にいる兵士全ての胸を射貫く大音声。
ガリオス。
大陸にその名を轟かせる悪鬼が現れたのだ。
最強登場!




