第三十一話 聖女の自覚
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エリザベートは空を覆う竜を見てため息をついた。
「なるほど、こんなからくりでしたか」
封鎖された国境を突破せず、どうやって国内に入り込んだのか? 理由を考えるより先に、対処するべきだとしたのはエリザベートである。しかしこんな方法だとは思わなかった。
空を飛ぶ翼を持つ竜。翼竜とでも言うのだろうか? その数は千、いや、千三百頭程。翼竜の背中には馬のように鞍が取り付けられ、二体の魔族が前後に並んで乗っていた。前に乗る魔族は軽装で手綱を握っている。一方、後ろに乗っている魔族は武装していた。
一頭の翼竜が荒野に着陸し、武装した魔族が翼竜から飛び降りる。手綱を握る魔族は騎手らしく翼竜からは降りない。騎手を含めなければ、魔王軍の戦力は千三百体ということになる。
「エリザベート様、お引きください。ここは危険です」
「ギュネス将軍、我々では勝てませんか?」
撤退を進言してきたギュネス将軍に、エリザベートは問い返した。
「戦力は向こうが上です。この状況では勝利は確約出来ません」
ギュネス将軍は素直に認めた。
「ロメリア伯爵令嬢の言う通り、これは釣り出し戦術です。我らを誘い出し、戦力を削るのが敵の本来の目的。なれば敵に策があり、戦力も充実。ここで戦うことは得策とは言えません」
「ロメリア、貴方はどう思います」
ギュネス将軍の言葉に頷きながら、エリザベートは側にいたロメリアに尋ねた。ギュネス将軍には悪いが、彼女の力も使わねば、この窮地は逃げきれない。
「我々はすでに敵に捕捉されています。このまま撤退は難しいでしょう。それよりもバラドの森の手前に移動し、陣を張るべきです」
ロメリアは、未だ山火事が続く森の手前を指差した。
「あんな場所に陣を張るだと? 後ろは火の海だぞ! 逃げ場がないではないか!」
「確かに逃げ場はありません。しかし味方が一番早く来るのもあそこです。見てください」
ギュネス将軍の言葉に、ロメリアは森を指差した。森の切れ目からは、武装した兵士の一団が出て来るのが見えた。
「あれは? 味方か! ロメリア騎士団か! むっ、我らが親衛隊もいるぞ!」
ギュネス将軍が、現れた兵士達が持つ旗を見る。
エリザベートも目を向けると、そこには確かに鈴蘭の旗を掲げたロメリア騎士団八百人森から出て来る。さらに深紅に獅子の旗を掲げたレドレ千人隊長率いる親衛隊重装歩兵千人が続く。
「山火事を突っ切ってここまで来たのか!」
エリザベートは、全身煤だらけのロメリア騎士団と親衛隊に感心する。
「来たのはレドレの千人だけか。残り三千人はまだ森か」
ギュネス将軍が唸るが、危険を冒して山火事を踏破することが正解とは言えない。ここは千人の味方が増えたことを喜ぶべきだろう。
「親衛隊とカシュー守備隊を合わせれば三千人。戦力的には互角です。それに山火事を背にして布陣すれば、山火事を踏破してきた親衛隊と、すぐに合流出来ます。それまで持ち堪えることが出来れば、我々が勝ちます」
ロメリアが山火事を背にして戦う利点を話す。
「しかし、王妃様を危険に晒すわけには……」
「ギュネス将軍。そんな心配はしなくていい。私は逃げるつもりはありませんよ」
迷うギュネス将軍に、エリザベートは逃げないことを宣言する。
「しかし王妃様! 御身が危険です!」
「ここで逃げるのも危険です。敵が私達を誘い出したのなら、逃がさない策も用意していると見るべきです」
エリザベートが魔王軍の行動を予想すると、ギュネス将軍も否定できなかった。
「分かりました。ですが、もしもの時は山火事の中を歩いてもらいますぞ」
ギュネス将軍はその言葉だけを残し、親衛隊をまとめ、移動の準備に入る。
「我々も移動しましょう。アル、レイ準備を」
ロメリアの言葉に、赤と蒼の鎧を着た兵士が頷く。おそらく炎の騎士アルビオンと風の騎士レイヴァンだろう。
「シュロー、メリル、レットは負傷兵を集めて」
さらにロメリアは義足、隻腕、義手の兵士に命じる。
「ロメリアお待ちなさい」
移動の準備を始めるロメリアを、エリザベートは止めた。
「なんでしょう? 王妃様?」
振り返ったロメリアが尋ね返す。その頬には魔族に切り裂かれた傷があった。
すでに出血は止まり軽傷だということは分かるが、女の子が顔に負傷したというのに、無頓着すぎる。あれでは痕が残ってしまうだろう。
エリザベートは改めてロメリアを見た。その顔には、頬の傷を気にした様子もなければ、目の前にいるエリザベートを気にした様子もなかった。
そう、ロメリアは三年前のことを恨んでいないのである。女としての体面を、あれほど傷付けられたというのに、顔の傷と同じくまったく気にしていないのだ。
それが何とも腹立たしく、つい苛立ってしまう。しかし相手が気にしていないことを気にしているのだと考えると、なんだか馬鹿らしくなってきた。
エリザベートはため息を一つついて右手を差し出し、ロメリアの左頬にかざした。白い光が右手からあふれ出し、頬の傷を照らす。光が収まった時には、左頬の傷は消えていた。
「……あっ、あり、が、とう?」
ロメリアは戸惑いながら礼を言った。
エリザベートはもう少しましな礼が言えないのかと顔をしかめる。だが直後、ロメリアの背後にいた兵士達が膝を折り、全員がエリザベートに向けて頭を垂れた。
「エリザベート王妃。ロメリア様の傷を治していただき、ありがとうございます。カシュー守備隊を代表して、お礼を申し上げます」
騎士アルビオンが臣下の礼をとり、感謝の口上を述べる。
「良いのですよ。私が間に合わなかったせいで、傷が残ったとされたくはありませんから」
エリザベートは鷹揚に応えながら、見習いなさいとロメリアに一瞥を向ける。ロメリアは気まずそうに視線を逸らした。
「さて、ついでに聖女の真似事でもしますか」
エリザベートは呟きながら、義手に義足、そして隻腕の兵士達の前に歩み寄る。
「貴方達、名前は?」
「は、メリルと申します」
「シュローです」
「レットと言います。王妃様」
エリザベートの問いに、隻腕、義足、義手をした三人が名乗る。
「そう、メリルというの。少し痛むわよ」
左腕がないメリルに、エリザベートが右手をかざす。手からは白い光が放たれ、メリルを包み込む。光は一瞬にして消えたが、直後メリルが左腕を抱えて苦しみ始めた。
だが苦しいのは一瞬、悲鳴が最大に達した瞬間、メリルの短い袖から白い左腕が飛び出す。
「おっ、おおっ! 腕が、俺の腕が!」
失われた左腕が再生したことに、メリルを含め、周りにいた全員が驚く。
「ゆっくり動かしなさい。そのうち慣れてくるから」
エリザベートは次にシュローとレットを見た。
「貴方達も義足と義手を外して。治療の妨げになるから」
エリザベートはシュローとレットに義足と義手を外させると、同様の治療を行った。
手足が再生した三人は、驚きに涙を流し、声も出ないほど感動していた。
「聖女様、ありがとうございます」
兵士達が敬意と感謝を込めて頭を下げる。
喜ぶ彼らの顔を見ると、エリザベートの顔もほころび、心が洗われた思いだった。
ここ数年で、聖女っぽいことがやれるようになったエリザベート。




