第三十話 空を覆う者
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「終わっていないねぇ」
自ら首を切った魔族の今際の言葉を聞き、エリザベートが戦場を見た。
戦場では親衛隊が魔王軍を殲滅していた。指揮官も自決し、この戦いの決着はついたと言っていい。
戦いの決着がついたのならば、私達の関係にも決着をつけるべきだろう。
私は馬を降り、エリザベートに対して改めて正対した。
正直複雑な気持ちだった。アンリ王子との婚約破棄の一件もそうだが、エリザベートとは旅の最中何度も衝突した。良い思い出もあったが、悪い思い出も多かった。彼女に対しては言葉に言い表せない感情が胸にある。それはエリザベートも同じだろう。
互いに見つめ合う二人を見て、エリザベートを守る親衛隊が緊張する。アルやレイも緊張に反応して身を屈めた。この場にいる誰もが、私達の確執を知っているのだ。
「……お久しぶりです。エリザベート王妃」
私はエリザベートに軽く微笑みかけた後、膝を折り臣下の礼を尽くした。
確かに私達の間には問題がある。だがそれでも私は王国に忠誠を誓う貴族の一員であり、エリザベートはまごうことなき王妃である。過去にこだわり、争いを生むつもりはない。それに、私の胸にある感情は、エリザベートへの憎しみではない。
私が臣下の礼をとると、親衛隊の緊張がほぐれる。
「ここは戦場です。ロメリア伯爵令嬢。面を上げられよ」
頭を垂れる私に、エリザベートも馬から降り、鷹揚な態度をとる。
彼女が内心どう思っているかは不明だが、私が臣下として礼をとり、エリザベートが王妃としての態度を示した。これで互いの立ち位置は決まった。
「本当に久しぶりですね、ロメリア」
エリザベートが私に手を差し伸べる。
「はい。そしてありがとうございました。王妃のおかげで命拾いしました」
私もエリザベートの手を取り、立ち上がる。
「なに、王家が民を助けるのは当然のことです」
「しかし王妃様。ここは危険です。まだ戦いは終わってはおりません。すぐに安全な場所に避難してください」
私はこの場所の危険性を口にした。あの魔族の言う通り、戦いはまだ終わっていない。
今回の魔王軍は水のように動き、防御の薄い後方を脅かしていた。おかげで南方の穀倉地帯は被害を被った。しかし敵の狙いは破壊工作だけではない。私をつけ狙っていたことからも分かるように、討伐のために出動した兵士や将軍を討つことで、王国の戦力を削ることも狙いの一つなのだ。
ここにいた魔王軍の目的は破壊や妨害であり、敵の殲滅は副次的なもののはず。戦力を削る専門の部隊が、別にいるはずだった。
「きっと敵はまだ戦力を残しています。それはすぐにでもやって来るでしょう」
「それは、本気で言っているのですか?」
私の予想を笑ったのは、エリザベートのすぐ側にいた騎士だった。立派な鎧を身に着けていることからして、この部隊を率いる将軍だろう。
「魔王軍の戦力ですと? そんなもの、何処にいると? もしや森で貴方の騎士団を足止めしている小勢のことですか?」
「ギュネス将軍」
エリザベートは制止の声をあげた。
ギュネス将軍は、女の私が軍略を語ったことが許せないのだろう。
「いいえ、森の魔王軍ではありません。もっと多くの敵が、ここに向かっています」
私はさらなる敵が来ることを予想した。昨日、魔王軍は南方を襲撃していた部隊を僅かな時間で移動させた。あれで魔王軍の移動方法に見当がついた。
私の予想が正しければ、新たな敵は、すぐそこまで来ている。
「ですからどうやって? 北の国境であるガザルの門は封鎖されているのですよ。どうやって侵入し、何処にいると言うのです?」
ギュネス将軍が貴方は何を言っているのだと、首を傾げた。
「それは……」
私が口を開きかけると、エリザベートの横にいた兵士の一人が遠くを見ながら目を細めた。直後、その瞳は驚きに見開かれる。その隣にいた兵士も、異変に気付き口を大きく開けた。
周囲にいた兵士達も次々に何かに気付き、私の背後、北の空を指差す。
北、それは魔王軍が拠点を置くローバーンがある方角だった。
私は遅かったかと息を吐いた。
振り返らずとも、何が見えるのかは予想出来た。
魔王軍との国境に面したガザルの門は固く封鎖され、空を飛びでもしない限り突破することは叶わない。
ならば答えは一つ。
「敵は空を飛んで来た」
私の背後では、巨大な翼を持つ竜が、空を覆い尽くしていた。
ちょっと短いですが、キリがいいので