第二十九話 思わぬ邂逅
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不条理だな。
私は空を仰ぎ見ながら思った。
アル達を引き連れて、敵の包囲網を揺さぶり、なんとか隙を生み出して脱出に成功したというのに、馬が突然転倒して地面に投げ出された。
全身を強打し、息も出来ず、ただ空を見上げる。
私のすぐ側では、馬が口から泡を吹き喘いでいた。
馬には本当にすまないことしたと思う。水もろくに飲ませず、走り回らせたのによく頑張ってくれた。足が折れていないことを願うばかりだ。
私は目だけを動かして、周囲を確認した。
とりあえず見える範囲で、落馬したのは私だけらしい。他の馬も限界だろうに、運良くもっている。それはいいことなのだが、ちょっとだけ腹立たしい。
そもそも『恩寵』が不公平なのだ。
周りにいる人には幸運や好調を授けるのに、私には何も与えてくれない。私自身は人並み程度に幸運で、普通に不運なだけなのだが、周りが幸運であるため、相対的に私がドジを踏んでいるように見える。
時間と共に落馬の痛みが引き、体が少し動く。なんとか身を起こして、再度周りを見る。
後方を見ると赤銅色の体色をした魔族が、私の名前を叫びながら走ってくる。おそらく敵の指揮官だろうが、魔族に名前を呼ばれるとは、なんだか不思議な気分だった。
反対側を見ると、私の落馬に気付いたアルやレイ、そして兵士の全員が戻ってくる。
「馬鹿、戻るな!」
私は手を伸ばして叫んだ。
敵の方が早い。もう間に合わない。戻ればアルやレイ達も敵に捕捉される。私の馬が倒れたように、皆の馬が限界だ。馬が潰れる前にこの場所を離脱することこそ正解だった。
「ロメ隊長! 今行きます!」
「ロメリア様! ロメリア様!」
だがアルとレイ、そして兵士達は宝物を落としたような顔をして戻ってくる。
私に迫る魔族が剣を振り上げる。やはり向こうの方が早い。これは死ぬ。
どうしようもない死の状況が見えてしまった時、視界の端に何かが見えた。
剣を掲げる魔族の左後方から、一頭の馬が駆けてくる。その背中には一人の女性が乗っていた。髪を後ろにまとめ、白い衣と王妃を示す宝冠を戴くその顔は、かつての仲間である聖女エリザベートに見えた。
もちろん幻覚に決まっている。落馬の際に、頭を打ったことが原因だろう。今や王妃となったエリザベートが、私を助けに来るはずがないからだ。
しかし幻覚のエリザベートは、真っ直ぐ私を見据え、馬から身を乗り出し、右手を差し伸べていた。私は右手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めた。幻覚に手を伸ばしても意味はないと思ったからだ。
「ロメリア! 来い!」
だが幻覚に一喝され、反射的に右手を伸ばした。
目の前では魔族の刃が迫る中、私が伸ばした右手を幻覚のエリザベートが掴む。
幻覚は力強く私を引き寄せ、死の刃から救い出した。
「エッ、エリザベート?」
私は馬にしがみ付きながら、エリザベートを見た。
もう幻覚とは思えなかった。目の前にあるのは現実だ。しかしそれでも信じられなかった。
「ロメリア、無事?」
エリザベートが振り返り私を見ると、なぜか驚いていた。
そういえば先程から左頬が熱い。どうやら敵の刃がかすめていたようだ。だが喋れるし、目も無事。大した傷じゃない。
私は馬の背をよじ登り、エリザベートの後ろに跨がる。
「エリザベート、貴方どうしてここに?」
私が改めて尋ねると、エリザベートは何とも微妙な顔をした。
「それは……まぁ、アンタの泣き顔を見たかったから。かな?」
なんだそれはと思ったが、今は口論などしている暇がなかった。何せ周囲には魔王軍の兵士が残っているのだ。
「エリザベート。来てくれたのはうれしいけれど、早く逃げよう」
私はすぐにこの場を離れるように言った。
エリザベートが来てくれたおかげでなんとか助かったが、アルやレイ、兵士達は私を助けるために戻ってきてしまっている。
このままでは再度戦闘となる。しかも指揮も陣形もない状態でぶつかるから、血みどろの乱戦となり、勝敗や生死は単純な運任せになってしまう。
「はぁ? 何を言ってるの?」
私が危険性を指摘すると、エリザベートは振り向きながら呆れた顔を見せた。
「私が一人で来ているわけがないでしょ」
エリザベートの視線が、私の後ろに注がれる。私も振り向くと、そこには何人もの騎兵が疾走していた。それもただの騎兵ではない。全員が煌びやかな鎧を身に着け、大きな馬に跨がっていた。掲げられた旗を見ると、真紅の布に獅子が描かれている。王家直属の親衛隊だ。
千人にも及ぶ親衛隊の騎兵部隊が、私を追撃して来た魔王軍に襲い掛かった。
陣形もない状況で、多勢の騎兵突撃を受けては魔王軍の精鋭とはいえ、ひとたまりもなかった。私達を苦しめていた魔王軍は次々と討ち取られ、殲滅されていった。
「初めは五千人で来ていたんだけれどね、バラドの森で足止めされそうだったから、騎兵だけで森を迂回して、隘路からやって来たの。残り四千人はバラドの森を抜けてくるから、そのうち合流出来るでしょう。まぁ、急いで合流する必要はなさそうだけど」
前にいるエリザベートが教えてくれる。しかし王国の討伐軍が来るかもしれないと思ってはいたが、まさかエリザベートが親衛隊を率いてやって来るとは思わなかった。
「ロメ隊長、無事ですか!」
「ロメリア様! お怪我は?」
私にアルやレイが駆け寄り、カシュー守備隊が集う。さらに親衛隊の将軍や隊長と思しき人達も、エリザベートの周囲を固める。
「ロメリアァァァァ!」
安堵の息をつく私に、戦場を貫く声が聞こえた。目を向けると、私の頬を斬り裂いた魔族が、剣を片手に憎悪の目で私を睨んでいる。
敵の姿に、アルやレイ、そして親衛隊が即座に周囲を固める。
アル達や親衛隊に囲まれた魔族は、それでもなお不敵に笑った。
「イナイテッワオダマ、ハイカタタ。ルイテッマヲノルクガエマオ、デコソノクゴジ」
魔族の指揮官は、私に剣を突き付けながら、彼らの言語であるエノルク語で話す。
周りにいる親衛隊の兵士達が、討ち取ろうと動くが、その前に赤銅色の魔族は手に持つ剣を自らの首に当てた。
「ヨミトクト、ヲマザニシノクゾマラレワ」
私を追いかけてきた魔族は、笑いながら剣を引いて、自らの首を自分の手で斬り落とした。
笑ったままの首が宙を飛び、私とエリザベートの前に転がる。胴体からは血が噴水のように飛び出し、雨となって降り注いだ。
「なんて言ったの?」
エリザベートが背後の私を見る。
私が魔族の言語、エノルク語を話せることを知る者は少ない。だがエリザベートは、どうせアンタのことだから分かるんでしょと、当然のような目で見ている。
「戦いはまだ終わっていないって」
私は敵が話した一部だけを伝えた。
今日はマンガドア様でロメリア戦記が更新される予定なので、ぜひ見てください。
アル達の戦いの行方はいかに?!




