第二十六話 セメド砦の悲劇
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太陽が地平線に差しかかり、砦を攻めていた魔王軍の兵士達が後退していく。
私は鈴蘭の旗の下で、大きく息を吐いた。
結果を見れば砦を守りきれたが、敵将の采配は際立っており、辛勝と言ったところだ。
「大丈夫ですか? ロメリア様?」
傍らにいた隻腕のメリルが、私を気遣ってくれる。本当は座り込みたいぐらい疲弊していたが、兵士の手前疲れている姿を見せることが出来なかった。
「ええ、大丈夫です。貴方達も、よく働いてくれましたね」
私は周囲で護衛してくれたメリル、シュロー、レットを見る。
三人は戦いの最中、楼閣の上を走り回り、私が出した命令を兵士達に伝えてくれた。
「いえ、私達はアルやレイのように敵を倒せず、何も出来ませんでした」
「シュローそんなことはありません。それは間違いです」
私はシュローの考え違いを否定した。
「私は貴方達を信頼しています。貴方達なら安心して仕事を任せられる。だからずっと手元に置いておきたい。三人共、これからも私を支えてください」
「ロメリア様」
私の言葉にレット達が俯き涙を零す。
三人は死に場所を探しているが、私にとって三人はかけがえのない戦力だ。本人達の満足のために、使い捨てにするつもりはない。
三人が涙をぬぐっていると、そこに元気な声が飛び込んできた。
「ロメ隊長! お疲れ様で〜す!」
一日中戦い通したというのに、アルが楼閣を駆け上がってくる。
「おっと、俺が一番乗りか? レイに勝った!」
アルが、訳の分からない競争の勝利を誇る。
「もう来ているよ、二番目」
頭上から声が降り注ぎ、見上げると楼閣の屋根にレイが腰を掛けていた。どうやら宙を飛びやって来たらしい。
「飛ぶのはズルだ。ちゃんと階段を登れ、そうすれば俺が勝った」
何を争っているのか、アルが口をとがらせる。
「喧嘩はやめなさい。それより二人共、よく頑張ってくれましたね」
私はアルとレイも忘れずに労う。アルが正面から来る敵を押し返し、レイが西の敵を跳躍攻撃で阻んでくれたおかげでだいぶやりやすかった。
「それほどでも。と言いたいところですが、この砦守りやすいですね。ここで粘り続ければ、敵を殲滅出来るのでは?」
アルが馬鹿げたことを言う。
「出来るわけがないでしょう? 今日一日凌ぐのが精一杯ですよ」
「何故です? この調子なら明日も持ち堪えられそうですけど?」
私の言葉にアルが首を傾げる。
「何故って、井戸がないからですよ。この砦には飲み水がありません」
「え? 井戸ならあるじゃないですか」
アルが楼閣から下を見下ろすと、確かに砦の内部には井戸があった。
「井戸のないところに、砦は作られないでしょう?」
当たり前だと、アルが言う。それはその通りだ。飲み水は防衛拠点では最優先に確保されるものである。井戸のない砦などありえない。しかしこの砦に使える井戸はないのだ。
「あれは枯れています。水は一滴もありません」
私は使える井戸がないことを教えてやった。ここに来て最初に確認したので間違いない。
「アル。貴方知らないのですか? このセメド砦の悲劇を」
私が尋ねると、アルは首を傾げた。
この地名の由来にもなった有名な砦の逸話だが、アルは知らないらしい。
「いいですか、五百年前のことです。救世教会の信徒千人が、蛮族の襲撃に遭いこのセメド砦に立て籠もったのです。堅牢な砦に守られ、信徒達は蛮族の攻撃を跳ね返していたのですが、その時、突如地震が起きたそうです。砦は地震に耐えましたが、地震の後、井戸が枯れてしまったと言われています」
私は、子供の頃に聞いた話をそらんじる。おそらく地震の影響で水脈が変わってしまったのだろう。
「水がなくては戦えません。立て籠った救世教会の信徒達は、哀れ蛮族に皆殺しにされてしまったという悲劇です」
私は目を閉じ、ここで殺された信徒達に黙祷を捧げた。
ちなみに教会の教えでは、砦の中に不信心者が居り、そのせいで神が天罰を下したのだと言われている。しかし不信心者一人のために、地震を起こして他の信徒を殺すなどどう考えてもおかしい。ただの不幸な偶然が信徒たちを死なせたのだ。
「ということで、この砦で持ち堪えることは出来ません。精々守れて一日だけです。私達にとっては、それで十分ですが」
「ああ、だから来る前に水を補給したんですね」
アルが今頃気付く。
森を出る前に小川で給水を行い、馬にもたくさん水を飲ませておいた。一日二日なら水筒の水で何とかしのげる。
「敵の夜襲があるかもしれませんので、交代で休んでください。明日の朝日が昇る頃にはお父様に頼んだ包囲網が完成し、後方のグラン達が来るはずです。それに合わせて私達も攻勢に出ます。各員しっかりと休息を取るように」
私が命令を下すと、アルとレイが頷いた。
しかし、頼みの援軍は、一日経っても二日経っても来なかった。
ロメリアないしょばなし
三十九話でヴェッリが語っているノヴァ王国のハミルカル将軍はカルタゴの雷光ことハンニバルがモデル。
ハミルカルはハンニバルの父の名前。




