第二十五話 廃墟の攻城戦
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「正面! 百、進め!」
ゲルドバの号令の下、正面に配置された百体の兵士が盾を連ねて前進する。
こちらの兵士が前進を開始すると、壁の上に陣取る敵が矢を射かけてくる。幾本もの矢が降り注ぐ。何体かの兵士が矢に貫かれ倒れる。しかし大半は盾で防ぎ、損害は軽微。
「弓兵三射、放て!」
ゲルドバの号令に従い、後方に配置した弓兵が砦に射掛ける。だが壁の上で弓兵を指揮する蒼騎士が槍を振るうと、突如突風が吹き、百近い矢が逸れてしまう。
正面の門に向かって進む兵士は、矢や風に負けじと門にまでたどり着く。だが中に入ろうとした瞬間、開け放たれた門から炎が噴き出し、殺到した兵士達を焼き殺す。
「おのれ、魔法か!」
ゲルドバは突然吹き荒れた突風と、門から吐き出された炎を見て唸る。
敵に魔法兵がいることは分かっていた。二人しかいないようだが、強力な魔法を使う。
一方ゲルドバの部隊に魔法兵はいない。ギャミに奪われてしまった。魔法兵がいればまた違った戦術が取れるのだが、ないものを考えていても仕方がない。
「怯むな! 魔法などそう連発出来るものではない。数で押せ!」
ゲルドバは部下を叱咤する。
「西に百! 崩れた壁を登れ! 東に三十! 南寄りに開いた穴を攻めろ。東にさらに二十! 北寄りに開いた穴を攻撃しろ! さらに東に十! お前達は北寄りの穴を攻撃すると見せかけて、壁に接近した後は、壁に沿って北に回り込み、北の壁をよじ登れ!」
ゲルドバは西を大雑把に攻めて陽動とし、東を本命と見せつつ、北に兵士を回り込ませることにした。
楼閣にいる女から、こちらの動きは丸見えだが、壁にまで近付けば兵士の動きは見えない。安全と思い込んでいる、北からの攻撃は想定していないだろう。
ゲルドバの指示に従い、西からも攻撃が開始され、少し遅れて東からも兵士が進む。
人間共はやはり正面の南と壁が崩れている西に戦力を割り振り、東はそれほど数がいないようだった。しかし開いた穴を守る程度の戦力は配置している。
東の壁に接近したゲルドバの兵士達は、指示通り壁沿いに北に回り込む。
「よし、正面にさらに五十。矢を射掛けろ。注意を引き付けるのだ!」
ゲルドバの命令に、新たに五十の兵士が繰り出され、矢が一斉に放たれる。
今度はこちらの矢が届き、壁の上にいる弓兵が身を隠す。上からの攻撃がなくなったことで、盾に身を隠していた兵士達が一斉に進み、正面の門を突破しようと殺到する。
「ふん、たわいもない。もう落ちそうだ」
門に取りついた兵士達を見て、ゲルドバは笑い。周りにいた兵士達も頷く。
「北からの攻撃を本命としたが、正面からでも落とせそうだな。ギャミがこだわる女というから、どれほどの者かと思ったが、どうということはなかったな」
ゲルドバは側にいる兵士に声を掛けた。
ギャミはこの女を見つけた場合は、必ず報告しろと言っていた。何か考えがあるのだろう。一応発見したと手紙は送っておいたが、騒ぐほどの相手ではない。
「ゲルドバ様。落ちますよ」
兵士の一人が、正面の門にまで接近した兵士達を見る。
門はすでに多数の兵士が取り付き、よく見えないぐらいだ。だが落城間近と固唾を呑んだ瞬間、正面の門で爆発が起き、ゲルドバの兵士達が一斉に吹き飛んだ。
「魔石か!」
突如起きた爆発に、ゲルドバは怒りの声を上げた。
人間共が爆裂する魔道具を使用することは、ゲルドバも知っていた。魔王軍でも似たような物を持っているし、驚くには値しない。だが自分達が守る門もろとも吹き飛ばす奴がいるとは思わなかった。
「怯むな、押せ! 正面はもうがら空きだ!」
ゲルドバは爆発に怯む兵士を叱咤した。
門に接近していた兵士は吹き飛ばされてしまったが、その爆発で門の前に積み上げられていた、柱や石も吹き飛んでいる。かえって攻めやすくなった。
障害物が無くなったことで、ゲルドバの部下達が果敢に攻めるが、その開いた入り口から、炎のような赤い鎧を着た騎士が現れる。
籠城中でありながら、自ら進んで出てきた赤騎士に、ゲルドバの兵士達が一斉に襲い掛かる。だが赤騎士が槍を左右に振るうと、ゲルドバが鍛え上げた兵士達が、紙のようになぎ倒されていく。
「なかなかやるな! 弓だ! 弓で射殺せよ!」
ゲルドバが声を上げ、後方の弓兵が十数本の矢を放つ。だが赤騎士は動じることなく、上から来る矢は身を屈め、低い矢は飛んでかわし、向かい来る矢は槍でもって叩き落とした。
幾本の矢が放たれても赤い騎士にはかすり傷一つなく、周囲の地面に折れた矢が散らばるのみ。
見事な戦いぶりに、兵士達が思わず下がる。
「ええい、何をしておる。お前達はそれでもこのゲルドバの配下か!」
ゲルドバは部下の不甲斐なさに叱咤する。
だがあと一息というところで押し返されはしたが、敵の注意は正面に向いたと言える。本命である北からの攻撃の良い援護と言えた。
ゲルドバは作戦の成功を確信していたが、不意に背筋を寒気が襲った。
急に視線を感じ、ゲルドバが顔を上げると、楼閣に立つ女と目が合った。
笑った?
ゲルドバの目に、楼閣にいる女が微笑んだように見えた。
女との距離は遠く、表情など分かるはずもない。だがゲルドバは相手が笑ったことを確信した。
「しまった! 弓兵が少ない!」
ゲルドバは即座に自分の不覚を悟った。先程からこちらの矢が届き、敵の弓兵を完全に抑えていた。だがよく見れば違う。壁の上にいる敵の弓兵の数が明らかに少ない。
しばらくすると壁の上に動きがあり、減っていた弓兵が壁の上を走り戻ってくる。一方、北の壁を攻撃するように命じていた部下達の気配がない。すでに壁を登り、内部に侵入していてもおかしくはないはずだが、敵に変化がない。おそらく壁を登っている最中に、上から矢を射られたのだろう。
「こ、このゲルドバが、知恵比べであんな小娘に負けたというのか」
兵士の優劣は仕方がないとしても、用兵で上を行かれたことが、ゲルドバは信じられなかった。
「おのれ! 正面は矢を絶やすな、あの赤い騎士を釘付けにしろ。東にさらに五十の兵を送れ! 西は何をしている!」
ゲルドバは叱咤する。ここからでは正面と東しか見えず、西の動きは把握出来ない。だが百も兵士を繰り出して、未だ砦に取りつけないとは思えなかった。
「そ、それが、蒼い騎士が、空から攻撃しています」
西の戦況を伝えに来た兵士が、動揺しながら報告する。
「空からの攻撃だと。何を馬鹿なことを言っている。さらに西に五十だ。あんな穴だらけの砦にいつまでかかっているつもりだ! さっさと突き崩せ!」
ゲルドバは怒鳴り、兵士を叱咤する。
だが日が傾き、夕暮れになってなお、砦を落とすことが出来なかった。
ロメリアないしょばなし
アルとレイがギリエ峡谷で試した戦法は、秀吉の墨俣城と漫画「センゴク」で明智光秀が行っていた殺し間のオマージュ