第二十三話 囮として逃げていたら敵に追い付かれた
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グラハム伯爵領の南にあるバラドの森を、鈴蘭の旗を掲げる騎馬の列が行軍していた。
私は馬で移動しながら、小さくため息をついた。
「お疲れですか? ロメリア様」
私の右隣で、空のように蒼い鎧を着たレイが馬に乗り、ため息をついた私に尋ねる。
「最近は襲撃続きで、夜もゆっくり休めていませんからねぇ、ロメ隊長も辛いでしょう」
左隣からも声が聞こえ、炎のような赤い鎧を身に着けたアルの姿がそこにあった。
確かに私は疲労していた。
ようやく国内の魔王軍の掃討に成功し、同盟軍を解散してカシューに戻っている最中だった。やっとゆっくり出来ると思ったのに、突然グラハム伯爵領に魔王軍が突如出現した。私は一緒に帰還していたカシュー守備隊の面々と共に、魔王軍討伐に向かった。
しかし現在は敵の反撃を受け、騎兵三百人を連れて追われる身だ。魔王軍の追撃を受けてすでに二日。食料も残り少なく、ゆっくり休むことも出来ない日々が続いている。
だが私の疲労は、何も追撃してくる魔王軍の圧力だけではなかった。
「アル、レイ。少し近いのでは? 少し離れなさい」
私は挟むように並走する、アルとレイを見た。二人の息遣いさえ聞こえるほどの至近距離で、圧迫感がものすごく、なんとも息苦しい。
「申し訳ありませんが、そのご命令を聞くわけにはいきませんね、ロメ隊長」
「いかにロメリア様の御命令とはいえ、これ以上離れるつもりはありません」
アルもレイも私の命令を聞く気はないと、頑として譲らなかった。
「もう少し手元に兵力を残してくれれば、ここまで気を遣う必要はなかったんです」
「そうです。せめてロメ隊をもっとこちらに配置していれば」
アルとレイが私の判断を批判する。
確かに現在、私の手元の兵力は少なく、手足となるロメ隊もアルとレイの二人しかいなかった。かつてないほど無防備だが、これが正解なのだ。
「仕方ないでしょう。敵は大軍であれば逃げてしまうのです。長々と追いかけっこをやっていればいたずらに被害が増えるだけ。少数で誘い出し、追撃してくる魔王軍を討つしかありません。そのためには、別動隊を任せたグラン達の戦力を充実させないと」
私は魔王軍の戦術に対する策を語った。
敵と戦いわざと敗れて敗走し、魔王軍を誘い出す。そして後方に配置したグラン達と共に魔王軍を挟撃する。これが私の描いた作戦だ。確実な殲滅のためには、後方の別動隊にこそ戦力を集中させる必要があった。
「グラハム伯爵に手紙を出し、各都市を防衛する兵力を動員して、包囲網を敷くように頼んであるのでしょう? 我々が無理をする必要はないのでは?」
「確かにヴェッリ先生とクインズ先生をお父様の下に送り、包囲網を敷くように依頼しましたが、今回出現した魔王軍は、少数で敵地に潜入してきた精鋭です。一筋縄ではいきません」
レイが無理をする必要はないと言うが、この敵は私達が相手をすべきだ。
「素晴らしい戦術眼で、このまま死んだらただの阿呆ですけど」
アルが憎まれ口を叩く。確かに、偽の敗走をしていて本当に敗北したら、間抜けというほかない。
「私だって死ぬつもりは――」
ありませんと言おうとした時、進む先の木の梢が僅かに動き、一体の魔王軍の兵士が現れる。木の上に潜んでいた兵士は、弓を引いて矢を放った。
私に向かって放たれ矢は眼前にまで迫り、矢尻の形さえはっきりと見える。だがその矢は、目の前を走った銀光の一閃が薙ぎ払った。
目だけを右に向けると、側にいたレイがいつの間にか抜刀していた。神速の刃は目で追うことも叶わず、遅れてやって来た風圧が私の前髪を撫でていく。
「敵! 襲!」
左隣にいたアルは、魔王軍の襲撃を報せながら槍を投げる。投げられた槍は狙い違わず木の上で矢を放った魔族の腹を貫く。
アルの言葉に兵士達が戦闘体勢に入る。ほぼ同時に、森の中に潜んでいた魔王軍の兵士が飛び出す。その数は四体。突如現れた魔族は、全員が私に刃を向ける。
「させるか!」
アルが剣を振るって魔王軍の兵士を斬り捨て、レイが私を守り、決して敵を寄せ付けない。
少数の敵兵士は即座に討ち取られ、味方に被害は出なかった。
「やっぱりこいつら、ロメ隊長を狙っていますね」
アルが剣についた血を振り払いながら、倒した魔族を見下ろす。
「それも今日で三度目です。遅延行動にしては多すぎでは?」
レイが襲撃の多さも言及した。
確かに追撃されてから二日、頻繁に接触を受けている。行軍を遅らせるための襲撃はある程度計算に入れていたが、回数があまりにも多すぎる。これでは襲撃というより、私に対する刺客だった。どうやら魔王軍の中で私は、殺したいほど人気のようだ。
「私達を追いかける理由が増えたのですから、好都合と思いましょう」
私の言葉にアルとレイは顔をしかめる。
「ロメリア様」
後ろから声がして振り向くと、三人の兵士がやってくる。シュロー、レット、メリルの三人だった。
「シュロー、後方はどうですか?」
私は偵察に出していたシュローに、後ろの様子を尋ねる。
「はい、魔王軍は距離を詰めてきています。このままでは今日の昼には追いつかれます」
シュローの報告を聞き頷く。やはり魔王軍はどうあっても私を殺すつもりのようだ。
だがこれは少し問題だった。事前の計画では、あと一日は敵を引きつける予定だった。別動隊のグラン達が追いつくにも時間が必要だし、お父様に頼んだ包囲網もまだ完成していない。
「先程また襲撃を受けたと聞きました。やはり我々も前方警戒に行きましょう」
メリルが後方の見張りではなく、前を守ると提案する。
「いえ、貴方達は後ろをお願いします。敵に追いつかれるかどうかが重要ですので」
私は首を横に振り、メリル達を前に出さないことに決めた。私の身を守ることが第一としたアルとレイも、配置換えには言及しなかった。
私の命令にメリルは顔を歪め、右手で左腕を握った。メリルの右手の先に左腕はなく、短い袖が揺れていた。
この三年の戦いの負傷だ。メリルは傷を負い、左腕を失う大怪我を負った。隣に立つシュローは左足がなく、義足を付けている。レットも両の手首を失い、義手を装着していた。
本来なら年金を受け取り、後方で兵士の育成でもしてもらいたいのだが、シュロー達は戦場から離れることをよしとせず、義手義足を装着して、私に付いて来てくれている。
「ロメリア様。我々も戦えます。どうか兵士として仕事をください」
両手が義手のレットが膝をついて懇願する。レットの義手には刃が仕込まれてあり、常に敵を倒す心構えは出来ていることは知っている。
「いいえ、ダメです」
私はレットの懇願にも首を横に振った。
「しかし! 私達は!」
シュローが食い下がるが、私は冷たい目で三人を見た。
私の視線を受けて、シュロー達は何も言えなくなり、引き下がっていった。
「ロメ隊長」
一部始終を見ていたアルが私に声を掛けるが、私はそれ以上言わせるつもりはなく、ひと睨みして黙らせた。
シュローやアルが言わんとすることは分かる。兵士として死にたいのだろう。指揮官としては、彼らに死に場所を与えてやるべきなのかもしれない。
だがそれは兵卒の思考で、男の考え方だ。かっこよく戦ってかっこよく死ぬ。男の人はそれで笑って死ねるのかもしれないが、私は違う。せっかく拾った命をむざむざ散らせるなど馬鹿のすることだ。
私は彼らがどれほど望もうと、楽な死を与えるつもりはなかった。
「……進みますよ。しばらく進めば小川があるはずです。そこで小休止します。馬にたっぷりと水を飲ませ、水筒の水を補給しておいてください。そのあとはバラドの森を出ます」
「森を出た後はどうするので? 予定ではあと一日は時間を稼ぐ必要があるんですよね?」
アルが今後の予定を尋ねる。
当初の予定では、バラドの森を抜けた先にあるセメド荒野で魔王軍を待ち受け、挟撃する予定だった。しかし敵に追いつかれてしまった。あと一日をなんとかして稼がなければいけないが、正面からぶつかれば敗北は必至だ。
「では、遺跡めぐりといきましょうか」
私の言葉に、アルとレイは顔を見合わせた。
ロメリアないしょばなし
登場人物名前の由来
アルビオン ガンダムに出て来る強襲揚陸艇から
レイヴァン 映画「トップガン」でトム・クルーズが愛用していたサングラスメーカ、レイバンから
ゼルギス 濁点の多い字にしようと考えて付けた
ガリオス 同じく濁点が多いあと雄とつけたら男度が上がるかと思って
ギャミ これも濁点縛り、ドラクエⅤの敵ボスからも引用
カシュー地方 ロードス島戦記砂漠の王国フレイムの初代国王




