第二十二話 王妃の強行軍
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読者の皆様のおかげで、コミック版ロメリア戦記の売り上げが好調のようで、原作者として嬉しい限りです。
これからもロメリア戦記をよろしくお願いいたします。
魔王軍の出現の報告があった二日後、エリザベートは親衛隊で構成された騎兵千人、歩兵四千人を率いて東へと軍を進めていた。そして行軍すること五日、グラハム伯爵領に入り、日も暮れたということで野営することとなった。
慣れない環境に、エリザベートは馬車の中でため息をついた。
せめて愛しい我が子であるアレンとアレルの顔を見ることが出来れば、この疲れも吹き飛ぶのだが、危険な戦場に子供を連れて行くわけにはいかなかった。
愛しい我が子に会えないことにもう一度ため息をつくと、馬車の扉が軽くノックされた。
「王妃様。ギュネス将軍が軍議を開くとのことです。ご出席願えますでしょうか?」
親衛隊の兵士が、軍議の開始を告げた。エリザベートは馬車を降り、先程設営された天幕の中へと入る。
天幕には机が置かれ、その周囲には壮麗な鎧を着た親衛隊の騎士達が揃っていた。
上座の右側に立っているのが、この部隊の実質的指揮官であるギュネス将軍だ。将軍の右隣りにいるのが重装歩兵部隊を率いるレドレ千人隊長、そのさらに隣がバーンズ副隊長。そしてギュネス将軍達の対面に立つのが、主力とも言える重装騎兵部隊を率いるコスター千人隊長とセルゲイ副隊長だ。さらに魔法兵を多く抱えるスローン千人隊長、弓兵部隊を主力とするルイボ千人隊長、機動力のある軽歩兵を率いるフレド千人隊長が並んでいた。
エリザベートの姿を見て、将軍と隊長達が一斉に頭を垂れる。
彼らは王家に忠誠を誓う親衛隊だが、それ以上に、エリザベートに厚い忠誠を寄せていた。ここにいる殆どの者が、エリザベートに取り立ててもらった者達だからだ。
当初は親衛隊からザリア将軍の影響力を排除するための人事だったが、このような形で功を奏するとは思わなかった。
「皆の者、楽にしてよい。ではギュネス将軍、軍議を始めよ」
エリザベートが上座に置かれた椅子に座り声を掛けると、ギュネス将軍が頷く。
「まずは現在分かっている状況を、レドレ」
ギュネス将軍が、レドレ千人隊長に報告を促す。
「はい、グラハム伯爵領に入り込んだ魔王軍は五百体程との報告が入ってきております。南方のフラム地方を侵している魔王軍も、同程度であるとの報告が届きました。国内に入り込んだ魔王軍の総勢は千体と考えられます」
レドレ千人隊長は、机の上に広げられた地図に、魔王軍を示す駒を置く。
「南方は陛下に任せるとして、グラハム伯爵はどのように対応しているのです?」
レドレの報告に頷いた後、エリザベートは尋ねる。
「はっ、当初は討伐部隊を送り込んだようです。ですが王妃様の推測通り、討伐部隊を見るや魔王軍は分散して逃走し、その多くを逃がしました。包囲網を敷こうとすると、魔王軍は集結し、手薄なところを破られ、逆に被害を増やしたとのことです」
レドレの報告を聞いて、エリザベートは唸った。
予想していたことだが、魔王軍は一番厄介な戦法を選択してきた。やっていることは野盗のそれと変わらないが、統率が取れ、計算された行動をする野盗だ。
「それで、レドレ千人隊長。グラハム伯爵はその後どう対応したのです?」
「はい、王妃様。グラハム伯爵は討伐を諦め、守備兵を各地に分散して、被害を防いでいるようです」
「堅実な一手ね。それで、ロメリアはどう動いている?」
エリザベートは肝心なことを尋ねた。
王都を出陣してから入ってきた情報だが、魔王軍がこの国に出現した時、ロメリアはすでに同盟軍を解散し、ロメリア騎士団を率いてカシューに帰還している最中だった。
帰郷の途中でグラハム伯爵領に魔王軍が出現したことを知ったロメリアは、ロメリア騎士団千人程を率いて魔王軍の討伐に向かったと報告が入っている。
「はい、討伐に向かったロメリア騎士団ですが、魔王軍を取り逃がしたそうです。ただ――」
「どうした? 早く申せ」
言葉を区切ったレドレに、エリザベートが続きを問う。
「魔王軍を取り逃がしたロメリア騎士団は部隊を分け、大部分を周辺の村や都市の防衛に当てたようです。そして自身は三百人程の部隊を率いて、魔王軍を追撃したようです」
レドレの報告に、エリザベートだけではなく聞いていたギュネス将軍も驚いていた。
「本当か? 信じられぬ。魔王軍は五百体だぞ。それでは逆に殲滅されてしまう」
ロメリアの暴挙ともいえる行動に、ギュネス将軍が首を横に振る。
「はい、実際その通りです。追撃を仕掛けた後、集結した魔王軍の攻撃を受けた模様です。現在は逆に追撃されており、グラハム領の南にあるバラドと呼ばれる森の中を逃走中のようです」
レドレ千人隊長は、バラドの森と書かれた地図の上にロメリア騎士団を示す白い駒を置き、その後ろに魔王軍を示す黒い駒を置いた。ロメリアが進む先にはセメド荒野が広がっている。
「ロメリア嬢は、戦術もろくに知らないようだ」
ギュネス将軍が敗走するロメリアを鼻で笑った。
「王妃様、どうされますか? 行軍を急ぐべきでしょうか?」
ギュネス将軍がエリザベートを見る。居並ぶ隊長達も問う瞳で見る。
急げばロメリアの救出に間に合うかもしれない。しかしわざと遅れ、ロメリアが魔王軍に討たれるのを待つことも出来る。
確かに魅力的な提案である。だが彼らは戦局を、ロメリアという女を読み違えている。
「いいえ、急いだほうが良いでしょう。ロメリアが魔王軍を倒してしまう前に到着しないと、一体何のために我々が出陣したのか、分からなくなりますから」
「ロメリア騎士団が魔王軍を倒す? ですか?」
エリザベートの言葉に、ギュネス将軍は首を傾げんばかりだった。
「ロメリアの敗走ですが、わざと負けて追わせているのですよ。今回の敵の厄介なところは、追いかければ分散して逃げるところです。しかし今は逆に、集結して追いかけている」
エリザベートの言葉を聞き、ギュネス将軍と隊長達がはっとする。
「今頃魔王軍の背中を、分散させたロメリアの部隊が集結して追いかけていることでしょう。さらにグラハム伯爵領の部隊を動員し、周囲に包囲網を築いているはずです。魔王軍は追いかけているつもりですが、頭から罠に入っているだけです」
エリザベートの説明を聞き、ギュネス将軍や隊長が唸る。
「ロメリア伯爵令嬢は、そこまでの戦術眼を持っているのですか!」
「あの子の考えそうなことよ」
エリザベートは言いながら過去のことを思いだした。
魔王討伐の旅をしていた最中のロメリアはそうだった。とにかく効率重視、実現可能な最速の方法をまず模索する。その行動は大胆にして合理的。窮地になればなるほど、よほど大胆に行動する。それがロメリアだ。おそらくセメド荒野で魔王軍を待ち構え、挟撃するつもりだろう。
「ロメリアが敵を倒してしまう前に追い付かなければ、我々も急ぎましょう。私も騎乗して付いて行きます」
エリザベートは、自身も馬に乗ることを宣言する。
周りは止めたがエリザベートは譲らず、強行軍が決定した。
ロメリアないしょばなし
登場人物名前の由来
アンリ王
ファイアーエムブレムに名前だけ登場する悲劇の英雄から
エリザベート、エカテリーナ、呂姫
世界三大悪女から。ただ呂后は王妃でもないしということで姫にした
クインズ先生
経済学者ケインズから
ヴェッリ先生
君主論の著者マキュヴェリから