第十九話 標的
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戦わせろと叫ぶガリオスに、ガニスは呆れるほかなかった。
最強無敵、魔王の椅子に最も近い存在でありながら、ガリオスは子供のようなところがある。ガリオスを竜と例えたギャミ自身も子供のようにあしらい、視線をゲルドバに向けた。
「さて、ゲルドバ様。ガリオス閣下もこのように言っておられますので、貴方にも私が考えた作戦に、ご助力お願いしたい」
「……俺に何をしろというのだ?」
ギャミのことは嫌いだが、聞くしかない状況にゲルドバは苛立ちながらも尋ねた。
そこでギャミは敵地に侵入し、敵と戦わずに敵の食料供給地や生産施設を襲撃する、浸透戦術を披露した。
「面白い作戦だな。確かに我らなら可能かもしれん。だが我々を見捨てないという保証は? 作戦を遂行した後、邪魔な我らを敵地に置き去りにしない保証はどこにある?」
投獄されていたゲルドバは、自分が危険分子と認識されていることを理解していた。用済みとなった後、使い捨てにされないように警戒することは、当然の懸念と言えた。
「保証に関しては、私を信じて……とはいきませんか?」
「もちろん信じない。世界の全てを信じたとしても、お前だけは信じない」
ギャミの言葉に、ゲルドバはつまらなそうに答えた。
これにはガニスも笑うほかなかった。
悪魔の口先を持って生まれたようなギャミを、信じることなど天使だって出来まい。
「やれやれ、信用がありませぬなぁ。ではガリオス閣下を信じていただきましょう」
ギャミは隣にいる巨体を見た。
特務参謀だけではなく、ゲルドバとガニスの視線を集めたガリオスは、難しい話は分からんと酒を飲んでいた。
「作戦が遂行される限り、決してゲルドバ様を見捨てない。この約束を閣下の名の下で結ばせていただきます。私が約束を履行しなければ、ガリオス閣下に訴えてください。閣下、私が約束を破れば、どうなされますか?」
「ん? そりゃゲンコツだ。嘘つくような奴はこれにかぎるだろ」
ガリオスが拳を握り締めた。自慢の拳はギャミの頭部よりも大きく。小柄なギャミがその拳を受ければ、卵のように潰されてしまうだろう。
「……なるほど、お前の言葉など信用出来ぬが、閣下が保証するとなれば話は別だ」
ゲルドバは頷いた。ガリオスは嘘をつかない。最強の力を持ち、どんな時でも自分の意志を通せるガリオスは、嘘をつく必要がないからだ。
「ガリオス閣下の名の下に、お前の約束を信じよう。ではその見返りは? お前の言う通りに戦えば、そのあとで何をくれるというのだ? 城の一つでもくれるのか?」
ゲルドバは報酬の話に移った。
城を寄越せとはなかなかに強請ってくる。しかしそれだけ危険な作戦でもある。
「城などとセコいことは言いません。国を一つ差し上げましょう」
その言葉はゲルドバだけでなく、聞いていたガニスも驚いた。驚かなかったのは話に飽きて酒を飲んでいるガリオスだけだ。
「国? 国だと?」
「はい、人間共の国々を荒らし回って下されば、ゲルドバ様とその軍隊には、報酬として所領を与え、その統治の一切をお任せいたします。これでいかがですか?」
驚くゲルドバに、ギャミは言質を与えてしまう。
「ちょっと待て! そのような話、聞いていないぞ!」
ローバーンを預かるガニスにも、これは寝耳に水の話だった。
「ええ、もちろんです。国を与える許可など、ローバーン長官には出せないでしょう?」
ギャミはガニスの権限ではないと話す。
「確かにそうだが。だがそんな権限は貴様にもなかろう。それが出来るのは、魔王様だけだ」
ガニスはギャミの越権行為を追及した。いくらローバーンを救うためとはいえ、これは許されることではない。
「いいえ、権限ならあります。これをご覧ください」
ギャミはこともなげに言い、一枚の書状を手渡した。
書状内容を見てガニスは驚く。そこには恐るべきことが書かれていた。
「全権、委任、状だと!」
それは魔王様直筆の全権委任状だった。玉璽の押印もされた本物の書状だった。
「馬鹿な! なぜこんなものが。ギャミお前は、これを魔王様から頂いたというのか?」
「はい、もう十何年も前のことになりますが、遠征の前日に魔王様直々に頂きました」
「馬鹿な! どうしてこんなものを魔王様は!」
ガニスは信じられなかった。本国の目の届かぬところにこのような書状があれば、指揮系統が混乱して争いの種になってしまう。
「魔王様は私を信頼して渡されましたが、さて、どうですかな? 私の勝手な想像でございますが、これと同じ物があと六枚出てきても、私は驚きませんよ」
ギャミの言葉に、ガニスは落雷に打たれた気持ちだった。
もし魔王が六体の大将軍にも同じような書状を与えていれば、大将軍達は自分こそが魔王の信任を受けたと、争ったに違いない。魔王は大将軍達を潰し合わせる計画を練っていたのだ。
「まぁ、魔王様の思惑はさておき、ここにこれがある以上、私には権限があります。もちろんガニス長官や、他の将軍の方々を蔑ろにするつもりはありませんが、作戦のための許可はいただきたい。よろしいですかな?」
ギャミの言葉に、ガニスは仕方なく頷いた。
「と、いうことです。ゲルドバ様。これでいかがですかな?」
「……お前達の事情など知らないが、報酬は国一つか。悪くはない」
ゲルドバは提示された報酬に満足していた。
「で、我らは後方の撹乱と破壊工作をすればよいのだな」
ゲルドバは作戦の目的を再確認する。
「はい、ただ、攪乱ついでに人類の戦力を削っていただきたい。特に有力な将軍などを始末していただければ、願ったり叶ったりでございます」
ギャミの言葉にガニスは頷いた。
強力な将軍の首は、千人の兵士に匹敵する。特にいち早く危険を察知し、行動に出るような指揮官は早めに始末したい。
「私が作った地図と一緒にこちらの人相書きをお持ちください。殺しておきたい人間共です」
ギャミが紙の束を渡す。
「人類の戦力を削りたいのは分かるが、数の少ない我らにそれをしろと言うのか?」
ゲルドバが目を細める。
勇猛果敢ではあるが、ゲルドバは馬鹿ではない。ギャミがついでのように付け加えた要求に対して、軽はずみな返事はしなかった。
「もちろん人類の戦力を削るための策は、別に用意するつもりです。ただ、その人相書きの中にいる人物を見つけた場合はご連絡を。倒せとは言いませんが、引き付けていただければ賞金を出します。またゲルドバ様が首を取られた場合は、賞金は倍額お支払いしましょう。これでどうですかな?」
「……まぁいいだろう」
賞金と聞き、ゲルドバは頷いて人相書きを確認する。
「ん? 女も入っているのか?」
人相書きを見ていたゲルドバが手を止め、一枚の紙を見せる。
確かに、そこには人間の女の顔が描かれていた。
「ええ、その女は特に殺しておきたいものです。見かけた場合は、事前の計画を無視してでもその首を取る方向で動いていただきたい」
「そんなに危険な女なのか?」
ゲルドバが顔をしかめる。その人相書きを見て、ガニスも首をひねった。確かに強そうにはとても見えない。
ロメリア・フォン・グラハム。
人相書きの下には、女の名前が書かれていた。