第十八話 監獄の酒宴
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兵士の報告を聞き、ガニスは守備隊五千体を引き連れて、即座にダリアン監獄に急行した。
ダリアン監獄に囚われている囚人の数は二千体程。数の上ではガニス達が優っているが、油断は出来なかった。ダリアン監獄に捕えられているゲルドバとその部下達は精鋭揃い。かき集めた守備隊五千体では少々心もとなかった。
ガニスは馬を走らせ、ローバーンの郊外に建てられた巨大な円筒状の監獄に到着した。そして兵を率い監獄へと突入する。
ガニスは看守達が殺され、血みどろとなった状況を予想したが、監獄の前にある広場では、驚くべき光景が広がっていた。
「なっ、なんだ、これは!」
ガニスはただ驚きの声を上げた。監獄の広場では、なんと酒宴が開かれていた。
解放された囚人達が酒樽を前に酒を酌み交わし、笑いあっていた。酒盛りの中には監獄を守るべき看守達の姿もあった。すでにだいぶ酒が回っているのか、あちこちで高笑いが聞こえ、腕相撲や取っ組み合いでの力比べが行われている。
完全装備のガニス達が絶句していると、乱痴気騒ぎの中で、一際大きな声が聞こえた。雷鳴のような笑い声の方向を見ると、そこには声以上に大きな存在がいた。
座っていてなお山脈の如き巨体を誇り、その巨躯から発せられる存在感は、幾多の魔族に囲まれても隠れることがなかった。この男こそ、ダリアン監獄を開いたガリオスであった。
「ガ、ガリオス閣下! これは一体!」
「おお、ガニスじゃん」
ガニスが樽で酒を飲むガリオスに近寄ると、事件の犯人は気さくな声を上げた。
「どうしたんだ? お前らも飲むか? 飲んで行けよ、な」
完全武装したガニス達を見ても、ガリオスは一向に気にせず酒を勧めた。
「あっ、いえ、はい」
酒を勧められ、ガニスは断れず、杯を受け取るしかなかった。
ガリオスは亡き魔王の実弟であり、その立場はガニスを、いや、魔王軍さえも超えていると言ってもよかった。しかし高貴な出自でありながら、誰とでも対等に付き合う器の大きさがあり、その巨体と相まって不思議な魅力となっていた。
「なぁ、ゲルドバ。こいつら混ぜてやっても別にいいよな」
ガリオスが視線を前に向けると、その先には酒杯を掲げる巨躯の魔族がいた。
赤銅色の体色を持つその魔族は、体中に傷が刻まれ、幾多の戦場を潜り抜けた証となっていた。この魔族こそ、ダリアン監獄最強の囚人であるゲルドバであった。
ゲルドバを見て、ガニスは持っていた槍を握りしめた。ゲルドバも杯を片手に腰を浮かす。
一瞬の膠着。だが先に緊張状態を解いたのは、驚くことにゲルドバだった。
「ふん、やらぬよ。我らを解放したガリオス閣下の顔もあるしな」
ゲルドバは上げかけた腰を下ろし、手に持っていた杯を飲み干す。無頼の徒であるゲルドバだが、ガリオスには敬意を払っていた。
「おっ、なんだ、やらねーの? やるんだったら俺が両方を相手したのに」
戦いをやめた二人に対して、ガリオスがあけすけにものを言う。
五千体の兵士を率いるガニスと、魔王にも弓を引いたゲルドバを相手に、ガリオスは一歩も引かないどころか笑っていた。
だがそれは虚勢ではない。ガリオスがその気になれば、ここにいる全員でかかっても、勝てないかもしれなかった。その力は魔王も認めるほどであり、間違いなく魔王軍最強の男。魔王亡き今、血筋と実力、どれをとっても魔王にふさわしい男と言えた。
「さすがガリオス閣下。敵わぬなぁ。閣下が王となり仕切るのなら、軍門に下ってもいい」
ゲルドバは、ガリオスに敬意の眼差しを見せていた。ガニスもガリオスを見る。
野心高きゲルドバも、ガリオスの実力を認めている。やはり今の魔王軍をまとめられるのはこの男しかいないだろう。だが――。
「それは、やめたほうがよろしいですなぁ」
しわがれた笑い声がこだましたかと思うと、杖をつく矮躯が現れた。ギャミである。
「貴様! ギャミか! この魔族の恥さらし、魔王軍の血を吸う寄生虫め!」
ギャミの姿を見るなり、ゲルドバが顔を歪めて吐き捨てた。
「これはゲルドバ様。お久しぶりです。お変わりないようで、いえ、少し太られましたか?」
ギャミは自分で監獄に放り込んでおいて、のうのうと言い放つ。
「貴様! この俺を罠に嵌めた恨み、忘れてはおらぬぞ」
武勇猛々しいゲルドバは、実力の無い者を認めない。小賢しい策を張り巡らすギャミを、最も嫌っていた。今にも掴みかからんばかりの勢いだ。
ガニスは立場上ギャミを守らなければいけないが、内心ではゲルドバと同意見だった。
「ガリオス閣下! 閣下ほどのお方が、なぜギャミのような者を側に置くのです」
ゲルドバは理解不能だと首を横に振った。
それは魔王軍でも大きな謎とされていた。ギャミは杖をつく姿の通り、純粋な力では兵士どころか、そこらの子供にも負けるだろう。頭だけが頼りの男である。
そんなギャミを相手に、怪力無双にして勇猛果敢、竜の生まれ変わりとも言われているガリオスとでは、あまりにも不釣り合いと言えた。しかしこの二体、なぜかよく一緒にいるのだ。
「ガリオス閣下は、この男に利用されているのです」
ゲルドバがギャミに指を突きつける。するとギャミは笑った。
「慧眼慧眼。まさしくその通りでございます。私はいつもガリオス閣下を利用しております」
ギャミはガリオスの目の前で、利用していることを公言した。
「ガリオス閣下。いつも利用されていただき、ありがとうございます」
抜け抜けと言い放ち、ギャミは自身の数十倍もあるガリオスに頭を下げる。
「ん? ああ、いいよ別に。俺も利用しているし」
ガリオスは怒りもせずギャミを許した。
「さすがはガリオス閣下。器が大きすぎて、私など丸ごと入ってしまいますな」
ギャミが笑い、ゲルドバを見た。
「ところで先程のお話ですが、ガリオス閣下を王に担ぎ上げるということですが、それはおやめになったほうがよろしいかと。このお方は竜の生まれ変わりにございます。竜を担ぎ上げることなど誰にも叶いますまい。せいぜい私のような小虫が利用するのみ。ねぇ閣下。もしローバーンの全軍を自由に動かせるとしたら、閣下はどうなさいます?」
「ん? 決まってるだろ、全軍で強そうな国を片っ端から攻めて回る。勝ったらすぐに次の国を狙う。人間共の国がなくなるまで続ける」
計画性というものを完全に投げ捨てたガリオスの発言に、ギャミが笑い、ガニスは唸った。王に担ぐと話したゲルドバも、これには閉口する。
「大丈夫だ。俺が先頭に立てば、国の一つや二つ、簡単に取れる」
「ええ、そうでございましょうねぇ、閣下以外は全員が死ぬと思いますが」
あっけらかんと話すガリオスに、ギャミも笑いながら答える。
「なんだよ、死ぬことを恐れていて戦士とは言えねーだろ。もっと俺を戦わせろ、お前に利用されてやるから、強い敵を俺に寄越せ」
「はいはい、この作戦がうまくいけば、強い敵と戦えるでしょう」
ギャミはガリオスを竜に例えながらも、子供のようにあしらった。
昨日のコミックス発売記念に今日も投稿
日付が変わるころに、もう一話投稿する予定です




