第十七話 ダリアン監獄
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敵と交戦せず、後方の生産拠点を叩くと言う、これまでになかった新たな戦術を披露したギャミに対し、ローバーン鎮守府長官のガニスは素直に感心した。
嫌がらせにしては悪くないだろう。決定打にはならないが、人間共が反攻に出るのを、幾分か遅らせることが出来そうだった。
「だが侵入するにしても、どの部隊を送り込むと言うのだ」
ガニスは送り込む部隊がないことを挙げた。
敵地に潜入するのだから、生きて帰れる保証はない。それにギャミが言った戦術をとるのならば、部隊は少数に分散し、事前に決められた場所で再集結することになる。部隊を預かる指揮官には、高い独立性と高度な作戦遂行能力が求められる。これは熟練の精鋭部隊でなければ遂行出来ない作戦だ。
「時間を稼ぐ必要は分かるが、そのために精鋭は投入出来ぬ」
ガニスは首を横に振った。
戦力を充実させるための時間稼ぎに、精鋭を使っていては本末転倒だからだ。
「分かっております。であればこそ、皆様を招集したのです。今回の作戦のためにダリアンの監獄を開ける許可をいただきたい」
ギャミの発言に、会議室はにわかに騒がしくなった。居並ぶ幹部達がざわつき、中には恐ろしさのあまり息を呑む者もいた。
「ダリアン監獄を開けるだと! 貴様、ゲルドバ将軍を解き放つというのか! それがどれだけ危険な事か分かっていないのか!」
ガニスとしても到底許容出来ず、驚きと怒りのあまり席を立った。
魔王軍大陸侵略軍は魔族の版図を広げるためのものだが、一方で反乱を起こす可能性がある危険分子の魔族を、本国から遠ざける意味合いもあったのだ。
特にダリアン監獄に囚われているゲルドバは、魔王も手を焼いたほどの男。あの者を解き放てば、下手をすればローバーンが戦火に晒されるかもしれなかった。
「もちろん危険は承知しております。監獄にいるゲルドバ様を捕らえたのは私ですから」
ギャミの言葉に、ガニスは黙るほかなかった。
三年前に魔王の死の噂が広がった時、ギャミがまず行ったのが、不穏分子の逮捕だった。
ギャミの行動は素早く、ゲルドバ達が反乱の計画を練る前に捕縛し、その殆どを捕らえた。もしギャミの行動が遅ければ、ローバーンはゲルドバの手に落ちていたかもしれない。誰よりもゲルドバの危険性を理解しているのがギャミと言えた。
「確かに危険な連中ではございますが、浸透戦術を遂行する能力は保持しております」
ギャミは、自ら捕らえた者達の危険性を理解しつつも、その実力を高く評価していた。
「確かに連中は精鋭だ。だが、危険ではないか?」
「もちろん危険ではあります。ですが現在、同じ魔族同士で殺し合っている余裕はありません。かといってダリアン監獄に捕らえ続けるわけにもいきません。人間共が攻めてきた時に、連中に脱獄されれば後顧の憂いとなります。ならばローバーンからさっさと追い出し、有効活用するのが得策。本国から追い出された者達です。せいぜい役に立ってもらいましょう」
ギャミは冷酷な効率性を示した。
ガニスには、なぜギャミがそう言えるのかが分からなかった。魔王が最も恐れ、追放した不穏分子こそ、何を隠そうギャミだと言われているからだ。
ガニスはギャミを睨んだ。
同じく放逐された者達を、捨て駒として利用する。やはりこの男は危険だ。この男にとって敵も味方も意味はなく、すべては状況を作り出す部品でしかない。
ガニスとしては、最大の不穏分子であるこの男を、今すぐ殺してしまいたかった。しかしこの難局を乗り切るには、この男に頼るほかない。
「分かった。お前の言う通り、ダリアン監獄を開けよう」
「ははぁ、ご英断恐悦至極にございまする」
ガニスが許可を出すと、ギャミは大仰に頭を下げた。
その仕草はなんとも慇懃無礼だった。ガニスはまた自分の哀れさを感じた。
ローバーンを支配し、魔王軍の頂点に近い立場にいながら、遥か格下の者の言うことを聞いてしまっている。ギャミを嫌い危険視しながら、一方で頼りにしており、殺すことも出来ない。なんと情けないことか。
「だがギャミよ、連中がお前の言うことを聞くか? ゲルドバ将軍はお前を憎んでいるぞ」
ガニスは、ダリアン監獄に閉じ込められている魔族の顔を思い出した。
浸透戦術を遂行出来るのは、確かにゲルドバしかいないだろう。だがそもそもゲルドバを監獄に放り込んだのがギャミである。自分を捕らえた男の命令を、素直に聞くとは思えない。
「なに、大丈夫です。交渉に関しましては、あのお方にお願いしましたので」
ガニスはギャミが匂わす男に、心当たりがあった。
現在ローバーンには強力な将軍は殆ど残っていなかった。だが、全くいないわけではない。とびきりの武将が残っていた。それも魔王を名乗ってもおかしくないほどの男が。
「それで、あの方はどこにおられる?」
「さて、どこでしょうな? この会議には出ていただくようお願いをしたのですが」
ガニスの問いに、ギャミが会議室に置かれた特大の椅子を見る。
本来なら、あそこに座っているはずの男が、どこにもいなかった。
その時、会議室の扉が突然開かれ、兵士が息を切らせて入ってきた。
「たっ、大変です! ガ、ガリオス閣下が! ダリアン監獄を開かれました!」
ギャミさえ驚く凶報が、会議室を貫いた。




