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【アニメ化決定】ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~  作者: 有山リョウ
第四章 セメド荒野編~魔王倒して軍隊組織して、もう三年が経った~
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第十五話 エリザベートのお茶会

いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。

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またマンガドア様より、上戸先生によるコミカライズが好評連載中です。

特に今日の更新は前半の山場で、いい所ですよ!


 アンリ王の執務室を辞した後、エリザベートは部屋の外で待っていた侍女のマリーと共に城内にある自分の部屋へと向かった。

 城の中を歩き中庭を横切る。庭園では美しい花が咲き乱れ、お茶会用のテーブルや椅子が並べられていた。


 エリザベートは花の香りを嗅ぎながら庭園の横に設けられた自分の部屋に入る。部屋に戻ると壁中に備え付けられた棚がエリザベートを出迎えた。正面の棚の中にはいくつもの茶器が収められていた。その横の棚にはガラス瓶が並べられ、百を超える数の乾燥した茶葉や薬草に香草が揃っていた。

 植物の匂いが充満する部屋に入るなり、エリザベートは軽やかな足取りでソファーに腰を下ろした。顔には花が咲いたような笑みが浮かび、今にも唄いだしそうなほど上機嫌だった。


「大変ご機嫌麗しいようで」

 エリザベートの後に付いて入室した侍女のマリーが、にこやかな主を見る。

「そぉ? いつもと変わらないつもりだけど?」

 エリザベートは嘘をついた。

 マリーの指摘の通り、エリザベートは浮かれていた。しかしその理由が、久しぶりに夫であるアンリ王と、夫婦の会話があったからなどとは言えなかった。


「浮かれるのも結構ですが、明日のお茶会の準備がまだ終わっておりませんよ?」

 マリーにそう告げられ、エリザベートは顔をしかめた。

「いやなこと思い出させないでよ」

「でしたら、気分転換にお茶でも淹れましょうか?」

「よして頂戴。毎日毎日、人にお茶を淹れているのよ、お茶なんてもう見たくもない」

 エリザベートはマリーに本音を漏らした。


 社交界においてエリザベートが開く茶会は有名である。揃えられている茶器や茶葉が一級品であるだけでなく、相手に合わせて茶器や茶葉を選び、絶妙なもてなしをするエリザベートの知識と技術が評価されているからだ。

 しかし当の本人は、茶を好いてはいなかった。それでもエリザベートがお茶会を開くのには理由があった。


「明日のお茶会には、誰が来るのだったかしら?」

「庭園で開かれるお茶会にはヨーレ伯爵夫人にルフ子爵、クトル司教が来られる予定です」

 エリザベートの問いに、マリーが明日の出席者を教えてくれる。

「ああ、あの人達はいいわ。どうせお茶の味なんて分からないんだし。それよりも別室で行われるお茶会の方は誰が来るんだったっけ?」

 エリザベートは別の来客のことを尋ねた。

 王妃が主催するお茶会は、主に庭園で開かれるものが知られている。だがその裏で、特別な来客は、別室に案内されることはあまり知られていない。


「別室には、シュライク公爵にカレラン伯爵、ワトキンス枢機卿が招かれる予定です」

 マリーが述べた三人の名前は、王国では無視出来ぬ人物だった。

 シュライク公爵は富豪としても知られ、財界に強い繋がりを持っている。カレラン伯爵はかつて将軍職に就き、幾つもの騎士団を率いて戦争に赴いた英雄である。ワトキンス枢機卿は破門されたノーテ司祭の兄弟子に当たり、教会内部にも確固たる地盤を築いている人物だった。

 いずれも財界や騎士団、教会に強い影響力を持つ人物とされていた。


「そうだったわね。あの三人には、なんとしてでも王家に味方してもらわないと」

 エリザベートは頭の痛い問題に、顔をしかめた。

「シュライク公爵に出資して貰えれば財政が再建出来る。カレラン伯爵が王家の陣営についてくれれば、騎士団の幾つかが味方になってくれる。ワトキンス枢機卿にはノーテ元司祭の破門を解くように動いてもらい、教会に対する民衆の不満を押さえてもらわないと」

 ため息をつきながらエリザベートはお茶会で話し合わなければいけない内容を語った。


 エリザベートが好きでもないお茶会を主催するのはほかでもない、王国の有力者を集めて会談し根回しをするためだった。

 アンリ王の政策がうまくいかない中、それでも王国が運営出来ているのはエリザベートの根回しの結果と言えた。今やエリザベートはお茶会を通じて、王国の裏事情を差配する調整役となっていた。


「大変ですねぇ。毎日毎日、話し合いばかりされて」

 侍女のマリーが気遣ってくれる。

「仕方ないわ。あの子達のためですもの」

 エリザベートは大きく息を吐いた。

 二年前にアンリが王位に就いた時、王宮は危機的状況にあった。


 長く続く魔王軍との戦いで王国の財政は破綻し、アンリ王がダカン平原でザリア将軍と衝突したため、騎士団も機能不全に陥った。聖女エリザベートがアンリ王と結婚したことで教会は勢力を増したが、力をつけたことで逆に王家と対立するようになってしまった。

 アンリ王の政権は非常に危うい状況にあり、生まれてくる我が子のために、エリザベートは手を打つ必要があった。しかし女が軍事に口出しすることを嫌う男性は多い。政治や内政に手をつけようとすれば、アンリ王がいい顔をしない。


 そこでエリザベートが考えたのが、国の有力者と会談して国政の間を取り持つことだった。

 その点でお茶会という口実は丁度よかった。身分にかかわらず、誰を招いても不思議ではない。それに茶は緊張を解きほぐす効果がある。繊細な話し合いをする前に胸襟を緩めておけば、何かと話がうまく進みやすかった。


「お茶会だけれど、シュライク公爵にはドーレ産のカットの効いた茶器をお出しして。茶葉の配合は、苦味の強いカモル産の茶葉を主体にする。カレラン伯爵は軍を率いて南方大陸に進軍した経験があったわね、香り付けに南方大陸の果物を使いましょう。果物を数種類用意しておいて。ワトキンス枢機卿は、腰を悪くしておいでだから、体が温まる茶葉を調合しましょう」

 エリザベートは事前に記憶していた、招待客の過去と現在の情報を思い出しながら、最適のもてなし方を考えて指示を出す。


「どぉ? 何点ぐらい?」

 エリザベートはマリーに尋ねる。

「九十点といったところでしょうか。特に南方の果実を香り付けに使うのは良い考えかと」

「師匠にそう言ってもらえるなら、成功しそうね」

 マリーの答えを聞きエリザベートは満足した。マリーはエリザベート付きの侍女だが、ただの侍女ではない。エリザベートに茶の基礎を教え、今も影で支える参謀役であった。


「資金があれば財政再建はなんとか出来ると思う。ザリア将軍に対しても、勢力を切り崩していけばいい。問題はお父様、いえ、ファーマイン枢機卿長よね」

 エリザベートは育ての親の顔を思い浮かべた。

 財政再建は難しい問題だが、解決可能な問題だった。ザリア将軍との対立は注意しなければいけないが、こちらとしても容赦せずに対策すればいい。頭が痛いのがファーマイン枢機卿長への対応だった。


 ファーマイン枢機卿長はエリザベートの育ての親でもあり、孤児だったエリザベートを聖女として見出してくれた恩人である。エリザベートと王家から見れば間違いなく味方だ。だがそれゆえに対応には気を遣わなければいけない。

 敵は倒せばいいが、問題を起こす味方は倒すわけにはいかない。味方を味方のままとして、問題を解決する必要がある。


 アンリ王の言う通り、確かに教会は寄付金を取りすぎている。しかしその事で、ファーマイン枢機卿長と衝突したのは失敗だろう。

 育ての親としてファーマイン枢機卿長をよく知るエリザベートは、かの御仁がいかに強欲であるかを知っている。自らの利権を侵す者を許さず、競争相手をことごとく葬り去ってきた。下手に怒らせれば、どんな悪辣な手を使ってくるか分からない。


 それに教会は、エリザベートも知らぬ極秘の暗殺部隊を持っていると聞く。場合によってはファーマイン枢機卿長による、アンリ王の暗殺などということもありえた。

 もしアンリ王が亡くなれば、アレンとアレルのどちらかが王位を継ぎ、王妃である自分が摂政となるだろう。一見するとよいことにも見えるが、この事態は絶対に避けたかった。


 なぜなら、暗殺で作られた政権は、必ず暗殺によって塗り替えられるからだ。

 自分自身が暗殺されるのは、百歩譲って構わない。だが二人の子供達が政争に巻き込まれる可能性は、一片たりとも許容出来なかった。

 ファーマイン枢機卿長がアンリ王を害そうとすれば、たとえ育ての親とはいえ許すことは出来ない。その場合は全力をもって、ファーマイン枢機卿長を排除するしかない。


「王妃様、ロメリア伯爵令嬢はどうされるのですか?」

 マリーはエリザベートが意図的に避けていた問題を言及する。

 エリザベートは顔をしかめただけで、答えなかった。


 ロメリアの処遇も確かに問題だった。

 アンリ王には解散案を進言したが、この目論見はロメリアに見抜かれている。

 エリザベートが放った密偵の報告では、ロメリアは同盟の解散を口にしているらしい。むしろすでに解散している可能性すらある。

 そうなればもはやロメリアを処罰する方法はなくなり、どうすることも出来ないだろう。

 ロメリアの周囲は、アンリ王がその実力を認めるほどの騎士が守りについている。暗殺はまず不可能。政治的にやり込めようにも、グラハム伯爵が娘を守っていて手が出せない。


 アンリ王でなくても忌々しい状況だった。

 エリザベートは苛立ちを押さえ、息を吐いた。

 手が出ない。だがそれが一番良いのかもしれない。

 ロメリアが目障りとはいえ、それは個人的な感情である。ロメリアが王国に害をなすとは思えない。周りが担ぎ上げようとするかもしれないが、易々と担がれるような女でもない。ただ、ロメリアのことを思うと、どうしようもない心のざわつきがある。


 その感情をアンリ王は怒りに変換していた。だがエリザベートはただの怒りに出来ないでいた。もしロメリアと再会すれば、この感情の正体が分かるかも知れなかった。

 ……やめよう。

 エリザベートは思考を切り上げ、考えるのをやめた。


 ロメリアのことを考えていてもろくなことはなかった。差しあたっての問題はザリア将軍とファーマイン枢機卿長だった。魔王軍の脅威が払拭された現在、この二人の対処に全力で当たり足場を固めるべきだ。体制さえ整えれば、強いのはこちら。ロメリアの問題は、こちらが優位になった時に対処すればいい。

 エリザベートはそう結論づけた。思考を切り替え明日のお茶会の準備に取り掛かろうとした時、部屋の扉があわただしくノックされ、勢いよく開かれた。

 部屋に入ってきたのは、エリザベートが情報収集に使っている密偵だった。


「騒々しい、一体何事です!」

 エリザベートは密偵を叱責しながらも、報告の内容を予想した。

 慌てた様子から、凶報を持ってきたことが分かったからだ。

 ザリア将軍の謀反。ファーマイン枢機卿長の暴走。反教会派の蜂起。何を言われても驚かぬよう、最悪の事態を想定した。

「王妃様! それが! 王国領内に新たな魔王軍が出現しました!」

「何ですって!」

 事態はエリザベートの予想を、さらに超えていた。


シュライク、カレラン、ワトキンスのネーミングは、当時読んでいたSF小説から

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― 新着の感想 ―
とある密偵の報告其の■ •••••の恋路を覗き見するなどデバガメ行為を目撃する。 他者のことには幾らでも首を突っ込むのに、自分自身はどうなのだろうか。 先程も紅いのと蒼いのが第三者でもわかるようなア…
[一言] エリザベートは妊娠してから母として意識改革して国母として立ち回ってるのが偉すぎる 悲しいかな国王陛下は国王陛下であらせられる……
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