第十三話 王宮の怒声
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ライオネル王国、王城ライツの執務室では、英雄王アンリを中心に十人程の家臣が集まり、公務を執り行っていた。
執務室には張り詰めた糸のような緊張感が漂い、居並ぶ文官や武官達は額に汗をかいている。そして家臣の視線を集めるアンリは、部下から渡された報告書を一読し、怒りに手を震わせていた。
「ええい! なんだ、この報告は!」
アンリは居並ぶ文官武官に対して、怒声と共に報告書を投げつけた。
上げられてくる報告は、どれもこれも気に入らないものばかりだった。
「財政再建を命じたのに、何一つ効果が上がっていないではないか!」
アンリは文官達を睨んだ。
現在、ライオネル王国の財政は火の車と言えた。税収は減る一方であるのに、国庫金は底を突きかけていた。
だがこれに関してはアンリにも反省すべき点があった。王位を継いだ当初、つい遊びにふけり園遊会や晩餐会を何度も開いて浪費してしまったのだ。財政難を知ってからはそのような浪費は切りつめ、財政改革を指示したが、うまくいっていなかった。
「その……新たに開発した金鉱山が、予想したほど金を産出せず……」
「これ以上の改善をするとなると……財源が足らず、増税をするしか……」
二人の文官が財政再建失敗の原因と、改善策を進言する。
「前にも言ったがそれは出来ぬ。確かに増税こそ財政を立て直す近道だが、財政悪化の原因を解消することがまず先だ。全ては救世教会が寄付金を取りすぎていることが原因だ」
アンリは増税案を退け、国教である救世教会の問題を取り上げた。
教会は毎年のように大聖堂の改修や増築を繰り返し、それらの費用は莫大な額となっていた。教会はその費用を寄付金で賄っており、王国も多額の寄付を行なっている。
「大聖堂の改修も結構だが、こう毎年ではな。それに寄付金の使途も不透明だ。教会は王国から派遣する監査官を、会計に加えることに合意したか?」
アンリは教会との折衝を任せていた文官に問う。
教会が集めた寄付金の使用先は公開されておらず、聖職者による着服が噂されていた。一部教会関係者が私腹を肥やすために、毎年大聖堂の改修や増築をしているとまで言われており、王国の財政再建のためには、教会の内部に切り込む必要があった。
しかし教会との交渉を任せていた家臣は、目を泳がせ脂汗を流す。
「それが、その、神の家は神聖不可侵であると……」
「王家の金を使っておいて、なんだ! その言い草は!」
家臣の言葉に、アンリは机を叩いた。
「そんなことだから、拝金主義と批判されるのだぞ!」
アンリは怒鳴り、民衆の間で噴出している批判を語った。
魔王討伐以降、救世教会はその力をかつてないほど強めていた。
教会の聖女であったエリザベートがアンリと共に魔王を倒し、さらに結婚して王妃となったことで教会の権威が高まったからだ。その結果教会は信者を大いに増やしたが、新たな信者の中には腐敗した教会の実態を知り、批判する人が出始めているのだ。
王家としては、勢力のある教会を敵に回したくはなかった。だが財政再建と国民の批判を抑えるために、教会の健全化を図りたかったのだが、当の教会にその意識がない。
「ええい、ファーマイン枢機卿長め!」
アンリは教会の実質的指導者でありながら、拝金主義の権化と言われているファーマイン枢機卿長の顔を思い浮かべたが、今はどうすることも出来なかった。
「もうよい。それより、魔王軍の掃討はどうなっている」
アンリは、魔王軍掃討を任せている武官に尋ねた。
三年前、アンリはダカン平原でこの国を侵略してきたガレ大将軍を打ち取り、魔王軍を撃破した。しかし損害も大きく、逃げる魔王軍を追うことが出来ず、多くの魔族を取り逃した。
王の座に着いた時、アンリは魔王軍の残党を即座に掃討すると民衆に約束した。しかし公約は未だ果たされてはいなかった。
「掃討軍は今どこにいるのだ? どれだけ魔王軍の残党を倒した?」
アンリは掃討軍の所在を尋ねた。
掃討軍はアンリが魔王軍を駆逐するために、各騎士団の騎士を集めて設立した部隊だった。
「は、はい。現在掃討軍は北のペシャールに駐留しております」
「待て、ペシャールだと? 確か三十日前もそこにいたではないか。すでにペシャールの掃討は終わっているはずだ」
アンリは武官の言葉に待ったをかけた。すると武官は目を泳がせた。
「それが、その……各騎士団が指揮官の命令に従わず、反発しており……」
「ええい、王国に忠誠を誓う騎士が、王の命令に従わぬとは何事か!」
その報告を聞き、アンリは声を荒らげた。
アンリが結成した掃討軍は、うまく機能していなかった。騎士団の兵士がアンリの任命した指揮官の命令に従わず、動きが遅いためだった。
「またザリア将軍の差し金か!」
アンリは忌々しげに罵った。
ダカン平原での戦いの折、アンリはザリア将軍と考えが合わず衝突し、その不和は現在も続いていた。長く軍にいるザリア将軍は、各騎士団にも強い影響力を持っており。掃討軍の機能不全は、ザリア将軍の妨害であった。
「ええい、あの老いぼれめ! ガザルの門に飛ばしても邪魔をしてくるか」
アンリはまたも机を叩いた。
ザリア将軍の影響力を弱めるために、アンリは将軍と配下の黒鷹騎士団を魔王軍との支配地域に面した北の国境である、ガザルの門へと追いやった。しかし遠い北の地から、ザリア将軍は長い手を伸ばし、掃討軍の行動を妨げていた。
「待て、そういえばポルヴィックが救援を求めていたはずだ。三十日前に救援に向かうよう指示したはずだが……まさか、救援に向かっていないのか?」
アンリは恐ろしいことに気づいてしまった。
ペシャールからポルヴィックまでは十日の距離。指示を出した時に向かっていれば、十分間に合う計算だった。しかし未だ掃討軍はペシャールに居る。それはつまり……。
「はい、救援には向かっておりません」
「なんと! ではポルヴィックが落ちたということか」
アンリは愕然とした。
ポルヴィックは堅牢な城壁を持っているが、孤立無援では戦えない。ザリア将軍の妨害があったとはいえ、何も出来なかったことには、王として責任がある。
「あの……陛下……ポルヴィックは無事です。救援が間に合い、陥落を免れました」
文官の一人が進み出て、都市の無事を告げた。
「なんと、誠か? それは良い知らせだ。なぜ早く教えぬ。どこの騎士団が救ったのだ? それとも近隣の守備隊が援軍に駆けつけたのか?」
アンリが問うと、尋ねられた文官が視線を逸らした。
「……まさか、奴か? 奴なのか!」
アンリは文官の仕草を見て、ある答えに行きついた。しかし名前を口にしたくなかった。
王国中が魔王軍の脅威にさらされており、他所に軍隊を派遣する余力があるところは殆どない。例外はたった一つ。
「はい。ロメリア伯爵令嬢率いる、ロメリア騎士団がポルヴィックを救いました」
文官が口にした名前に、アンリの怒りは最高潮に達した。
「おのれ! ロメ! ロメ! ロメ! またしてもロメリアか!」
アンリは激怒した。
寄進を要求する教会に、命令を聞かない騎士団。腹が立つことばかりだが、中でも一番気に入らないのはロメリアの存在だった。
アンリが苦労して魔王軍との決戦に勝利したあと、ロメリアは突然現れて、魔王軍の残党狩りを始めた。そして今や奴は聖女と呼ばれるまでになっている。
「おのれ! また奴に勝利の栄光をかすめ取られたのか!」
アンリは喚き、三度机を叩いた。
「しかし、結果としてポルヴィックは救われております。これは喜んでよいことかと」
「馬鹿者! 民を救うべきは、我々王国であるはずだろうが! あんな女に、むざむざ手柄をくれてやるとは! それに民も民だ、なぜあんな女を聖女だと崇めるのだ!」
アンリは民の心が理解出来なかった。
魔王ゼルギスを倒し、ガレ大将軍を討ち取り、魔王軍を撃破したのはこの自分だというのに、最近ではロメリアばかり持ち上げ、税が重いと不満の声ばかり上げる。
「えええい、忌々しい。お前達は、何か一つでも問題を解決出来ないのか! そんなことだからロメリアに手柄を持っていかれるのだぞ!」
アンリが居並ぶ文官や武官達を見るが、国を代表する家臣達は、そろって俯き脂汗を流すばかり。
押し黙る部下に、アンリはさらに口を開こうとしたが、その時、執務室の扉が開かれ一人の女が入ってきた。
白のドレスに銀の宝冠を頭に戴いた女性は、妻にして王妃のエリザベートだった。




