第十二話 魔王軍を倒したので同盟を解散した
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私はそれから五十三人の死を看取り、負傷兵の見舞いを終えてダナム子爵の屋敷に戻った。
用意してもらった部屋に向かい、人気のない廊下をアルとレイの二人を伴って歩く。屋敷の広間ではまだ宴が続いており、軽快な音楽や笑い声が聞こえて来た。
街の方でも篝火が焚かれ、兵士達が勝利に酔っているのが分かる。
勝利の後というのは不思議だ。勝利を喜ぶ宴の一方で、傷付き苦痛の声を上げ、死んでいく者もいる。
もちろん勝利し、生き延びたのだから喜ぶのは当然だ。生き残った者は、自らの生を喜ぶ権利がある。そして死んでいった者の分まで飲み、死んだ仲間を思いながら唄うのだ。
私は勝利の唄声を聞きながら、戦いで死んでいった者達のために、合同葬儀を行う段取りを考えた。その時、私はまだ戦死者の数を把握していなかったことに気付く。
「そういえばレイ。負傷兵を訪問している最中に、報告書を受け取っていましたね」
私は兵舎でのことを思い出した。あの時は私の手が離せなかったので、レイが代わりに受け取ってくれたのだ。おそらくクインズ先生とヴェッリ先生の手による報告書だろう。
「ええ、その通りです。クインズ様からの報告書です」
「見せてください、処理しておきたい案件がありました」
私はレイに手袋をはめた手を伸ばした。
だが私が手を差し出しても、レイは報告書を渡そうとしなかった。
「レイ、早く寄越しなさい」
「だめです。お疲れでしょう? それにここ最近、ろくに寝ていないではありませんか?」
私が命令してもレイは報告書を渡さず、逆に働き過ぎを指摘した。
「それは貴方達も同じでしょう?」
「私達は鍛えておりますから。それに先程の負傷兵への訪問で、心の方が疲弊しているのでは?」
レイは私の精神的疲労を言い当てた。確かに死者を看取るのはきつい仕事だ。しかし自分の弱さを、兵士に指摘されたくはない。
「お黙りなさい。いいから寄越すのです。今日中にしなければいけない仕事があるのです」
私は指揮官の権利を主張して命じる。だが忠実なる我が騎士は、報告書を渡そうとしない。
本や劇では私の命令に絶対服従。足に接吻せんばかりの忠誠を尽くしているというのに、現実ではこの不服従。やっぱり本や劇は嘘ばっかりだ。
「それはクインズ先生やヴェッリ先生の報告書です。早く見ておいた方がいいということが分からないのですか?」
私は師でもある両先生の名前を出した。二人の報告は正確であるため、真っ先に目を通すべき案件だ。
「その先生方のお言葉です。ロメリア様はお疲れだろうから、この報告書を見せるのは明日でよいと。あと、全て問題無いので、安心してくださいとも言付かっております」
レイから聞かされる先生達の言葉に、私は顔をしかめる。
「それでも、私にしか分からない仕事もあるのです。早く寄越しなさい」
私は諦めず、レイから報告書を奪おうとしたが、レイは報告書を持つ手を頭の上に伸ばし私から遠ざける。長身のレイにこれをやられると、どうやっても手が届かない。
「こら、レイ。寄越しなさい。おすわり!」
跪くように命じたが、レイは決して膝を折らなかった。
「アル、貴方からもなんとか言ってやってください」
私は傍観しているアルを頼る。レイに対抗出来るのはアルしかいない。
しかしカシュー守備隊を率いる男は、私から視線を逸らして顎を掻いた。
「いやぁ、これはレイの言う通りでは? 休んだ方がいいと思いますよ?」
アルにまで裏切られた。私には味方がいない。
「それにロメ隊長。言いたかないですけど、顔色悪いですよ? 化粧していてそれなら、かなり不味いでしょう。そんな疲れた体で、正しい判断が出来るので?」
アルにまでこう言われては、反論出来なかった。
「分かりました。ですが、戦死者の報告だけ見せてください。それを知らないうちは、眠れそうにありません」
私は報告書に書かれているであろう、今回の戦いの犠牲者のことを尋ねた。私の指揮で何人が死んだのか。これだけは私が知っておくべき事だ。
「それこそ、寝る前に知らない方がいいと思いますけどね?」
アルは小さく呟いたが、仕方ないという表情でレイを見た。レイも仕方なく報告書を開く。
「七百二十九人です」
レイが短く犠牲者の数を答える。
だが私は数字だけが聞きたかったのではない。私は手を伸ばし、戦死者が書かれた報告書を寄越すように目で指示した。
「これだけですよ」
レイは仕方なく報告書の束のうち一枚だけを渡す。そこに記載された、カシュー守備隊の戦死者は百人程だった。戦死者の多くは地方からついて来てくれた同盟兵だ。今日負傷兵として収容され、死亡した兵士を含めれば、八百人近い損害が出ている。
互角以上の敵を相手に、千人以下の損害にとどめたのだから、大勝利と言えるだろう。
だが人の命は数字ではない。彼らにはそれぞれ人生があるにもかかわらず、私の求めに応じて集い、命を懸けて戦ってくれたのだ。
私は兵士達の死に、その場で目を伏せ黙祷する。
しかし悲しんでばかりもいられない。私にはやらなければならない事がある。とりあえずは二人が言うように、よく休む事だ。明日から働くためにも、今日は休まなければいけない。
「では行きましょう」
私は用意された部屋の前までやって来た。部屋には侍女のレイラとテテスが居るはずだ。
部屋に入ったらお化粧を落とし、ドレスを脱いで柔らかい寝台に横になるだけでいい。寝台で眠るのは久しぶりだ。連日の強行軍では、天幕を持って移動することも出来なかった。柔らかい寝台で眠れるだけで、天国に思える。
部屋まで私に付き添ってくれたアルとレイは、そのまま部屋の前で立ち止まり、帰ろうとはしなかった。
「今日の当番は二人なのですか?」
「はい。途中で他の者と交替します」
私が尋ねると、レイが答えた。私が眠る時には、必ず寝室にロメ隊の誰かが護衛につく。
私を題材にした恋愛小説では、毎夜護衛に付いた騎士との情事が繰り広げられている。だが実際にそのようなことは一度としてなく、寝室に男性が足を踏み入れたことはない。
騎士団を結成してから男だらけの場所に長くいるが、これまで女として身の危険を感じたことはなかった。枕元にはいつも短剣を忍ばせ、不埒者がいたら刺し殺す心積もりでいるのだが、未だ使ったことはない。
「そういえば、ロメ隊長。さっきの話ですけど」
私がお休みと言って部屋に入ろうとしたら、アルが話しかけてきた。
「さっき?」
「結婚の話です。ロメ隊長が誰と結婚したとしても、俺が幸せにしてみせますよ」
私はアルの言葉を反芻し、整理して考え直す。
「アル、求婚の言葉にしては、おかしくありませんか?」
私は首を傾げた。
俺と結婚すれば幸せにしてみせる。というのなら、実に情熱的な言葉だと思うのだけれど、誰と結婚しても俺が幸せにするとはこれいかに?
「俺がロメ隊長と、どうこうなろうなんて思ってもいませんよ。でも、ロメ隊長が誰と結婚しても、俺が幸せにしてみせます」
自信満々にアルが答える。
「具体的には?」
「ロメ隊長の幸せを邪魔するものは皆殺しにして、障害は全て取り除いてやります」
私の問いに、アルが拳を固めて宣言する。
うーん。愛が重い。
「レイ、なんとか言ってやって」
「そうだぞ、アル。お前は間違えている」
冷静沈着なレイは、アルの間違いを指摘した。
「ロメリア様が誰と結婚しても、このレイが幸せにしてみせる。の間違いだ」
レイの言葉に、アルが拳を握りしめながら睨み返す。
「ほぉー お前が俺にそんなデカイ口が利けるとは知らなかったぞ?」
「知らないのは君だけで、誰もが知っていることだよ?」
アルの挑発の言葉に、レイが受け返す。全くこの二人は。
「やめなさい」
今にも殴り掛かろうとする二人を仲裁すると、アルとレイは即座に姿勢を正した。
「「はい、やめます」」
二人は声を揃えて喧嘩をやめた。
全く、この二人は仲がいいのか悪いのか。だが結婚話はこれ以上広げても、不毛な気がする。
「それよりも今回の戦闘で、この国に残った魔王軍の大半を討ち取る事が出来ました」
私は話題を変えるために、今日の戦果を語った。
激戦となったが、それだけにこの勝利は大きかった。今日の戦闘で、ライオネル王国に残っている魔王軍はあらかた倒したと言えるだろう。
「魔王軍の掃討は我々の悲願です。ですが目標達成に伴い、王家が私達の存在を問題視するかもしれません。私は近いうちに同盟軍の解散を考えています。貴方達もそのつもりでいてください」
私が解散という言葉を口にすると、アルとレイは顔を見合わせた。
「ロメリア様。前から解散を口にされていますが、本当に解散するのですか?」
レイが不安げな顔で尋ねる。
「ええ、そのつもりです。魔王軍がいなくなった以上、同盟軍を維持する理由がありません。ただ同盟そのものは残します。この国難の時代、貴族達は連帯する必要があります。同盟は結束の良い理由となります」
私は二人に軽く説明した。
通称ロメリア同盟は当初の目的を終え、新たな姿へと変化することだろう。
私としては、この同盟を自分の地盤にしたいと考えている。だが王家に危険視されるわけにはいかない。同盟軍の一時的な解散は必要だ。
「俺達はどうなるので?」
アルがいつもの威勢をどこへやったのか、不安げな顔を見せる。
「ああ、先行きのことを不安に思っているなら安心してください。私達の関係はあまり変わりませんよ。この後はカシューに戻って訓練です。私達が必要になる時まで」
「うへぇ、訓練ですか? ロメ隊長の訓練きついんですけど」
アルが笑いながらも顔を歪める。
「何を甘えたことを。でも安心してください。私達の力が必要になるのは、きっとすぐですよ」
私はちょっとした予言をして、北の夜空を見た。
この空を越えた遥か北には、魔族の本拠地といえるローバーンがある。
魔王軍がこのまま黙っているとは思えない。
いやもしかしたら、すでに反撃の手を打っているのかもしれなかった。
次の話辺りから、加筆した部分が多くなります。お楽しみください。




