第十一話 宴の後にお見舞いに行った
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「すみませんダナム様、今日はもう休ませていただきます」
「おや、もうですか? もっとお話を聞きたかったのですが」
「申し訳ありません。お付き合いしたいのですが、ここ連日夜を徹しての強行軍でしたので、正直このまま眠ってしまいそうで」
「それは気が付きませんで。寝室をご用意しておりますので、案内させましょう」
「ありがとうございます。しかし休む前に、負傷した兵士達を労いたいと思いますので」
私は頭を下げて案内を断った。戦闘があった日の夜は、負傷兵を見舞うことにしている。
「それは素晴らしい。まさに本や戯曲に書かれているとおりの聖女ぶりですな」
「いえ、見て回るだけですよ。治療などは癒し手に任せておりますから」
ダナム子爵の言葉を私は笑って否定した。
カシュー守備隊の人数が少なかった頃は、医療知識がある者が少なく、仕方なく私が治療したこともあった。劇のあの場面は、その頃の伝聞に尾ひれがついた結果だろう。しかしカシュー守備隊の増員に伴い、戦闘も激しくなり負傷兵の数も増えた。
すでに私一人で治療が間に合う状況ではない。それに私の仕事は、手ずから治療を行う事ではない。優秀な癒し手を数多く揃え、自分自身の手を血で汚す事なく兵士達を救う事だ。
「それではダナム子爵。失礼します」
私が一礼すると、アルとレイも同時に席を立つ。
私が出歩く際には、ロメ隊の誰かが必ず護衛に付いてくれる。あちこちの勢力を敵に回しているので、暗殺への配慮だ。
私は二人を連れて負傷兵が集められた、ポルヴィック守備隊の兵舎を訪ねた。
簡易の診療所となった兵舎では、寝台の上で傷付いた兵士達が横になり、呻き声を上げていた。苦しむ兵士達を見ると心が痛んだ。
「ロ、ロメリア様!」
横になっていた兵士の一人が私に気付き、無理をして起き上がる。すると他の兵士達も私に気付き、次々に体を起こす。
「ああ、無理をしないでください。皆さん。怪我は大丈夫ですか?」
私が尋ねると、兵士達は先程まで苦しんでいた痛みを忘れたように笑顔を見せた。
腹部に血が滲んだ包帯を巻いている男は、両腕を振り上げて無事を示し、頭に包帯を巻いている男も笑って答える。
「皆さん、今日はよく戦ってくれました。私が皆さんの勇姿を忘れる事は決してないでしょう。本当に勇敢な戦いぶりでした」
私が兵士達を讃えると、傷付いた兵士達は喜び、涙を流して喜んでいた。私は一人一人に声を掛け、怪我を労り、勇戦を褒め讃えた。
私が手を握り、声を掛けると、兵士達は涙を流して喜んでくれる。だが、彼らの笑顔を見ると心がひび割れていく気がする。
私は聖女と呼ばれることを否定しつつも、兵士の前では聖女のように振る舞っている。周りから聖女に見えるように行動することで、彼らの戦意を鼓舞して士気を高めることが出来るからだ。私は兵士達の思慕や信頼を、利用しているのだ。
人の心を都合よく利用する、自分の行動に反吐が出そうだったが、今はまだましな方だ。この先もっと辛い試練が私を待っている。
私は負傷兵に声を掛けながら兵舎の奥へと進む。奥に行けば行くほど、兵士達の活気がなくなっていった。代わりに痛みに苦しむ低い呻き声が、地面を這うように充満していた。
奥には重傷者が運び込まれているのだ。
私は重傷者に声を掛けていくと、その中に友人に付き添われた一人の兵士が横たわっていた。私はその兵士の下へ行き、顔を覗き込んだ。
横たわる兵士は血を失いすぎているため顔色が白く、呼吸も浅い。一目で助からないということが分かってしまった。癒し手達が懸命に治療してくれているが、助からない命もある。この兵士も、生きているのが奇跡という状態だった。
「おい、カナウス。起きろ、ロメリア様が来てくれたぞ、目を覚ませ!」
隣にいる友人が声を掛けるが、もはや友人の声に反応する力も残っていなかった。
「カナウス。カナウス。聞こえますか?」
私はカナウスの横に跪き、声を掛けた。
すでに死にかけの重傷者。耳が聞こえているのかどうかも怪しかった。だが私が声を掛けると、意識を失っていたカナウスの瞼が僅かに動き、うっすらと目を開けた。
「ロメ、…ア。さ、ま?」
カナウスが私を見て、弱々しくも声を上げる。
これまでにも、何度も目にしてきた光景だった。
私が声を掛けると、死にかけて意識を失っていた兵士の多くが目を覚ますのだ。
劇作家が書き立てるのも頷ける、奇跡的な場面だろう。しかしこれは私が奇跡の力を持っているわけではない。ただ彼らが私を待っていたのだ。死の崖の淵で、必死に生にしがみつきながら。
「よく戦いましたね、カナウス。貴方の働きを、私は見ていましたよ」
私はカナウスを褒めた。
もちろん嘘である。広大な戦場で、兵士一人一人の動きを見ていることなど出来るわけがない。死に瀕した兵士を喜ばせるための言葉だ。
「あっ、あ……」
カナウスが右手を動かす。私は手袋を外し、その手を取った。
死に瀕したカナウスの手は驚くほど冷たく、力がない。
カナウスは一筋の涙を流すと、次の瞬間、握っていた手がぐっと重くなり、力が抜けたのが分かる。
カナウスが今まさに死んだのだ。私の手が、彼から命を吸い取ってしまったかのように。
「……おやすみなさい、カナウス。ゆっくりと休むのです」
私は死せるカナウスに声を掛け、手を彼の顔にかざし、瞼を閉じさせた。




