第十話 私の困った親の存在
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「では話を元に戻しますが、ロメリア様はグラハム伯爵家のご令嬢でございましょう? 伯爵家とつながりを持ちたい家など、いくらでもあるのでは有りませんか?」
宗教問題から話を変えたダナム子爵が、実家の名前を出した。
「そこが一番の問題ですよ。私など家を出て、好き勝手している放蕩娘ですからね」
私は実家こそが、関係が一番よくないと言っておく。
アンリ王子との婚約破棄は大いに家名を汚す原因となり、グラハム家にとって私は疫病神のような存在だ。さらに軍隊を率いていることも問題で、親族からはみっともない、はしたないと言われ、勘当すべきだとの声も上がったらしい。
お父様は直接何も言ってこなかったが、内心はよく思っていないだろう。
「しかしグラハム様は、ロメリア同盟に資金を投入しているのでは?」
「確かに、経済面では協力していますが、あれは儲けが出ていますから」
ダナム子爵の言葉に、私は首を横に振っておく。
お父様は金にうるさいので、利益が出ることに協力出来るだけだ。実際、資金援助をして辺境の盟主気取りをしているくせに、王家の顔色を気にして表立って私の活動を認めていない。放蕩娘の勝手な振る舞いに困り果てているという姿勢でいるのだ。
ひどい二枚舌と言えるが、両方にいい顔をするのは、お父様ならではの政治感覚とも言えるのかもしれない。
「実家とも、お父様ともいい関係とは言えません。私と結婚しても、グラハム伯爵家から甘い汁が吸えるとは、思わないほうがいいですよ」
勘違いされても困るので、私はしっかりと実家との関係を暴露しておく。
「グラハム伯爵家の親子仲に関しては、社交界の噂で、いろいろと聞いておりますよ」
どんな話を聞いているのか、ダナムはしみじみと頷く。
「他人の親子関係に口を挟むつもりはありませんが、一人の親として言わせて貰うと、親の愛情というのは、なかなか子には伝わらぬものです」
「そういうものでしょうか?」
私は他人の腹の中を探るのはわりと得意なのだが、お父様が何を考えているのかだけはよく分からない。
「愛、というものはとかく相手に伝わりにくいもののようですから」
ダナム子爵の言葉に、私は考え込む。
正直、お父様に愛されているのかどうかも分からなければ、自分がお父様を愛しているのかどうかも分からない。
恨みや嫉妬、打算や色欲であれば理解しやすいのだが、愛だけは読めない。
「このように人々を救済し、助けて回る娘を持てて、グラハム様も鼻が高いとは思いますよ。グラハム様が建てられた銅像や出版された本、あちこちの劇団を後援して、興行させている劇を見れば、それは分かりますぞ」
ダナム子爵が言うお父様が作った銅像や本、そして劇と聞き、私は顔をしかめた。
「あれこそ売名と収入が目的ですよ」
私はきっぱりと否定した。
お父様があちこちで盟主面をするのは構わないが、人気取りのために私の銅像を建てて本を出版し、戯曲を作って興行を打つのだけははやめてほしい。
「大体、各地で建てられている銅像ですが、私じゃありませんよ、あんなの」
私は嫌悪感を隠さなかった。
お父様が建てた銅像だが、顔はそこそこ似ているが、体形が全く違う。背は高くなっているし、胸は実物より三割は大きい。そのくせ腰はうらやましいほど細く、足もすらりと長い。なんというか、私が理想とする自分の姿だが、それを銅像にされたくない。
「あれを見た後だと、実物と会っても私と分かりませんよ?」
「そうですか? なかなか似ていると思いましたが?」
「どこがですか! それに私を題材に、勝手に恋愛小説を書かれても困ります」
私は最近巷で出版されている、恋愛小説を思い出した。
鈴蘭の君と呼ばれる令嬢が二十人の騎士に見初められ、美しくもはかない恋物語が繰り広げられるという内容なのだが。鈴蘭は私が好きな花で、カシュー守備隊の旗印にも使っている。二十人の騎士もロメ隊の面々にそっくりで、誰を題材にしているのか一目瞭然だ。
「ああ、あの本はポルヴィックでも人気ですよ。今日もロメリア様に署名をして欲しいと言っている令嬢がいますよ」
「やめてください。たまに読者の方に会うのですが、いったい誰が本命なのかと問われて困るのです。本命なんていませんから」
私は困り果て首を横に振った。
「確かに、恋愛事情は脚色が多そうですが、しかし劇はどうです? あれは事実に近いのでは?」
苦悩する私に、ダナム子爵が最近公開されている劇の話をする。
「何を言っているのです。あれこそ嘘の塊です」
私はこちらもきっぱりと否定しておいた。
銅像に小説もひどいが、劇が特にひどいのだ。一度観に行ったのだが、あれは公開処刑だ。
誰だ? これは? というほど美化と捏造がなされている。私が負傷兵に自ら献身的な介護をしたり、民衆を助けるためにたった一人で軍勢に立ち向かったりしていて、恥ずかしくて最後まで観ることが出来なかった。
銅像に小説に劇と、全てが嘘と捏造で出来ている。だが恐ろしいことに、それらすべてが大好評で、劇は連日満員御礼、本は売り切れ続出。銅像は恋人達の待ち合わせの場所となっているそうだ。
ちなみに私の銅像の前で愛を告白すると、永遠に結ばれると言われているらしい。だが当の私は、アンリ王子から婚約を破棄され、結婚どころか浮いた話ひとつない。一体どんな理由でそんな噂が流れたのか。噂の元凶を殴りつけてでも聞きだしたい。
「勘当同然とはいえ、娘を売り物にしてお金儲けをするのはやめてほしい」
私がお父様に対して憎々しい感情を顔に浮かべていると、隣で見ていたダナム子爵が笑った。
「しかしグラハム様のこうした下地があるからこそ、行く先々で、歓迎を受けることが出来たのではありませんか?」
ダナム子爵の言葉には、頷かざるを得ないところがあった。
他所の軍隊が、自分の領内に入ることを嫌う領主は多い。それに女の私に助けられたくないという人もやはりいる。
軍事同盟を立ち上げた当初は、私が女であるが故の反発も多かった。だが本や劇で私達の活動が広まるようになると、反発されるより歓迎されることの方が増えた。
私達の活動を広めるには、これ以上の方法はないと言える。お父様なりに、私のことを思って――。
一瞬だけ、お父様に対する愛情的なものが湧きかけたが、本人よりも美化された銅像や勝手に作られた恋愛小説、捏造された劇が思い出され、芽生えかけた愛情は一瞬で消し飛んだ。
ないな。うん。ないない。
どう考えてもあれは金銭目的。人気が上がれば上がるほど、本が売れて演劇の来場者数が増える。それだけのことだ。
私は家族問題に簡単に決着をつけ、考えるのをやめた。
ダナム子爵主催の宴はまだ続くようだったが、私は席を立った。




