第一話 あれから二年後
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「ロメリア様! もう始まりますよ!」
私が丘の坂道を上ると、頂上では眼鏡に赤い服を着た秘書官のシュピリが早くと急かす。
斜面を登りきると、丘の上には獅子の旗と鈴蘭の旗が立てられ、兵士達が並び本陣が築かれていた。シュピリが遅いと顔をしかめていたが、私は気にせず、丘の上から眼下に広がる光景を見下ろした。
私の目の前には、すり鉢状の窪地が広がっていた。窪地の外側は私が立つ丘の峰が連なり、大きな円を描いている。円形丘陵と呼ばれる一風変わった景色だ。
そして円形丘陵に囲まれた窪地の中央には、巨大な要塞が鎮座していた。かつて北の地で栄華を誇った、ローエンデ王国が築き上げたガンガルガ要塞の威容だ。だが、今やローエンデ王国の旗は取り外され、代わりに魔王軍を示す竜の旗が翻っている。城壁の上には、二足歩行をする爬虫類の如き姿をした魔族が行きかっていた。
「いやはや、なんとも巨大な要塞ですねぇ」
後ろからの声に振り向くと、漆黒の鎧を着た兵士が私に歩み寄る。その歩みに足音はなく、まるで猫科の肉食獣のようだった。
「カイル将軍。いえカイルレン・フォン・グレンストーム男爵と呼んだ方がよかったですか」
傍らにやって来た兵士、ロメ隊のカイルを見て、私は笑いながら言葉を返した。
「やめてくださいよ。何度呼ばれても、その名前は慣れません」
私の半笑いの顔を見て、カイルが顔をしかめる。
魔王ゼルギスが死んでから五年、カシュー地方で魔王軍討伐の軍を興した私は、志を同じくした兵士達と戦い、ついに魔王軍をライオネル王国から駆逐した。
初期から私に付いて来てくれたカイルは、その功績が認められて男爵位を授けられた。さらに彼は、この戦場では四人いる将軍の一人でもある。
「しかしロメリア様。昨日初めて見た時も驚きましたが、何度見てもすごい要塞ですね」
カイルが感心した声を出す。私も同感だ。ガンガルガ要塞はローエンデ王国が造り上げた難攻不落の要塞として名高く、周囲を覆う壁の高さは通常の城や砦の三倍はある。
「ガンガルガ要塞は滅亡したローエンデ王国の、いえ、ディナビア半島防衛の切り札ですからね。さすがによく造られています」
私は話しながら、頭の中でこの一帯の地図を思い浮かべた。
大陸の中央に位置する我がライオネル王国から北上すると、巨大なディナビア半島が海にせり出している。半島は西と北に伸び、西にはローエンデ王国が、北にはジュネブル王国がかつては存在していた。
現在ではどちらの国も魔王軍に滅ぼされ、西のローエンデ王国はローバーン、北のジュネブル王国はジュネーバと名を変え、魔族の巣窟となっている。
ここガンガルガ要塞はディナビア半島の根元に位置し、西に行くにも北に行くにも、この要塞を通過しなければならない。
ローエンデ王国はこのダイラス荒野に難攻不落の要塞を築くことで、ディナビア半島を支配し、自国防衛のみならず北のジュネブル王国を半ば属国としていた。しかし今やガンガルガ要塞は魔王軍の手に落ち、人類の大きな障害となっている。
「要塞には魔王軍の兵士が三万体は駐屯しているはずです。さらに未確認ですが、何やら特殊な兵器が設置されているようです。正面から挑みたくはありませんね」
私はガンガルガ要塞を見ながら軍略を語る。
魔王軍三万体が守備するガンガルガ要塞は、下手に手を出せばただでは済まないだろう。
「お言葉ですがロメリア様、カイルレン将軍。そのようなことでは困ります」
聞き耳を立てていた秘書官のシュピリが、柳眉を逆立て私達をたしなめる。
「ヒューリオン王国が魔王軍討伐の檄を飛ばし、ここに六つの列強国が揃っているのです」
シュピリが丘の麓を見下ろす。そこには無数ともいえる軍勢が丘に沿って整列し、ガンガルガ要塞を包囲していた。
ガンガルガ要塞を包囲する軍勢の中に、天に向かって吠える獅子の旗が翻っていた。我がライオネル王国の国旗だ。旗の下には五万人の兵士が整列している。ライオネル王国の左隣には、翼を広げた鷲の紋章を掲げるハメイル王国六万人の軍勢がひしめいていた。そのさらに左には、連合軍の旗振り役でもあるヒューリオン王国が軍勢を揃えている。大陸最強との呼び声高いヒューリオン王国は、太陽の旗と共に十万人の大軍でガンガルガ要塞を包囲している。
視線をライオネル王国の軍勢に戻して今度は右隣を見ると、銀の車輪の紋章を頂くヘイレント王国が七万人の兵士を率いている。さらに右には、ヒューリオン王国と大陸の覇を競い合うフルグスク帝国が月の紋章を掲げて十万人の戦力を動員していた。そしてここからではガンガルガ要塞に隠れて見えないが、五つの星の旗を掲げるホヴォス連邦が、七万人の軍勢を率いているはずだ。
列強にも数えられる六つの国、四十五万の兵士がここに集っていた。
「この連合軍には、世界中の注目が集まっているのです。何としてでも我らの手でガンガルガ要塞を攻略し、ライオネル王国の力を見せつけねばならないのです!」
「もちろん分かっていますよ。シュピリさん」
不敬ともいえるシュピリの態度に、カイルが顔をしかめる。
「いいえ、分かっておられません。ただでさえ我が国は連合軍の中で一番数が少なく、ロメリア二十騎士筆頭であるアルビオン将軍もレイヴァン将軍もいないのです」
「仕方ないでしょう。アルとレイは新たに創設された騎士団の訓練で、手が離せないのです」
「ですから、その分、ロメリア様には頑張っていただかないと。分かっているのですか?」
私の反論にシュピリが小言を言う。
「シュピリ秘書官殿。ロメリア様は総指揮官であらせられます。今のお言葉は不敬では?」
カイルがシュピリの態度を見とがめ前に出る。
目を細めるカイルの全身からは、針のような殺気が放たれ、右手は腰の剣に添えられていた。
「わっ、わた、私は……私は、アラタ王から任命された秘書官ですよ!」
殺気に当てられ、シュピリがたまらず自分の後ろ盾を持ち出した。
シュピリが私に不敬な態度をとるのは、彼女の後ろに二年前に即位したアラタ王の存在があるからだ。
二年前、ザリア将軍が起こした謀反、通称ザリアの乱により、アンリ王とエリザベート王妃が弑虐された。私は兵士達と共にザリア将軍を討ち、私の父であるグラハム伯爵が混乱する国内を鎮めた。
そして空席になったその位を、アンリ王の父の弟であるアラタ様が継いだ。
アラタ王の即位には私達も後援したが、そもそも王家はザリアの乱で勢力を伸ばした私達を良く思っていない。あわよくば私達を失墜させ、王家の力を復活させようと考えている。シュピリはアラタ王から派遣された監視役だった。
「ロメリア様もアラタ王から直々に指揮権を与えられております。そのロメリア様に対する不敬、王家に対する叛意と受け取ってよろしいか?」
鋭利な瞳でカイルはシュピリを見下ろす。
カイルはこの五年間で幾度となく死線を潜り抜け、その度に強くなった。その殺気に晒され、シュピリは閉口する。
「……カイル、おやめなさい」
「はい、分かりました。やめます」
私が制止すると、カイルは即座に跪いた。
カイルの行動に私はため息が漏れる。言うことを聞いてくれるのは有難いのだが、この忠犬ぶり。自分が周りからどう見られているか考えてほしい。
「シュピリさん」
「はっ、はひ」
私の呼びかけにと、秘書官は体を震わせて返事をする。
シュピリにとって私は、自分を抹殺可能なカイルが、忠犬の如く従う相手だ。私の一言で自分の運命が決まるのだと、シュピリは怯えていた。
「天幕に王国に送る命令書を忘れてきました。とってきてもらえますか?」
私はシュピリに頼みごとをすることで、彼女をここから追い払うことにした。シュピリも助かったと、慌てて丘を降りて行った。
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