第六十話 英雄と聖女の唄
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鈴蘭の旗の下、丘の上に立つ私の眼前には、たくさんの死体が転がっていた。いや、目の前だけではない。後ろも横も、どこもかしこも死体ばかりだった。
死体の間を兵士達が行き交い、地に落ちた旗を気にすることなく踏みつけていく。
泥まみれの旗は、黒い布地に金糸で大鷹が刺繍されていた。
ライオネル王国でも最強と名高き、黒鷹騎士団の旗だった。
かつては列強に名を轟かせ、その栄光と共に風を切っていた旗も、今は血と泥に埋もれ、顧みられることもなかった。
アンリ王とエリザベート王妃が殺された建国式典の翌日、城が焼け落ちた王都に、ザリア将軍の腹心の部下であるカレナ副将が、黒鷹騎士団を率いて進軍してきた。
私はザリア将軍の謀反とその死を伝えて降伏を促したが、カレナ副将は一切の交渉を拒否した。
主であるザリア将軍が謀反を働いた以上、彼らには引くべき道がなかったのだ。
破れかぶれの黒鷹騎士団の行動だが、王都の私達の状況も、あまり良いものではなかった。
まず式典に参加していたほとんどの騎士団に、ザリア将軍の息がかかっていた。謀反に参加した騎士団はザリア将軍の死を知り降伏したが、謀反に加わらなかった騎士団がいつ裏切るか分からず、彼らは味方とは言えなかった。
それに王城ライツも焼け落ち、王都の住人達は突然の謀反と王の死に動揺している。
私は王都で戦う不利を避け、王国第二の都市ラクリアへと移動し籠城した。
ラクリアに立て籠った私はファーマイン枢機卿長と交渉した。そしてファーマイン枢機卿長がザリア将軍と謀反を共謀したことを、不問にすることにした。
ファーマイン枢機卿長がザリア将軍と謀反を共謀したことは、後の調査でも証拠が発見された。しかし実行段階において、ファーマイン枢機卿長がザリア将軍と手を切り、エリザベート王妃を助けようとしていたことは多くの家臣や貴族達が目撃している。それに聖職者が謀反を企てたというのは、あまりにも外聞が悪すぎる。
ただしこのままというわけにもいかないので、亡きアンリ王の喪に服すという形で枢機卿長を辞任してもらい、救世教会の公式発表としてザリア将軍の謀反を公表し、カレナ副将以下、謀反に与する者を教会から破門するという宣言をしてもらった。
この宣言により、黒鷹騎士団に味方する者はいなくなった。
私はさらに駄目押しとして、私を救世教会公認の聖女と認定させた。
自分で自分を聖女と認定させることには抵抗はあったが、これにより私は教会の公認を得て、国中から認められる存在となった。教会の手前、これまで表立って手を貸すことが出来なかった貴族達からも、続々と援軍がラクリアに集まった。
私は十分に勝てる頃合いを見計らって、黒鷹騎士団との決戦に挑んだ。
黒鷹騎士団は最後、策を弄さずに正面からぶつかってきた。
もはや彼らにとって、華々しく戦場で散ることだけが救いだったのだろう。
私はなんとか勝つには勝ったが、これからどうするか、頭の痛い問題が残っていた。
政治に空白は許されない。すぐにでも新たな王を立てる必要がある。しかしアンリ王とエリザベート王妃が亡くなり、アレンとアレル二人の王子も行方不明となってしまっている。
二人の王子は謀反が起きた当時、謁見の間ではなく離宮にいたと言われている。だがザリア将軍は王子達を確保するため、離宮にも兵を差し向けていた。
離宮にいた乳母や侍女達は殺され、死体が確認されている。しかし奇妙なことに、離宮にはザリア将軍が派遣したと思しき兵士の死体もあり、誰が兵士を倒したのか分からず、アレンとアレル、二人の王子の行方も知れないままだ。
アンリ王の直系の子供達が行方不明である以上、どこかで王の係累を見繕い、王座に就けなければいけない。だが誰を王座に据えるべきか、私の一存では決められない問題だった。
もちろん死んだ王の代わりに、私が王位につくなどは論外だ。
清廉潔白な聖女であることが、今の私のウリだ。政治的野心を見せれば神聖さは瞬く間に薄れ、欲深いみだらな女に一変する。
うまく王族や貴族達と話し合い、批判の少ない方法でまとめないといけないだろう。しかしこれらの交渉は、昨日まで一介の伯爵令嬢だった自分には、問題が大きすぎた。
王族と貴族達との交渉は、お父様にやって貰おう。変わり身の早いお父様なら、こういう時にもうまく対応してくれると思いたい。
騎士団の再編も急がなければならない問題だ。
国の柱であった黒鷹騎士団が壊滅しただけでなく、謀反に加わった青狼騎士団や赤月騎士団も解散を余儀なくされた。おかげで王国の戦力はかつてないほどにまで低下していた。
魔王軍との国境を支える、ガザルの門の防衛も穴が開いたままとなっている。ガリオスを失った魔王軍がすぐに攻めてくるとは思えないが、戦力の回復に手間取れば再侵攻を許してしまうだろう。
アンリ王が宣言した退魔騎士団は白紙に戻すにしても、アルとレイを独立させ、それぞれ騎士団を率いさせることになるだろう。
私とお父様の権限が大きくなりすぎるが、今後も混乱が予想されるので、今はとにかく強力な騎士団が必要だった。
あとは教会勢力にも手を加えないといけない。
ファーマイン枢機卿長がザリア将軍と手を切り、謀反を反故にしたとはいえ、ファーマイン枢機卿長だけではなく、他の教会幹部達も謀反に同意していたのだ。教会の腐敗は目に余る。これを機に内部改革に乗り出すべきだろう。とりあえずノーテ司祭の破門を解き、枢機卿にでも引き上げて貰おう。そして融和路線を進め、現体制の見直しを計らせよう。
幸いにもファーマイン枢機卿長は私達に協力的だった。と言うか謀反の後、ファーマイン枢機卿長はめっきりと老け込んでしまった。
以前は脂ぎった顔をして、黄金に目を輝かせていたが、今はしなびた大根のようだ。
エリザベートの死がその原因らしい。どうやら彼は自分が本当は何を愛していたのか、失うまで気付けなかったようだ。
おかげで教会勢力は比較的自由に出来るのだが、他にも王都の再建に経済の立て直し、謀反に加担していた騎士団や貴族の処罰と、やることが多すぎて頭が破裂しそうだった。
正直どこから手をつけていいのかも分からない。
丘の上で頭を抱えていると、歩み寄る足音が聞こえてきた。
「相変わらず、小難しい顔しているわね」
「そんなに皺を寄せてると、顔に痕が残るわよ~」
二つの声が私の背中に掛けられる。私は慌てて振り返った。
振り返った先には二人の女性が立っていた。黒いローブに大きな三角帽子を被ったエカテリーナと、背中に刀を背負い、新緑の武闘着を身に着けた呂姫だった。
「エカテリーナ! 呂姫! え?」
私は二人を見て驚いた。
二人との再会は意外ではない。王国に残っていても不思議ではないし、アンリ王とエリザベートの死を知れば、二人はどこにいても駆けつけてくるだろう。しかしエカテリーナと呂姫が腕に抱く存在が、私に大きな混乱を与えた。
「え? ええ? 子供? いつの間に? おめでと、う?」
エカテリーナと呂姫は、胸にそれぞれ子供を抱いていた。
私は祝福していいのか分からず、自分でもなんだかよく分からない言葉になってしまった。
「いつ結婚を? 誰と?」
私が尋ねると、エカテリーナと呂姫は顔を見合わせて、困ったような顔をしたあと、二人して笑った。
その笑みを見て、私は二人がまだ結婚していないことを悟った。
二人の腕の中ですやすやと眠る子供達は。エカテリーナが抱える子供は二歳から一歳半ぐらい、呂姫が抱く子供は生後半年といったところだ。二人の子供はエカテリーナにも呂姫にも似ておらず、その寝顔はどこか亡くなったアンリ王とエリザベートを思わせた。
「まさか、その子供は!」
私は消息不明となっている、アンリ王とエリザベートの遺児の事を思い出した。二人の王子は、丁度エカテリーナと呂姫が抱いている子供ぐらいの年のはずだ。
建国式典の時、エカテリーナと呂姫が離宮にいて、二人の王子を守ったとすれば……。
「エカテリーナ! 呂姫!」
長男であるアレン王子を王位につけよう。
私は喉まで出かかった言葉を、無理やり飲み込んだ。
二人が本物の王子であることが証明されれば、これ以上ないほどの正当な王位継承者となる。
だがアレンとアレル、二人の王子はあまりにも幼すぎた。幼い子供の王位継承は、容易に傀儡政権へと移行する。
ただでさえ私やお父様に権力が集中しすぎている。この上、国王まで意のままに操れるとなれば、この国を牛耳ったようなものだ。
こちらにそのつもりが無くても、周りが黙っていない。確実に反乱が起きるだろう。
また、幼い王子のためにもならない。
王宮の内部は陰謀渦巻く毒蛇の巣だ。策謀が横行し、暗殺が起こりうる。
そんな状況に乳飲み子を放り込めば、殺したも同然だ。
王宮の権力闘争など、この子達にはなんの関係もない。せっかく生き延びたアンリ王達の子供だ。健やかに育ってほしい。
私が言葉を飲み込むのを見て、エカテリーナと呂姫は笑った。二人の笑みを見て、私も笑った。笑うしかない。
「二人はこれからどうするの?」
私が尋ねると、エカテリーナも呂姫もどうしようかと首を傾げていた。
「とりあえず実家に戻って、この子に魔法を教えるかな~」
エカテリーナは、どうやら以前住んでいた森に帰るようだ。
「私もどこかの山か森で、この子に武術を教えるよ」
呂姫はどこに居を構えるか、まだ決めていないようだった。しかし一国の王子達が片や魔法使い、片や武術家となるわけだ。こんな未来を誰が想像しただろうか?
「それじゃ、ロメリア。大変だろうけど頑張んな!」
「頑張ってね~」
呂姫が凛とした声を、エカテリーナが間延びした声を掛け、去っていく。
私は子供を抱える二人の後ろ姿を見送った。
アンリ王とエリザベートの子供達が立派に成長し、活躍する姿が今から待ち遠しい。
子供達のことを考えて、私は最初に手を付けるべき仕事を思いついた。
丘の上に立つ旗の下でその仕事をしていると、鎧を着た一団が私の下にやって来る。
「あれ? ロメ隊長。なんですその唄? どこかで聞いたことありますね? どこで聞いたんだったかな?」
アルがロメ隊を引き連れて戻り、私が口ずさんでいた唄について尋ねる。
「知らないのですか? アル。これは英雄と聖女の唄ですよ」
私は唄のことを教えてやった。
旅の途中で、心の慰めにと聖女が英雄に唄ったものだ。
「いい唄ですね」
レイが私の口ずさむ旋律に聴き入る。
「そうでしょう。今度貴方達にも教えてあげます」
私はロメ隊の皆に約束した。
これが私の最初の仕事だ。
英雄アンリ王と聖女エリザベート王妃。
二人の名前とその愛を語り継ぐ。
千年の時を越えても唄われるように。
明日から第四章がスタートします