第七話 パーティーに招待されたから、着飾ってみた
「私は、ポルヴィック守備隊長を任されている、ザルツクと申します」
ザルツクと名乗った使者は、日に焼けた精悍な顔つきの男性だった。
「救国の聖女、ロメリア様でいらっしゃいますか?」
「いかにも、私はロメリアです。しかし聖女はおやめください。ザルツク様」
聖女と呼ぶザルツクの言葉を、私は否定しておいた。
私達の活動が認知されてきたのはうれしいのだが、聖女と呼ばれるのは勘弁願いたかった。私はライオネル王国の国教である、救世教会の認定を受けた聖女ではない。聖女と呼ばれるのは教会との軋轢を生むし、何より私が恥ずかしい。
「ではロメリア様。救援に駆けつけていただき、ありがとうございます。まずはポルヴィックを代表してお礼を申し上げます」
ザルツクが丁寧に頭を下げる。
「我が主ダナム子爵も、直接お礼をしたいと申しております。また、ささやかですが宴の席を設け、ロメリア様や兵士の皆様を歓待したいと考えています。ぜひ我が主の館にご足労いただけないでしょうか?」
「ありがたくお受けさせていただきます。ですが、少し時間を頂けますか? 負傷兵の収容を済ませたいのです」
私はザルツクの招待に応じるが、少し時間をもらうことにした。貴族を待たせるのは良くないと分かっているが、命がけで戦ってくれた人を放置して、歓待を受けるわけにはいかない。
「もちろんです。我々にもお手伝いをさせてください。守備隊の兵舎を空けますので、そちらをお使いください」
「それはありがとうございます。ぜひお願いします」
私はザルツク隊長の申し出を受け、負傷兵の収容を手伝ってもらう。クインズとヴェッリの両先生には、ポルヴィックへの入場の手はずも整えてもらうよう指示する。
話し合いや指示を終えると、いつの間にか私の側に金髪と黒髪二人の女性が侍っていた。二人共クインズ先生が見つけた侍女で、金髪に巻き毛、顔にそばかすが浮いているのがレイラで、長い黒髪に陶器のような白い肌の女性がテテスだ。
「お話は終わりましたか? ロメリア様。ではさっそくお着替えいたしましょうね」
「髪をとかして、お化粧も致しましょう」
レイラとテテスはにこやかな笑みを浮かべ、私は反対に顔をしかめた。
「あの、宴には軍装のままで……」
私は控えめに主張したが、二人の侍女は許さなかった。
「貴族の宴に、鎧姿で出る令嬢がありますか」
「そうですよ。さぁ、ドレスを着ましょうね。この間グラハム伯爵様が送ってくださったドレスがありますので、あれにしましょう」
レイラとテテスは私を天幕に引きずり込むと、鎧をはぎ取り服を脱がす。二人の侍女が織りなす連携は、戦場を知る私でも疾風迅雷と言える手捌きだった。あれよあれよという間に、私はドレスを着せられ髪を整えられ、顔には化粧が施された。
気が付けば鏡の中には、着飾った淑女が出来上がっていた。
髪は丁寧にまとめられ、顔には精緻な化粧が施されている。そして肩が大きく開いた白のドレスは、装飾が少ないものの生地の発色がよく、型も色合いも社交界の最先端だ。この髪型と化粧、そしてドレスに文句をつけることは誰にも出来ないと思う。
そう、髪形と化粧、ドレスだけは。
「お似合いですよ、ロメリア様」
「大変お美しい」
レイラとテテスが褒めてくれる。
もちろんお世辞だろう。分かっている、分かっているのである。私にこの手のお洒落は似合わない。侍女達はかなり頑張ってくれているが、元が悪いからどうしようもない。
毎日外にいるので髪が痛み、肌は日に焼けている。ドレスも美しいが、肩が広く胸が小さい私には、似合っていなかった。
こういう髪型はかつての仲間である呂姫がすれば、艶のある黒髪がより美しく際立っただろう。ドレスに袖を通すのがエカテリーナなら、豊かな体形をより引き立っただろう。同じ化粧をエリザベートがしたのであれば、誰もが振り返っただろう。
知り合いと比べると、あまりにも私は華がなかった。
鏡に映る自分にため息をつきながら、最後に絹の手袋を身に着けて天幕を出る。
戦場を見れば、負傷兵の収容はほぼ完了しているようだった。仕事を頼んだアルとレイが戻ってくる。
「あれ? ロメ隊長。どうしたんですか? 女の子の格好なんかして?」
アルが憎まれ口を叩いてくれる。
可愛くないアルの言葉だが、下手なお世辞よりはましだろう。一方、レイを見ると、彼は体を硬直させていた。
私を凝視するレイに、隣にいたアルが肘鉄をくらわす。我に返ったレイが慌てて口を開いた。
「そっ、その、大変お美しく」
レイが声を裏返しながら褒めてくれる。しかし私は勘違いしたりしない。レイはいつも褒めてくれるし、身内の欲目というのもある。何より私自身、自分の容姿に自信がないので、過剰に褒められると、素直に喜べない。
「ありがとう。レイ」
私はとりあえず笑って礼を言っておく。
「二人も準備してください。街では歓迎の宴があるそうです。兵士達と共に入場します」
私はアルとレイを連れてポルヴィックに向かう。街の前では、ヴェッリ先生達が入場のために兵士を集めてくれていた。
ロメ隊やカシュー守備隊、そして同盟軍が隊列を組み整列している。
「では、行きましょうか」
私は彼らの先頭に立って号令を下し、兵士達と共にポルヴィックの門を潜った。
入場した私達を出迎えてくれたのは、割れんばかりの拍手と歓声だった。ポルヴィックの住民達が集まり、手を振り歓迎してくれていた。城門や町の建物からは紙吹雪がまかれ、私達に降り注ぐ。
出迎えてくれた住民達は子供や老人、女性が多く、若い男は体に包帯を巻いた怪我人ばかりだった。住民総出で戦い、まさに陥落寸前だったのだ。それだけに歓迎の嵐となっている。
先頭を歩いていた私は、首だけを回して後ろの兵士達を見た。
兵士達は皆胸を張り、うれしそうにしていた。戦いの苦労が報われる瞬間だから当然だろう。歓迎を受ける兵士達の後方には、自力で立てない重傷者もいた。彼らは荷車や担架に乗せられ歓迎を受けていた。
重傷者を移動させるのは本来よくないのだが、どうしても彼らにこの光景を見せたかった。自分達の行動には、戦いには命を賭ける価値があったのだと。人々を喜ばせることをしたのだと、誇らしい気持ちになってほしかった。
街の広場には食事が用意されており、私は兵士達に休息をとる許可を与えた。兵士達は喜びながら食事にありつく。久しぶりのご馳走に、皆が喜んで舌鼓を打った。
負傷兵はポルヴィック守備隊の兵舎に運びこまれ、治療を受ける。
一方、私はアルやレイ、ロメ隊の面々と共に、ザルツク隊長に案内されてダナム子爵が待つという館へと向かった。
広場から直進して街の中央部に向かうと、貴族の邸宅が立ち並ぶ区画に出る。さらに直進すると、ポルヴィックの中心に、大きなダナム子爵の館があった。
開け放たれたダナム邸の門を潜り、壮麗な庭を進んで開かれた扉から屋敷に入る。まっすぐ続く廊下を抜けると、大きな広間に出た。
広間には長机と椅子が幾つも並べられていた。机には贅を凝らした料理と酒杯の数々が並び、椅子にはドレスや礼服を着た紳士淑女が揃っていた。
広間の奥には大きな長机が置かれ、その更に奥には見事な透かし彫りの椅子があり、浅黒い顔をした背の小さな中年男性が椅子に座っていた。
「ロメリア様。良くおいでくださいました。私がポルヴィック領主のダナムです」
透かし彫りの椅子に座っていた男性が立ち上がり、名前を名乗る。
「お招きに感謝致します。ダナム様」
「なんの、感謝をするのは私の方です。よく街を、領民を救ってくださいました。ささやかですが宴の席を用意しております。今日は心ゆくまで楽しんでいってください」
ダナム子爵が手を叩くと楽団が演奏を始め、宴が始まった。




