第五十七話 頬を濡らすもの
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凶刃からこぼれた鮮血が宙を舞い、広場にいる私の頬と鈴蘭の旗に降りかかった。
私は頬に付いた血を指で拭い、血の付いた手を確認したが、それでも自分の指を濡らすものが信じられなかった。
七十年目の建国式典。魔王の実弟ガリオスを討った功績が認められ、カシュー守備隊も招待された。しかしアンリ王が演説で謝罪し、全ての騎士団を解体して魔王軍に対するため退魔騎士団を作ると言い出した。そしてその初代団長に私を任命した。
アンリ王の宣言に周りにいる民衆は熱狂したが、何も聞いていなかった私は、ただ困惑するばかりだった。しかもその直後、アンリ王はザリア将軍とファーマイン枢機卿長が計画している謀反を告発。ザリア将軍が凶行に走りアンリ王を斬ろうとしたが、エリザベートが飛び出して斬られた。
信じられないような出来事の連続で、まるで現実味がなかった。しかし私の頬に降りかかったエリザベートの血は赤く、間違いなく本物だった。
「ロ、ロメリア様」
冷静沈着なレイも、事態についていけず動揺していた。ほかの兵士も迷いの瞳を見せる。
私もどうしていいのか分からなかったが、列を作る騎士団の一つが、突然動き始めた。黒い旗に鷹の紋章。黒鷹騎士団だ。正面にある王城ライツの城門を確保しようと動いている。
軍事的な動きを見て、私の思考は混乱から冷徹な指揮官のものへと切り替わった。
まずは周囲の状況確認。式典の警備兵は全てザリア将軍の手の者らしく、剣を抜いて警戒態勢に入っている。さらに黒鷹騎士団が城門を押さえようとしていた。
広場にいる騎士団の内、青狼騎士団と赤月騎士団は謀反に呼応して動き始めているが、残りは動いていない。ザリア将軍の凶行にただ戸惑っている。
民衆は目の前で起きた謀反に呆然としていた。だが何人かが騒ぎ始めている。このままでは暴動が起きる。混乱に巻き込まれれば動けなくなる。
「カシュー守備隊! 整列!」
動揺する兵士達に、私は切り裂くような声で命令した。
混乱していても兵士の性か、セメド荒野の戦いを生き残ったカシュー守備隊七百人が一斉に姿勢を正す。
私は細身の剣を抜き、バルコニーに立つザリア将軍に、突き刺すように向ける。
「我々、カシュー守備隊は王家に付く! ザリア将軍を討つぞ! 親衛隊以外は王国の騎士団といえ敵と心得よ、歯向かう者は容赦するな! カシュー守備隊! 城門に向けて突撃!」
私はバルコニーの下に設けられた、巨大な城門に剣を向ける。
カシュー守備隊の全員が突撃し、私も続く。
城門の前では黒鷹騎士団が、城門を占拠しようとしていた。
「オットー、カイル!」
私が走りながら叫ぶと、二人は待っていましたと走る速度を速める。城門の前ではこちらの動きに気付いた黒鷹騎士団が、盾を並べ防衛線を構築する。
「オットー! 頼む」
身の軽いカイルが一言叫んで、オットーに向かって宙返りをする。オットーが愛用の戦槌を構えると、カイルは猫のような身のこなしで戦槌の先端に着地した。オットーは信じられない膂力で、カイルを載せたまま戦槌を振り抜く。
放物線を描いてカイルが宙を飛び、盾を並べる敵の戦列を飛び越えて敵の後方に着地する。即座に振り返り、両腕を鳥の翼のように広げた。一拍遅れて、盾を並べた黒鷹騎士団の兵士六人が倒れる。その背中や首には、カイルが投擲した短剣が突き刺さっていた。
黒鷹騎士団は戦列を飛び越えて来たカイルに驚きながらも、七人の兵士が素早く動き、三人の兵士がカイルに斬り掛かり、四人の兵士が穴のあいた戦列を塞ごうとする。だがカイルは豹の如き動きで敵の攻撃を回避し、塞がれようとしていた戦列は、地響きを立てて爆走するオットーが戦槌で薙ぎ払った。
二人が開けた穴にカシュー守備隊が雪崩込み、城門を占拠しようとしていた黒鷹騎士団を撃破する。
「オットー! カイル! それにベンとブライ! ここに二百人残す! このまま城門を確保。誰も入れるな!」
「「「「了解!」」」」
四人の声が重なり、私はここを任せて兵士達と共に進む。
城内に入ると、城門に向かって走って来た十人程の兵士と遭遇する。
だが彼らはザリア将軍の兵士ではない。赤い獅子の旗章を身につけた親衛隊だ。互いに剣を向け合うも、私は先頭に出て手で制する。
「親衛隊の方ですね、私はカシュー守備隊のロメリア! 我々は王家につく!」
私はまず旗幟を鮮明にする。誰が敵か味方かも分からないが、立ち位置だけははっきりとさせておく。
「ありがたい、王家についてくれるか」
親衛隊の兵士は安堵して剣を下ろした。
以前なら信じてはもらえなかっただろうが、セメド荒野の戦いで共に命を預けあった仲だ。死線を潜り抜けた経験は大きい。
「城門は我々が押さえました。親衛隊の兵士はこれだけですか?」
私は親衛隊の数を見る。たったの十人。あまりにも少なすぎる。
「アンリ王の命令だ。敵に察知されぬよう、警備を他所に回されたのだ」
兵士の話を聞き、私は目を細める。
おそらく街の門や兵器庫などの重要施設に、親衛隊を割り振ったのだろう。要所を押さえれば謀反が不発に終わると思ったのだろうが、肝心の城がザリア将軍の手に落ちては……。
そこまで考えて、私はアンリ王が死ぬつもりだったことに気付いた。衆人監視のなかで王を殺せば、謀反人の汚名からは逃れられない。
いかにザリア将軍が王国の騎士団に強い影響を持っていたとしても、離反者が続出する。風向きが悪いとなれば、ザリア将軍派の騎士団も手のひらを返してザリア将軍を討つだろう。
アンリ王の誤算は、エリザベートが自分を庇い、斬られてしまったことだ。
ファーマイン枢機卿長が謀反に加担していれば、聖女であるエリザベートと子供達は安全だと踏んだのだろうが、エリザベートの内心を考えていなかった。
「分かりました。城内は私達が押さえます。グラン、ゼゼ、ジニは城内の右を、ラグン、ボレル、ガットは左。シュロー、メリル、レットは裏門を、それぞれ百人を率いて確保!」
私の指示に、兵士達が動いていく。
「我々もそこに加わろう。表門に二人、裏門に二人、左右にもそれぞれ二人ずつだ」
親衛隊の兵士が申し出てくれる。王家に忠誠を誓う親衛隊が部隊に加わってくれれば、我々がどちらの側か分かりやすい。
「残りは私と共に王の下へ!」
私は二人の親衛隊に先導を頼み、二百人の兵士と共に、謁見の間を目指して城の階段を登る。だが階段を登り始めた私達とは逆に、上から貴族達が滑り落ちるように階段を降りてくる。
彼らを助けてあげたいが、優先すべきはアンリ王達だった。
「どいてください! 逃げるのならば裏門へ! 裏門へ逃げて!」
私は避難誘導をしながら、逃げる人をかき分け謁見の間を目指す。
「おおっ、ロメリアか!」
貴族達が上げる悲鳴と怒号の中、懐かしい声が聞こえてきた。見れば、長躯のわりに小さな目をしたお父様が逃げる人の波の中にいた。
お父様は立ち止まろうとしたが、人の波に飲まれ止まれなかった。
私は反射的に手を伸ばしたが、お父様は手を私に伸ばさず、上へと向ける。
「ロメリア! アンリ王とエリザベート王妃を助けよ!」
それだけ言うと、お父様は人の波に飲まれ、見えなくなってしまった。
短い言葉だったが、それだけで十分だった。
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