第五話 勝利が確定したから殲滅に入った
「アル、レイ。次は左です!」
私は魔王軍重装歩兵を殲滅すると、すぐに左を指差した。重装歩兵を手早く始末出来たが、左から騎馬の一群がこちらに向かって来ていた。
数は百体と少ないが、先頭を走る数体の魔族は精鋭の印である赤い鎧を着ている。
ロメ隊がすぐに隊列を整えるが、突撃はまだだ。まずはアルとレイが前に出る。
対する魔王軍の騎兵部隊からは、大きな十字槍を持つ魔族が駆け抜けてくる。やって来る魔族を相手にアルが槍を払うと、穂先からは猛火が吹き出し、熱気が私の頬を打つ。
突如生まれた炎に、魔王軍の騎兵部隊も驚いて足を止める。
一見すると大きな炎だが、実は見た目程の大きな威力はない。この炎の目的は、敵の足止めと目眩しだ。
炎が放たれた瞬間、アルの側にいたレイが愛馬の背を蹴って跳躍し、風を受けて空を滑空していた。
もちろん普通に跳躍しただけで、鳥のように飛べるわけがない。レイご自慢の風の魔法だ。
自身の周囲に気流を生み出し、特別にあつらえた骨組み入りのマントで風を捉えているのだ。
上空で旋回していたレイが標的を捉え、槍を構えて一気に急降下する。その姿はさながら猛禽類だ。
一方、炎に驚き足を止めた十字槍を持つ魔族は、頭上からの攻撃に気付かず、兜ごと頭を貫かれて即死する。
突如上空から現れたレイに驚きつつも、魔王軍の騎兵が槍を繰り出す。
三本の槍がレイに殺到したが、貫かれる前にレイは頭を貫いた魔族の体を蹴って再跳躍。風を受けて空を舞う。
鳥の如く空を飛ぶレイに、魔王軍は驚きの声を上げる。さすがの魔王軍にも、空を飛ぶ者はいないらしい。
天を支配したレイが、まるで飛び石を飛ぶように敵の頭上に着地して、頭や胸を貫いていく。
普通の戦場ではまずお目にかかれない、レイの跳躍攻撃。魔王軍の注意が上へと向くが、そこをアルの槍が襲う。
魔王軍の精鋭は、咄嗟に槍を返してアルの攻撃を防ぐが、アルの槍からは炎が吹き出す。
魔族の爬虫類のような顔が、一瞬炎に包まれる。だがこの炎にも敵を焼き殺す力はない。しかし炎で視界を奪った一瞬を逃さず、アルは槍を返して魔族の太腿を貫いた。
魔王軍の精鋭は、この程度の傷では倒れぬと槍を構える。だがアルが突き刺した傷口は、赤黒く光り炭のように燃え続けている。
足を貫かれた魔族が槍を放とうとした瞬間、熾火のような傷口から突如炎が吹き出す。炎は魔族の体を覆い尽くし、焼き殺していく。
これぞアルお得意の炎の槍『火尖槍』の威力だ。突き刺す事が出来れば、必殺の魔槍となる。
アルはさらに炎が噴き出る槍を振り回し、次々と赤い鎧を着た魔族の肩や足を貫いていく。
『火尖槍』に空からの跳躍攻撃。アルとレイを前に、魔王軍の精鋭でも相手にならない。
敵の主力である赤鎧を打ち倒し、そこにロメ隊とカシュー守備隊が襲い掛かる。私は敵の対処をアル達に任せ、旗を高らかに掲げてよく見えるように振り回した。
周囲を見れば、魔王軍は混乱から立ち直り、私達を包囲しようと動いていた。
カシュー守備隊が開けた穴も、塞ぎにかかっていた。このままでは袋の鼠、いや竜に飲み込まれた鼠だろう。いくらロメ隊が強くても、いずれ四方から押しつぶされる。
ちゃんと来てよ。
私は心の中で念じ、掲げた旗を倒し、上げてまた倒した。何度か旗を上げ下げした後、周囲の森を見る。……何も起きない!
私は顔では平静を保ったが、内心では動揺した。
「ロメ隊長!」
私の合図にも動きがないことにアルが気付き、どうするかと目で問う。
私は歯噛みしながら対策を講じようとした瞬間、周囲の森から太鼓や銅鑼の音と共に、四千人の歩兵が現れてくれた。
彼らは私が立ち上げた軍事同盟、通称ロメリア同盟に賛同してくれた領主達の軍勢だ。
同盟軍四千人の兵士は、魔王軍を包囲し、背後から一斉に襲い掛かった。
私達に注意を引かれていた魔王軍は、突然現れた同盟軍に、完全に後ろを取られた形となる。
「さぁ、私達も暴れまわりますよ! グランとラグン、オットーとカイルは歩兵三百人を率いてここに陣形を築いて! ベン、ブライは北の敵を、グレン、ハンスは東。タースとセイは西だ! ゼゼとジニは南東、ボレルとガットは南西! それぞれ歩兵百人を率いて前進!」
私は敵の中で陣を敷き、ロメ隊の面々に命令を下す。
敵に包囲された私達は袋の鼠だが、その魔王軍を同盟軍が包囲している。
魔王軍が私達を討とうとすれば、同盟軍が襲い掛かる。同盟軍に対処しようとすれば、私達が内から圧力をかける。私達は竜に飲み込まれた鼠だが、竜のはらわたを食い破る鼠となる。
命令を受けて、ロメ隊の面々が一斉に動きだす。
巨漢のオットーと身軽なカイルが戦場の中心を支え、槍の達人であり、指揮もこなすグランとラグンの双子が左右を受け持つ。
ベンとブライはオットーに次ぐ巨漢であり、その動きは力強く安定感がある。
アルに対抗意識を燃やすグレンはやや危なっかしいが、落ち着いて視野の広いハンスがいれば安心出来る。
セイは真面目だが、時々融通が効かない。だがいい加減で大雑把なタースがいれば丁度いい。
いつも明るいゼゼが元気よく進み、寡黙なジニが追いかける。
ガットは戦場で手柄を立てようと張り切っている。ガットとは同郷で、兄弟が多く面倒見のいいボレルが脇を支えている。
ロメ隊、ロメリア二十騎士とも呼ばれている彼らがいれば、敵陣のど真ん中でも戦える。だが二十騎士というのは語弊のある呼び名だ。最初二十人いたロメ隊も、激しい戦いにより一人が戦死し、三人が戦線離脱を余儀なくされている。特に亡くなったミーチャのことを考えると胸が痛い。だが彼の分も戦わなければいけない。
「アル! レイ! 私達も行きますよ!」
「やれやれ、ロメ隊長。もう勝ちは決まったようなものなのに、まだやるんですか」
私の声に、アルが呆れた声を上げる。
「当然です。同盟軍の皆さんが頑張っているのです。同盟を立ち上げた私達が、最後まで戦わなくてどうするのです」
『恩寵』の効果を考えれば、勝負は決まったと言える。だが戦場では何が起きるか分からない。抵抗を続ける敵の中核に切り込み、勝利を確実なものにすべきだ。
「聞いたかお前ら! ロメ隊長はさらなる血をお望みだ! たっぷり流せ!」
アルが槍を掲げて叫ぶ。
私はそんなこと言っていないが、周りの兵士達はアルの声に同調して気炎を上げる。
士気が上がっているならそれでいいかと、私はため息をつきながらも馬を走らせた。