第四話 聖女のふりしてたら聖女と呼ばれるようになった
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私は白馬に跨がり、林の中を全速で走らせた。
白い甲冑を着込み、手に旗を持ちながら、林の中を馬で走るのは辛いものがあった。しかし金糸で鈴蘭の意匠が施されたこの旗は、通称ロメリア騎士団、正式にはカシュー守備隊の象徴でもあるため、落とすわけにはいかなかった。
私が旗を持ちながら林を抜けると、そこは戦場だった。
丘陵地帯には魔王軍の黒い軍勢がひしめき、城塞都市ポルヴィックに攻勢を仕掛けている。
その数はざっと見て三千体。魔王が討たれてすでに三年が経っているというのに、まだこれだけの数が王国に残っている。しかもその陣形は見事と言うしかなく、美しくすらあった。
正面から挑めば、撃ち破るのは困難な陣形。しかし林を抜けて接近したので横をとれた。
私が勢いよく馬を走らせると、私に気付いた魔王軍の兵士が、驚いて避けてくれる。
「ロメ隊長!」
「ロメリア様!」
後ろから聞こえた声に、私は一瞬だけ振り向く。背後には二人の騎兵が、魔王軍の兵士を蹴散らしながら追いかけて来ていた
燃え盛る炎のような赤い鎧を着込んだアルと、空のように蒼い鎧を身に着けたレイだった。
二人共この三年の戦いで成長し、立派な騎士へと変貌していた。
知り合った頃のアルは、生意気盛りといった顔つきだったが。幾多の戦いを経て、今では獅子のごとき風格さえある。そしてレイはといえば、以前は育ちの悪い大根のようだったが、この三年で顔のそばかすも消え、ほっそりした顎が凛々しい美丈夫となっている。
変わったのは見た目だけでなく実力も付け、数々の武功を上げていた。そのため二人は騎士として叙勲され、アルはアルビオン、レイはレイヴァンと名を変えた。
「危ないですよ、ロメ隊長!」
「そうです、ロメリア様。お下がりください!」
二人は私を追いかけながら声を上げる。騎士となり名前が変わっても、私にとってアルはアル、レイはレイだった。
二人の背後には、十数人のロメ隊、通称ロメリア二十騎士がいた。そして三年の時を経て千人以上に膨れ上がったカシュー守備隊、通称ロメリア騎士団が私に追従し、敵を蹴散らしている。
「ロメリア様! 本当に危険です! お下がりを!」
すぐ後ろのレイが叫ぶ。彼の言うことは正しい。いくら魔王軍の隙をついているとはいえ、先頭に立つのは危険だ。
それに神が私に与えてくれた、周りの者に幸運を授ける奇跡の力『恩寵』も、私自身には効果がないため、運が悪ければ死ぬ。
「もう少し、もう少しだけ進みます!」
私は後ろの二人に向かって叫ぶと、馬の腹を蹴り、さらに速度を上げた。
たしかに危険だが、それでも私が先頭に立つのには意味がある。
私がカシューに赴き、魔王軍を討伐する軍隊を興してはや三年。各地の魔王軍を倒して回っているうちに、気付けば私は聖女と呼ばれるようになってしまった。ロメ隊もロメリア二十騎士と讃えられるようになり、カシュー守備隊もロメリア騎士団とあだ名されるようになった。私が立ち上げた軍事同盟も、いつの間にかロメリア同盟などと呼称されている。
正直、自分の名前が連呼されるのは恥ずかしいし、聖女と呼ばれるのは断固拒否したい。だが私の名前が人々の口に上り、聖女と崇められるたびに、カシュー守備隊に入りたいという青年が現れ、同盟に加わりたいという手紙が届くようになった。
今や私はこの騎士団の象徴、認めたくはないが偶像なのである。偶像には偶像の役目がある。望む望まざるにかかわらず、人は求められた役割はこなさなければならない。人々が私を聖女と崇めるのであれば、私は人々の前で聖女として先頭に立たなければいけない。
そのために、この目立つ白い鎧や白馬をあつらえたのだ。しかし人の目につくということは、敵にもよく見えるということだ。案の定、魔王軍は私目掛けて百本の矢を放ってきた。
空を覆い尽くす殺意の塊のような矢が、私に向かって殺到する。だが当たる直前で矢は逸れ、まるで私を避けるようにあらぬ方向へと飛んで行った。
これぞ神の奇跡! と思う人もいるだろうが、もちろん違う。『恩寵』の効果は私には適用されない。矢が逸れたのは風の騎士とも呼ばれているレイの魔法だ。後ろを走る彼が、風の魔法で私を覆い、矢を逸らしてくれたのだ。だがさすがに目立ちすぎた。レイの魔法も万能ではない。
「ロメ隊長。もうだめです」
時間切れだとアルがレイと共に私を追い越し、ロメ隊の面々が周囲を取り囲む。
私も偶像としての役割は十分こなしたので、守られることを受け入れる。だが私にはまだやることが残っている。偶像としての役割は人に求められた仕事だが、私が望む仕事は、指揮官として戦を勝利に導くことだ。
私は馬に乗りながら周囲を見回し、敵の動きをつぶさに見て、自軍の状況を把握する。
魔王軍の半数は、まだ私達の存在に気付いていない。一方で我らがカシュー守備隊はというと、私が進みロメ隊が広げた穴に入り込み、魔王軍を蹴散らしている。
突然横から殴りつけたため、状況はこちらに有利。だがこの優位は一時のものだ。数では魔王軍が依然優勢だ。不意打ちの混乱も、いつまでも続かない。戦場を見ていた私は、進む前方と、さらに左前方にいる魔王軍に動きがあることに気付いた。
前方では魔王軍の重装歩兵部隊が方向転換を完了し、盾を連ねて私達を待ち構えていた。更に左前方では魔王軍の騎兵部隊が私達に対応して動き始めている。重装歩兵で受け止め、騎兵で殲滅する構えだ。
状況確認と判断が早い。視野の広い隊長が率いているのだろう。
「アル、レイ。前を!」
私は旗を前に向け、重装歩兵部隊を指し示す。
本来なら進路を変えるべきだが、優秀な指揮官と部隊は早めに潰してしまいたかった。
「了解、突き崩すぞ」
アルが小さく呟き、ロメ隊が矢のように隊列を整え突撃する。私達を迎え撃つは、防御陣形を整えた重装歩兵の盾と槍だ。
互いの槍が触れ合った瞬間、まさに鎧袖一触。魔王軍重装歩兵の戦列が吹き飛んでいった。
アル達ロメ隊が繰り出す槍は、魔王軍の盾を貫き、防御の陣形を粉砕していった。
特に、先頭を走るアルとレイの働きが大きい。今や国中にその名を轟かせる二人は、競うように敵を倒していく。
アルが槍を振り抜けば、魔王軍の兵士が吹き飛び、レイが槍を繰り出せば、瞬く間に数体の魔族を突き殺す。ロメ隊の中で最強を二分する二人の働きは、さすがという他ない。
だが活躍しているのはアルとレイだけではない。巨漢のオットーが巨大な戦槌を振り回せば、それだけで敵が吹き飛ぶ。大振りをするオットーの隙を突こうと魔族が襲い掛かるが、カイルが投げた短剣が喉に突き刺さる。
個人技では敵わぬと見て、六体の魔族が槍を揃え連携した動きを見せる。だが同じ顔をした二人の騎士が、魔族の槍をはばむ。ロメ隊の双子であるグランとラグンだ。二人は馬がぶつかりそうなほど体を密着させ、長い槍を振り回す。
普通なら槍や手足が互いに当たりそうなものだが、グランとラグンは互いの体に紐でもついているのか、全く同じ動きを見せる。あれほど密着しているのに、互いの体に触れもしない。
まるで分身でもしているかのような双子の連携に、魔王軍は対抗出来ず打ち倒される。
ロメ隊の主力とも言える六人が開けた穴に、カシュー守備隊が雪崩込み、百体の重装歩兵を殲滅した。