第三話 ロメリア同盟の戦力
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新たな英雄の姿を見られたことに、オームを始め兵士達も興奮していた。だが危機はまだ去っていない。ロメリア達は未だ敵陣の奥深くに位置しており、周りは全てが敵だ。魔王軍の半数はまだ状況を把握出来ていないが、いち早くロメリア達に気付いた魔王軍の騎兵部隊が、後方から突撃して来ている。
「ザルツク隊長、あの騎兵は精鋭ですよ」
オームがロメリア騎士団に迫る、魔王軍騎兵部隊を指差す。確かに騎兵の中には、赤い鎧の兵士が何体かいた。
魔王軍は鎧の色を黒で統一している。だが一部精鋭には血のように赤い鎧を身に着けることを許していた。精鋭が率いる騎兵部隊。これは先程のように簡単に倒せる相手ではない。
ロメリア騎士団全員で当たるかと思ったが、魔王軍の精鋭に対して、アルビオンとレイヴァンの二人が前に出る。
「まさか二人で相手をするつもりか? いくらなんでも無謀すぎる」
隣にいたオームも叫ぶ。だがアルビオンとレイヴァンは向かいくる敵を前に、悠々と前に進み出た。
対する魔王軍の騎兵部隊からは、十字槍を脇に抱えた一体の魔族が飛び出てくる。
十字槍を持つ魔族が来るのを見て、アルビオンはまだ距離が離れているというのに、槍で空中を薙ぎ払った。すると槍の穂先から猛火が吹き出し、戦場を赤く照らす。
「魔法か!」
オームが戦場を照らす炎に、驚嘆の声を上げる。
ザルツクも大きな炎に驚いた。赤騎士アルビオンは別名炎の騎士とも呼ばれ、騎士でありながら魔法を使うと言われていた。しかし……。
「見た目はすごいが、敵を巻き込めていないぞ!」
ザルツクは炎に驚きつつも、規模の割に魔王軍を倒せていないことに気付いた。十字槍を持つ魔族も、炎に驚き足を止めているが、負傷した様子はない。
「隊長! あれを!」
オームが驚きながら、戦場の遥か上空を指差した。
そこには蒼い点があった。蒼騎士レイヴァンが、マントに風を受けて空を飛んでいた。
「ほっ、本当に空を飛んでいる」
誰の声なのか分からないが、兵士の呟きが聞こえた。
蒼騎士レイヴァンは、空を飛ぶと言われていた。ザルツクは戦場によくある流言の類だと思っていた。だが本当に空を飛び、上空から戦場を見下ろしている。
空を飛ぶレイヴァンが身を翻したかと思うと、槍を構えて猛禽類の如く急降下する。
炎に目を奪われていた十字槍を持つ魔族は、頭上から襲い来るレイヴァンに気付くことなく、頭を兜ごと槍で貫かれた。
突然上空から飛来したレイヴァンに、魔王軍の兵士達は驚きながらも槍を向ける。だが、レイヴァンは突き殺した魔族の体を蹴って跳躍し、別の兵士の頭に飛び乗る。着地と同時に槍で敵を突き殺し、胸を蹴って再び跳躍する。
その足取りは軽やかで、まるで飛び石でも渡るように、魔王軍の頭上を飛び跳ねる。
「なんだ、あの動きは! 人間技じゃない!」
オームの叫びの通り、レイヴァンの動きは重力を感じさせず、まるで妖精の歩みのようだ。最初に見せた飛翔といい、普通の跳躍ではない。
「そうか、風の魔法で浮いているのか!」
ザルツクは、レイヴァンの跳躍の正体に気付いた。
蒼騎士レイヴァンは風の騎士とも呼ばれ、風を操ると言われている。風の魔法で気流を生み出し、跳躍と同時に風を受けて上昇しているのだ。
頭上から襲い掛かるレイヴァンに、魔王軍は槍を立てて防ごうとするが、上ばかり注意していられなかった。目の前では赤騎士アルビオンが槍を振るい、見事な槍さばきを見せる。
対する魔王軍の赤鎧も槍では負けておらず、互角の腕前を見せる。だがアルビオンの槍を防いだ瞬間、その槍の穂先から炎が吹き出る。炎は身を焼くほどの威力はないようだが、視界を覆い隙が生まれた。アルビオンは隙を見逃さず、槍で魔族の太腿を貫く。
致命傷には程遠い一撃だが、貫かれた太腿から炎が吹き出し、魔族の体を包み込んで焼き殺した。そして炎の騎士アルビオンは、一撃必殺の魔槍で次々と魔王軍の精鋭を焼き殺していく。
「なんて魔法の使い手達だ!」
ザルツクは舌を巻いた。
魔法を使用するには高い集中力を必要とする。そのため魔法使いは安全な後方から魔法を放つのが一般的だ。魔法で空を飛び、槍と一緒に炎を放つなど、一流の使い手でも難しい。
炎の騎士アルビオン。風の騎士レイヴァン。ロメリア騎士団の中で最強の名を二分する二人には、魔王軍の精鋭でも敵わない。そして二人が切り開いた穴に、残りの二十騎士やロメリア騎士団が突撃し敵を殲滅していく。
確かにロメリア騎士団の力は素晴らしいものがある。だが魔王軍も負けてはいなかった。突然の横撃に加え、精鋭である騎兵部隊や防御の要である重装歩兵を破られても、戦意を全く失わない。それぞれの部隊が持ち直し、穴が開けられた陣形を修復しロメリア騎士団を包囲しようとする。
「いかん! 包囲されるぞ! 逃げろ! 逃げるんだ! 離脱を図れ」
ザルツクは声の限りに叫んだが、竜の口が閉じるように、魔王軍が包囲を完了させる。
ロメリアは逃げ道が閉ざされたことに気付いていないのか、戦場の中心で旗を振り、上げ下げしていた。何をしたいのか分からない。
「ザルツク隊長、このままでは……」
兵士の一人が悲痛な声を上げた。言われずともザルツクにも分かっていた。
いくらロメリア騎士団が強くても、その総数は千二百程しかいない。対して魔王軍の数は三千体。魔王軍の兵士は、人間の兵士の倍の戦力があると言われているので戦力比は一対六。これはいくらロメリア騎士団が強くても、覆せるものではない。
「我々も出るぞ。彼らを死なせてはならない!」
「しかし、ザルツク隊長! 今の私達に一体何が出来ます」
副隊長のオームが止める。
確かにポルヴィックの兵士には、ロメリア騎士団を助ける力はないかもしれない。だがたった三百人でも出来ることはあるはずだ。少なくとも城門を開け、彼らを中に引き入れなければならない。救援を求めた者が、それに応じて助けに来てくれた者を見捨ててはいけない。
ザルツクはとにかく助けに行こうとすると、戦場から突如、太鼓や銅鑼の音が鳴り響いた。見れば三方の森から、魔王軍を包囲するように四千人程の歩兵が現れた。
「なんだ、あれは? どこの軍だ? ロメリア騎士団ではないぞ?」
ザルツクは新たに現れた兵士を見たが、彼らがロメリア騎士団でないことは一目瞭然だった。それぞれが自らの所属を示す旗を掲げている。ザルツクはその旗に見覚えがあった。
「あの槌の紋章は炭鉱都市ザパン。あちらの熊と月の旗は北方オエレス守備隊。ケネット男爵家にドストラ男爵家の旗もあるぞ。これがロメリア同盟か!」
ザルツクは感嘆の声を上げた。
ロメリアとその兵士達は、魔王軍の脅威にさらされている辺境の地を転戦し、救って回っていた。そして助けられた都市や貴族たちは、ロメリアと同盟を組み、兵士を派遣し、武器や食糧を供給する盟約を酌み交わした。これをロメリア同盟と言う。魔王軍の脅威にさらされていた辺境の兵士達が集い、今や魔王軍を包囲し攻撃していた。
魔王軍は突如現れたロメリア同盟軍に、完全に後ろをとられ、殲滅されていく。
ザルツクは辺境の兵士が集う光景にしばし見とれていたが、重大なことに気付いた。
「こうしてはおれん、我々も出るぞ! 者共、続け!」
「え? ですが勝利は確実です。我々が出る必要は」
ザルツクが武器を掲げたが、オームはなぜ無理をして出るのかと困惑していた。
「馬鹿者、これだけの領地の兵士達が、我々を助けるために来てくれているのだ。たとえ数名でも我らもあの戦列に加わり轡を並べなければ、誇り高きポルヴィックの名を汚すことになる」
ザルツクの言葉に、オームが気付いて頷く。
「少数でも構わん。我々も打って出るぞ!」
ザルツクは兵士を率いて、急いで城壁を降りた。




