第二話 ロメリア二十騎士
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「どこの者だ? あれは伝令か?」
突如現れた白騎士を見て、ザルツクは疑問の声を上げた。
どこかの騎士が来るなど聞いていなかった。そもそも、たった一騎で魔王軍がひしめく戦場に乗り込むなど馬鹿げている。伝令や斥候の兵士にしても、白い鎧は目立ちすぎる。あまりにも場違いで、現実味がなかった。
白騎士を目にした魔王軍の兵士も同じ感想を持ったようで、白い存在に戸惑い、攻撃するのを忘れて前を素通りさせてしまう。
魔王軍の兵士が、蜥蜴の顔をキョトンとさせて白騎士を見送ると、その頭を槍が貫いた。
白騎士に続く形で、炎のように赤い鎧に身を包む騎兵が現れ、槍で魔王軍の兵士を突き殺した。その横には目も覚めるような蒼い鎧を着た騎兵が、同じく槍を振るい、魔族をかき分けるように進んでいく。
騎兵の列は更に続き、十数人の騎兵が現れて、白騎士を追いかけながら魔王軍の陣形を横から切り裂いていく。
「あの騎士達は味方なのか? だがあのような少数で仕掛けるなど無謀すぎるぞ!」
ザルツクは驚かずにはいられなかった。不意を突いたとはいえ、二十にも満たない騎兵では多勢に無勢だ。しかしそれは無用の心配だった。白騎士達の後からさらに四百人の騎兵と八百人の歩兵が現れ、魔王軍に対して側面から横撃を仕掛けた。
「なんだ! あの騎士団は! どこの兵士が救援に来てくれたのだ?」
ザルツクは喜びの声を上げたが、どこの騎士団が助けにきてくれたのか分からなかった。ポルヴィックの周辺は魔王軍に荒らされ、どの貴族も自領の防衛に手一杯であり、救援を出す余裕などないはずだった。
「ザルツク隊長、あの旗は!」
オームが、白騎士が持つ旗を指す。
白騎士が掲げる純白の旗には、金糸で鈴蘭の花弁が刺繍されていた。鈴蘭の旗印を掲げる騎士団といえば、たった一つしかない。
「救国の聖女ロメリアが率いるロメリア騎士団か! 来て、来てくれたのか!」
ザルツクの頬に、安堵と感動の涙が流れた。
彼女達こそ、ザルツクが王国の他に救援要請を送った相手。魔王軍に対抗出来る唯一の希望だった。
「ザルツク隊長! あの先頭を駆ける白騎士は、もしやロメリア伯爵令嬢ですか?」
オームが驚きの声で問う。
副隊長の言葉にザルツクは頷いた。先頭を駆ける白騎士こそ、グラハム伯爵家の一人娘。ロメリア・フォン・グラハムに間違いない。
「あれが、魔王ゼルギスを倒した五人目の英雄。抹消された聖女か!」
オームの言葉に、ザルツクは三年前に起きた婚約破棄の一幕が思い出された。
副隊長の言うように、ロメリアは魔王を倒した五人の仲間の一人だ。しかし旅のさなかアンリ王子の不興を買い、アンリ王子との婚約を破棄され、英雄の列からも外された。
世間は落ち目の伯爵令嬢を冷笑したものだった。
しかし今や彼女こそ、魔王軍に対抗出来る唯一の希望だった。
故郷へと都落ちした彼女は、婚約破棄に嘆くこともせず即座に行動を開始した。そして王国の東の果てと言われるカシュー地方で、魔王軍討伐の兵を挙げた。さらに魔王軍の脅威に対抗するための軍事同盟、通称ロメリア同盟を立ち上げ、王国各地を救って回った。
「すごい、本当に救国の聖女だ」
隣にいたオームが、戦場を駆けるロメリアを見て感嘆の声を上げる。
女の身でありながら戦場に立ち、魔王軍を倒して回るロメリアの姿を見て、民衆はいつしかロメリアを救国の聖女と呼び、讃えるようになった。
ザルツクはその話を聞いた時、少々大仰すぎると思った。だが純白の鎧を身に着け、旗を持ち戦場を駆けるその姿は、まさに荒れ果てたこの国を救う聖女にほかならなかった。
まるで神話の頁をめくっているかのような光景に、自然と胸が打ち震えたが、同時に危うすぎると思う。指揮官が最前線で旗を振るうなど、危険すぎる。これでは敵のいい的だ。
「おい、あそこ! 弓で狙われているぞ!」
城壁の上で守備兵の一人が声を上げた。指で示す方向には、魔王軍の弓兵部隊がいた。百体の魔族が弓を引き絞り、空に向けて構えている。狙うはあまりにも美しく無防備な聖女だ。
「いかん、逃げろ!」
声が届く訳がないと分かっていても、ザルツクは叫んだ。他の兵士達も、逃げろ、避けろと叫ぶが、百本の矢が黒い雨となってロメリアに降り注ぐ。
全員の脳裏に、無惨な死を迎えるロメリアの姿が見えた。だが誰もが絶望しかけたその時、奇跡が起きた。
降り注いだ矢が突然方向を変え、まるでロメリアを避けるように逸れていった。百本に及ぶ矢は一本も当たることはなく、ロメリアには傷一つ無い。
「奇跡だ。本物の聖女だ」
ザルツクは感涙で前が見えなかった。
自分だけではない。この光景を見ていた者全てが、同じ思いに満たされた。
ロメリアを見ると、後方を走っていた騎士達がようやく彼女を追い越し、周囲を守るように取り囲んだ。
ひとまずは安心。と思いたいところだが、魔王軍は精鋭揃いである。突然の奇襲に対しても、すでに対応しようとしている部隊があった。
ロメリアの進む先には、防御陣形を整えた重装歩兵百体が盾を連ねて待ち構えていた。さらに遠く離れた戦場の端では、魔王軍の騎兵部隊が異変に気付き、ロメリア騎士団の後方に回り込み、挟撃する動きを見せていた。
「まずい後ろをとられるぞ! 進路を変えろ!」
ザルツクは声の限りに叫んだ。
このままでは殲滅されてしまう。重装歩兵との衝突を避けて、進路を変えるべきだ。しかしロメリアの周囲にいる十数人の騎兵達はそのまま直進し、重装歩兵に向かって突撃する。
「ええい! 周りが見えていないのか!」
ザルツクは、ロメリアの周囲を守る騎兵達を非難した。
魔王軍の重装歩兵と言えば、鉄壁の防御力を誇る精鋭部隊だ。倍以上の戦力で当たらねば、はじき返されると言われている。それを二十人にも満たない数では、太刀打ちのしようもない。
ザルツクは包囲され、すりつぶされる騎兵達の姿が目に浮かんだ。しかしロメリアの騎兵達が盾の列と激突した瞬間、魔王軍の重装歩兵の隊列が、一撃で粉砕された。
「な、何だ! あの騎士達は?」
ザルツクは想像とは逆の結果に、驚愕の声を上げた。
ロメリアの周囲を守る騎兵達が槍を振るうたびに、城壁のごとき強固な魔王軍の重装歩兵が倒されていく。ただの兵士ではなかった。
「そうか! あれが噂に聞く、ロメリア二十騎士か!」
ザルツクは彼らの正体に見当がついた。
ロメリア騎士団がまだ小さな一部隊でしかなかった頃、ロメリアが最初に率いた二十人の兵士達がいた。彼らはロメリアに絶対の忠誠を誓い、その力は一騎当千。ロメリアを守り、あらゆる敵を打ち倒す。最強の盾にして剣と言われている。
「するとあの二人が、赤騎士アルビオンと蒼騎士レイヴァンか!」
オームが熱を帯びた声で、ロメリアの前で敵を薙ぎ払う、赤と蒼の鎧を着た兵士を見る。
二十騎士は誰もが卓越した力を持っているが、特に赤騎士と蒼騎士の働きがすさまじい。あの二人こそ、ロメリア騎士団の中でも最強の名を分け合う、アルビオンとレイヴァンだ。
元々の身分は低く、農民や孤児の出身だそうだが、ロメリアの下で戦い幾多の武功を上げてついには騎士の位を得るほどになっている。
「強い、なんて強いんだ!」
副隊長のオームが感嘆の声を上げた。
次回更新は八月二十一日の零時を予定しております。




